【第十三話】『湯宿 のんびりや』のはじまり。
(桐谷さんと後藤さん、楽しんでくれてるといいな。)
──そんな事を思いながら夜、事務室で管理画面を見ながら予約をチェックしていた。
ちなみに、『のんびりや』と爺ちゃんと婆ちゃんの家は繋がっているので、万が一お客様から何か連絡があったらすぐ分かるようになっている。
一眼レフで撮った写真のデータを見ながら次々に写真を登録していく。
「うん、なんか写真が多くなって良くなった。古臭い宿でも、写真が良いだけで急に良い宿みてぇに見える…。不思議だべ。」
そんな事を一人で呟く。
コンコン。
音がして振り向くと、婆ちゃんがお皿に切った林檎をのせて持って来てくれた。
「…日菜子。お疲れ様。あんまり無理したっきゃいかんよ。」
「──婆ちゃんっ!どうもね。
今宿のページいじってたんだ。見て。だいぶ良くなったべな?
来月ホームページも安く作ってくれるところ見つけたはんで作ってもらえるし。
──楽しみだね。」
私の言葉に婆ちゃんが画面を覗き込む。
「本当だべな。なんか、嬉しくなってくるなぁ。」
私は目を綻ばす婆ちゃんの顔をジッと見つめる。
「──何?」
「いや。ねぇ、爺ちゃんって元々料理人だったんだべ?…なしてこの宿作ったの?」
その質問に婆ちゃんは顔を綻ばせる。
「んだなぁ…。爺ちゃんさ、ああいう人だはんで。『お酒も飲んで美味ぇもん食ったんだば、もっとゆっくりしてもらいてぇ』って気持ちが強かったんだと思う。
だから『のんびりや』って名前を付けたんでなかったかな。
人が好きな人だはんで。もっと、もてなしたいって。思ったんでねぇかな。
それで、仲の良かった後輩の松本さん誘って二人で独立したんだ。
──よいしょっと。えーっと、どこにあったかな。」
そう言ってガサガサと婆ちゃんが棚を探り出した。
「あったあった。」
そう言って婆ちゃんが取り出したのは一冊のアルバムだった。
「ごほっ。ちょっと婆ちゃんっ、埃臭い。──何ー?」
「…ほら。これ。この宿を始めた時の写真だ。」
それを見て目を見張る。
「──わぁ、みんな若い…。えー、これ、婆ちゃん?…なんか、スフィンクスみたいな変わった髪型してるべな。」
「…あー、こりゃ、当時流行ってた『ソバージュ』っちゅう髪型だ。時代を感じるばって、今見ると変だべな。
ほら、これが爺ちゃんと松本さん。いい顔してるべな?」
それを見てなんだか胸が温かくなる。
出来たばかりの『のんびりや』の前で小学生くらいのおかっぱ頭の母ちゃんと手を繋いで、『ソバージュ』ヘアの婆ちゃんがはにかんでいる。
その横で、爺ちゃんと松本さんが満面の笑みで腕を組みながら笑っている。
「うわー…、昭和ー。バブルって感じ。」
「──そうそう。まさにその時代だ。
あの頃はえがったんだよぉ?色んな会社の社長さん、高いコース料理付きのプランでいっぱい予約してくれてな…。」
そう言って婆ちゃんが懐かしむように目元を綻ばせる。
「…この時な。爺ちゃんと松本さんと言ってたんだべよ。
──こんな時代だけど、気取ったり、見栄張ったりしねぇでのんびり自分に戻って、くつろげる所があるといいべな…って。昔は満室で、結構評判も良かったし。
単価も比べものになんねかったしね。まあ、その後バブルも弾けてしまって世の中大変になったんだけど。」
その言葉に私は目を見開いた。
「…そうだったんだ。」
「この前来てくれた人もこの時代からのお客様で。 古くなっちまったけどここに来るとホッとするって言って、まだ来てくれるんだ。」
昔の話をしながら、婆ちゃんは凄く嬉しそうだった。
「ま、あれだね。子供も生まれた後だったばって、爺ちゃんと婆ちゃんの青春だぁ。
──んだはんで、日菜子が来てくれるって聞いてさ。爺ちゃんめちゃくちゃ喜んでたんだべ。
『腰、悪くしてみるもんだべな』って言って笑ってよぉ。」
言いながら婆ちゃんは可笑しそうにクスクスと笑った。
