【第一話】自称、青森の奇跡。
──末筆ではございますが、河南様のより一層のご健勝とご活躍を心よりお祈り申し上げております。
株式会社 ほっこりライフ
採用担当 川西
「…また落ちた。」
スマホの画面を見て、ガックリと肩を落とす。
私の名前は河南 日菜子。
地元青森から東京のFラン大学に入学した、大学四年生である。
…ちょっとだけ可愛くチヤホヤされていたせいで調子に乗っていた私は、就活で有名企業ばかり50社以上受けて惨敗中だった。
(うわーん、この会社ほっこりっていう割に、面接官、なんもほっこりでなかったよ!)
私は『ほっこり詐欺』にイライラしながらカップ麺にお湯を注いだ。
「あー、もうこうなったら、就職はやめて、アイドルにでもなるべかな…。
私なら、けっぱれば、センターいけるんでね?
…いや、センターどころか、『青森の奇跡』になれるんでね? 私。」
そんなアホな事を考えながら、カップ麺を啜る。
すると、メッセージアプリに新着通知が届いた。
「あ、母ちゃん。」
地元で郵便局の窓口で働いている母だった。
どうやら3つ歳上の幼馴染である琴音ちゃんが結婚したらしい。式は行わないけれど、居酒屋を貸切にして、久しぶりに皆で集まるから顔を出せ、ということらしい。
(うーん…。もう四年の冬なのに、就職決まってないとか。絶対、賢治に馬鹿にされるはんで、やだな。
…ばって。おめでとう、とは言ってあげたい。それに、もう卒論も終わったし…。)
ちなみに賢治というのは私より一つ歳上の、琴音ちゃんの弟だ。
工業系の大学を出て、今は地元で建築系の仕事をしているらしい。
──小さい頃、何故か蝉の抜け殻をクッキーの缶に大量に入れて渡されて以来、賢治のことが苦手である。
(…確かギャーって叫んで、突き返したんだっけ。)
しかもそれから、なんだか賢治は私に意地悪になってしまったのだ。
──私は悩んだ末に、母が新幹線代を出してくれると言ってくれたのもあり、青森に帰ることにした。
◇◇
「あっ、来たきた。 日菜ちゃーん、久すぶり!」
青森に帰った翌日。
私は母ちゃんと琴音ちゃんのお祝いをするという居酒屋に来ていた。
小学校の同級生の田中くんのお母さんが経営する、何のジャンルかよくわからない鄙びた居酒屋だ。
田中君のお母さんは、琴音ちゃんのお母さんと仲が良いらしい。
オードブル皿には唐揚げ、卵焼き、えだまめ、春巻き、ナポリタン、シュウマイが乗っており、何故かその横の大皿にはポテチとチロルチョコの青森藤りんご味、それにポッキーが袋ごとのっている。
そして、カウンターの端っこでは、恐らく田中君の弟だろう男の子が宿題をしている。
(うん。このよくわかんねぇ、テキトーな感じ。
ああ、地元に戻ってきたんだなって実感する。)
もう少しで、県立高校の事務職員として働いている四歳年上の兄と、地元で工務店を営んでいる父も来る予定だ。
私は琴音ちゃんにお祝いを渡す為に席を立った。
彼女の隣には結婚したばかりの旦那さんが座っている。眼鏡をかけて、今時七三分けの真面目そうな男の人だ。
「琴音ちゃーん!結婚おめでとうっ!
