【第十四話】普通じゃダメ。
「小規模の宿の改装って確か補助金とかの制度あったような気がするんですよね、抽選ですけど。」
すると、後藤さんがポツリと言った。すると、爺ちゃんが驚いた顔をする。
「…そんなもん、あんだべか?」
「はい。オフィスに戻ったら桐谷にリンク送らせますんで、申請した方が良いと思います。」
(…そっか!色んな方法があるんだべな。)
思わず感心してしまう。
「後藤さん、ありがとうございます。お二人とも、あと改善点とかってありますか?」
「そうですね。女湯はわからないですけど今は化粧水やクリームなども普通に更衣室に置いている宿が多いです。──もう少しアメニティを充実させた方がいいかもしれないですね。
あとは…、宿によってはウェルカムドリンクなどをサービスしているところも多いんです。
──河南さん、アワードで受賞したいって仰っていましたよね?普通ではなくて、何かの分野で突き抜けたウリがないと厳しいと思います。
例えば、今回北海道地方で最優秀賞を受賞した某ホテルは朝食バイキングのお刺身の種類が突き抜けていてイクラも盛り放題なんです。
あと、宿でペットと触れ合えるのをウリにしているホテルもありますし。
…もちろん今言ったホテルと同じにする必要はありません。
けれど、『ここでしか体験出来ない何か』がある宿はやっぱり強いと思います。
アワードで入賞するには『普通』じゃダメなんです。」
その言葉に爺ちゃんとわたしは目を見開く。
「そ、か。そうですよね。『悪いところがない』じゃなくて、『ここでこれがしたい』がなきゃダメってことですね。」
私の言葉に二人が頷いた。
「まあ、後はどのターゲットを取るかにもよりますね。ファミリーか、ご夫婦か。年配の方か、若い方か。国内から取るのか、インバウンドを取るのか。
ある程度絞った方がどのサービスに力を入れるか考えやすいと思います。」
「…わかりました、宿のスタッフとも相談して考えてみます。」
私が頭を下げると、二人とも笑ってくれた。
「──頑張ってください。応援してますんで。他の宿がどんなおもてなしをしているのか一度目を通すも良いと思いますよ。」
「っはい!!」
こうしてステイリンクさんの試泊によって、沢山のヒントを貰うことが出来た。
だが、それと同時に『のんびりや』には改めて課題が山積みであるという事実に気付かされてしまった。
◇◇
(うーん…とりあえず何から手をつければ良いんだべか。改装にしろ、新しいアメニティやシステムの導入にしろ、お金がかからことが多いべな。
…もう少し経営が安定してからでねぇと…。出来ればスタッフの待遇ももっと良くしてあげてぇし…。
ていうか、インバウンドってやっぱり取った方がいいんだべか。
今度あと、違うOTAの人とも話さなきゃなんねぇし、忙しいな。)
お昼ご飯を食べて、管理画面を見ていた時だった。
「…ん?」
私は思わず手を止めてしまった。
(──今日五名二部屋で宿泊予定の現地払いのお客さんの名前。
『遠山 金太郎』…?いや、凄い既視感がある名前なんだども…。本当にこんな名前の人いんだべな…。)
そんな事を思いながら引き続き管理画面をいじったり新しいプランを考えたり口コミに返信する。
(…やっぱり施設の古さを指摘する意見が多いべな…。あと、エアコンがうるさい、か。
食事は皆褒めてくれてるけども布団が硬い…か。やっぱベッド入れた方がよさそうだべな。
スタッフの皆にも相談しなきゃなんねぇ。)
改善点をメモしている間にあっという間にチェックイン時間になってしまった。
(遠山金太郎さん、どんな人なんだべ?)
密かにワクワクしながら他のお客さんのチェックイン作業をしていたのだが。
──あと20分で夕食の時間なのに一向に来る気配がなく、だんだん焦ってくる。
(ど、どうするべよっ!!お、大間のマグロがコースに入った一番高いプランなのにっ!!)