(…なんかこんな想いがあったのに自分の動機が不純すぎて恥ずかしくなってくるべな…。)
「…そ、か。私けっぱるね。」
「うん、なんでいきなりやる気出したのかは知らんばって、日菜子がやる気出して、成長してくれて、爺ちゃん婆ちゃんも、この宿守れて嬉しい──それで、十分だべ。」
そう言って笑う婆ちゃんにちょっとだけ鼻の頭がツンとする。
「…うん。」
「さて。婆ちゃんはもう行くから。日菜子もあんまり無理するんでねぇよ。」
そう言って婆ちゃんは戻って行った。
私は暫くなんとなく管理画面を見つめた後、パンッと両頰を叩いた。
「──よし!けっぱろう。」
私は一通りの写真を登録してから歯を磨いて寝室に行く。
着替えてベッドにぼすん、と横になると賢治からメッセージが来ていた。
『お疲れ。』
下には少し気持ち悪いリンゴに顔がついたスタンプが押してあった。
それを見てぷっと思わず吹き出してしまった。
『写真、撮ってくれてありがとう。賢治もね。』
私はそう返すと、目を閉じた。
◇◇
「河南さん。昨日はありがとうございました。
昨日は結局僕と後藤のビールまでご馳走になってしまいましたし。」
──次の日。
チェックアウトが終わると二人がそう言って挨拶をしてくれた。
「いえいえ。爺ちゃんがいいよって言ってくれたので。もし良かったら、もうあと1分でチェックアウト時間が終わるので、試泊のフィードバックをして頂けますか?」
私がお願いすると、二人が頷き合ってくれた。
「──もちろんです。」
「日菜子。チェックアウト、来てないのあと一組様だけだから婆ちゃんが変わるから行っといで」
婆ちゃんがそう言ってくれたので、ありがたく事務室に入らせてもらった。
すると、爺ちゃんが予約を見て笑みを浮かべていた。
「お、日菜子!ステイリンクさん、今日もイケメンだべなっ!…ドーーーン!!」
爺ちゃんがそう言うと、桐谷さんが戸惑っている横で後藤さんが『うわぁああっ』と言って倒れる真似をしてくれた。
どうやらノリのいい人らしい。
「…すみません、爺ちゃんに付き合わせちゃって。
爺ちゃん、ステイリンクの後藤さん。昨日桐谷さんと一緒に試泊してくれたの。」
私の言葉に爺ちゃんが目をキラキラと輝かせた。
「おおっ。どうだった?あ、これ俺の名刺な」
すかさず後藤さんに名刺を渡す爺ちゃんに私はツッコむ。
「爺ちゃんっ。もう、褒めてもらいたいオーラ出してプレッシャーかけないで!
厳しいことも言ってもらわんと試泊してもらった意味がないんだからっ!」
私の言葉に爺ちゃんがしょぼんとした。
「…む。そうか。」
「それで、桐谷さん、後藤さん。
──実際に泊まってみてうちの宿はどうでしたか?」
その言葉に桐谷さんが口を開く。
「そうですね。お食事も美味しかったですし、今の価格帯であれば妥当だと思います。
──ただ。やはり施設そのものの古さが気になる部分はありましたね。お部屋のシャワーの水圧も少し弱かったですし、所々畳やお部屋の中が傷んでいる感じはしました。」
その言葉に爺ちゃんと私は頷き合う。
「…そうですか。んだば、やっぱり改装した方がいいでしょうか。」
すると後藤さんが隣で頷いた。
「そうですね。可能であればそのうちした方が良いでしょう。…あと最近は日本人であってもベッドを望まれる方が多いんです。布団だと寝れない──、腰が痛くなるという方も多くて。
まあ、逆にファミリーのお客様小さいお子様がいらっしゃると布団が良いという方もいらっしゃるんですが。」
「──そうですか。爺ちゃん、改装って出来るかな。」
私の言葉に爺ちゃんが渋い顔をする。
「そうだな。ベッドを入れたり畳変えるくらいならなんとかなるかもしれねぇけども。
大規模にやるんなら、予約がはいらねぇ時期に休館しなきゃいけないかもしれねぇな。
本当は手を入れたい場所いっぱいあるけどよ。どっちにしろ一気には厳しいべな。」
その言葉に事務所は静まり返った。