私は内心動揺しながら通りかかった婆ちゃんに告げる。
「っ婆ちゃん、どうしよう。今日一番高いプランを予約したお客さんが来ねえっ!!」
その言葉に婆ちゃんが目を見開いた。
「…日菜子、落ち着いて。とりあえず、電話してみねぇと…。もしかしたら観光に夢中になってるだけかもしれねぇし。」
そう言われて慌てて電話をかける。
「…でねぇっ!どうしよう、婆ちゃん、でねぇよ。」
「──とりあえず待ってみるべか。爺ちゃんと松本さんには、婆ちゃんが伝えてくる。」
そう言われて祈りながら『遠山 金太郎』さんが来るのを他のお客様をおもてなししながら待つ。
──けれど、結局20時になっても来なかった。あと30分で食事処はもう終了してしまう。
「…ノーショー、か。」
爺ちゃんが暗い顔をして言った。
ちなみにノーショーとは予約をした人が来ないことである。もう何年も前から飲食店や宿では問題になっている。
「参ったな。まっつんも俺も張り切って用意したんだども…。」
「…一番高いコース料理、用意したのに無駄になっちゃったってこと?…しかも今結構混んでるのに二部屋も確保してたのに!」
私が悲痛な声を上げると爺ちゃんが溜息を吐く。
「…たまにいるんだ。色んな人がいるからよ。
あーあ…。仕方ねぇ。刺身は他のお客さんにサービスすっか。あとの料理は、折に詰めてアルバイトの子にでもやるべかな。」
(…せっかくこれから皆でこの宿盛り上げていこうって話してたのに。5人だったから10万近く、本当だったら売り上げる筈だったのに。)
なんだか凄く悲しくなってしまった。
私がギュッと拳を握り締めていると、爺ちゃんがポンポンと背中を叩いてくれた。
「──日菜子。今日は片付け終わったらもう上がって良いぞ。爺ちゃん腰大分良くなったから対応しとくからよ。明日、久しぶりに休みだしゆっくりしとけ。」
「…うん。ありがとう。」
私は何だかどっと疲れた気持ちでお風呂に入って着替えた。そして、口を引き結びながら階段を登っていく。
(──『色んな人がいるからよ』か…。)
なんとなく今まで優しい人にばかり囲まれていたからだろうか。
そんな当たり前のことさえ忘れていたことに気が付いてしまった。
なんとなく何もやる気が出なくてゴロゴロとベッドの上を転がっていると、スマホが鳴った。
『河南さん。元気?
──新春シンポジウムで連絡先を交換した『青森みやびホテル』の川中です。
明日、仲のいい施設さんと飲みに行こうって話をしてるんだけど、来ない?まあ、普段の愚痴とかをダラダラと話してるだけなんだけどね(笑)
桜庭さんも良かったら。』
そのメッセージに思わず目を見開く。
『──行きますっ!賢治にも声をかけてみます!』
私は何となく施設さん同士が集まって飲みに行く理由が今日の一件で腑に落ちてしまった。
◇◇
「河南さーん!!久しぶりっ!元気だった?!
桜庭さんも久しぶり。」
そう言って川中さんがハグしてくれた。
「はいっ。青森帰って来てから誘ってくれて、すんごく嬉しかったですっ!」
私がそう言うと、笑顔で頷いてくれた。
「良かったー。まだ女将になったばっかりって言ってたし、なかなか知り合いいないんじゃないかと思ったはんで。
──二人共何飲む?」
そう言われて私は柚子サワー、賢治はビールを頼んだ。
「結構良く集まってるんですか?」
賢治の言葉に川中さんが頷く。
「うん、もうすぐ工藤さんもくるよ。
あと、工藤さんと仲がいい『弘前ステイイン』の支配人の佐々木さんも来る。
この店、工藤さんのお気に入りなんだよね。工藤さん牡蠣が好きだから。
──あ、来たきた!工藤さーん、こっち!!」
川中さんが手を振ると、工藤さんと一緒に優しそうな感じの恰幅の良いおじさんが来た。
(…ジャムおじさんみてぇ…。)
「あ、『のんびりや』さんですか?初めまして!佐藤ですー!」
そう言って佐藤さんが名刺をくれたので慌てて私も名刺を出す。
「よしっ!じゃあ今日は飲みましょうっ。」
こうして私はシンポジウム以来、初めて青森の施設さんと飲むことになった。