旦那さんも初めますて。
琴音ちゃんの幼馴染の日菜子です。」
私が琴音ちゃんに、抱き付くと彼女が嬉しそうに笑った。
「はるばる東京がら来てくれて。本当どうもね。
忙すくてあったんでねぇの?」
「んーん、今は落ち着いてっから。大丈夫。
琴音ちゃん、結婚おめでとう。
あ、これ、夫婦茶碗!旦那さんと使って。」
私が袋を渡すと、琴音ちゃんは凄く喜んでくれた。
「えー!どうもねっ!超めんこいっ!さすが東京ー。」
「うん、渡せてえがった。幸せになってね。」
そう言って私は母の隣の席に戻る。
「渡せたー?」
尋ねてきた母は、焼酎の水割りを飲みながら、何故かポリポリとポッキーをハムスターのように頬張っていた。
「いや、なんで? 母ちゃん、なんでポッキーに焼酎の組み合わせ?」
私が困惑して言うと、母が真顔で答える。
「意外と合うから。食ってみな。」
そんな事を話していた時だった。
「──よ。日菜子、久しぶり。」
そう言って、賢治が何故か私の隣に腰を下ろした。
「…久しぶり。元気だった?」
恐る恐る振り返ると賢治がニッと笑っていた。よく見ると、前に会った時より筋肉がついてガッチリした気がする。
「ああ、お陰様で仕事も順調でよ。
さっき、おばさんに聞いたんだけどよ。
──日菜子、就活惨敗なんだって?しょうがねぇ、俺が嫁にしてやっか?」
そう言って、揶揄うようにドヤ顔で私の方を見てきた。高校は知らないが、中学の時モテていたので本人はイケメンスマイルのつもりなのかもしれない。
──だが、幼馴染の私は惑わされない。
(…成功自慢か…?なぁんか、ムカつくなぁ…。)
私はムッとして言い返す。
「なぁに言ってんだー! 私は東京でお洒落OLさなって、金持ちの港区男子と結婚すんだ!」
すると賢治が目を見開いて固まった後、溜息を吐いてからこんな事をぶっきらぼうに言った。
「…馬鹿でねぇの。」
(は?)
そして、お皿の上の私の唐揚げを勝手に食べてきた。
「──ああっ、私の唐揚げっ!」
すると母が溜息を吐いた。
「…あんたさ、わんつか現実見た方がいいんでない? 地元とか、中堅の企業も受けてみねぇと、ほんに就職決まんねっぞ?」
すると、賢治が同意するように頷いた。
「そうだぞ! 港区さ住んでたとすても、金持ちかどうかなんてかぎらねぇだべな!」
「むぅ…。」
私は何か言い返そうと、シュウマイを頬張りながら必死で考える。
(あ、このシュウマイ冷凍だべな。)
そして思い浮かばず、シュウマイに現実逃避した時だった。
「…日菜子。実は爺ちゃんさ、腰悪くして。」
母がそう言って、眉を八の字に下げた。
「え、爺ちゃんが?! 大丈夫だの?」
ちなみに祖父は青森駅から電車から30分弱の浅虫で、鄙びた温泉旅館を営んでいる。
「うん、元気なんだけど、仕事はあんまり出来ねぇからさ。
――あんた、旅館、手伝ってきて。」
その言葉に私は絶句する。
「ええーっ、やだよぉ。まだ就職決まってねぇもんっ。…卒論は終わったけどさぁ。私もやることあんだよ?」
「でも、困ってんだよ? あんた、小さい時爺ちゃんに、いっぱいめんこがってもらったべな。」
母の言葉に私は言葉を詰まらせる。確かにそうだが、こっちは人生がかかっているのだ。
「…でもぉ…。」
──その時だった。
「おー、日菜子。久すぶり。琴音ちゃん、遅くなって悪ぃなぁ。」
そう言って兄がやってきた。その隣には父もいる。
ちなみに兄は青森市内で一人暮らしをしているので、今回地元に帰ってから会うのは初めてだ。
「んーん、なんもだよ。健太君も忙しいとこ悪いねぇ。」
琴音ちゃんはそう答えて、ニコニコ笑っている。
「お兄ちゃんっ!」
私が叫んだ横で、母は仏頂面で兄に愚痴った。
「健太ぁ。聞いてよ。日菜子、爺ちゃんのとこ手伝いに行くのやだって…。」
「は?なんで? 卒論も終わって、あと卒業式だけなんだろ?」
その言葉に私はぶすっとした顔で兄の方を見る。
「…まだ就職が決まってねぇの。」
すると、兄はジッと私の方を見てきた。
「おめぇ、東京で何かやりたいことでもあんのか?」
「だーかーら!お洒落OLさなって、金持ちと結婚してぇの!」
すると、兄は溜息を吐いた。
「…俺が言ってんのはそう言う事じゃねぇ。
OLっつっても。
営業とか、人事とか、事務とかマーケとか。
──いっぱいあんだろうが。」
そう言われて私は目を見開いたあと、てへっと笑った。
「…そういう難しいのはよくわかんね!とりあえずファッション誌さ載ってるような、トレンチコートの似合うOLになりてぇ。」
「…はぁ。だからお前、面接で落ちるんだよ。そういうのをやりたい事がねぇって言うんだよ!
──そんな感じなら爺ちゃんのとこ行ってこい。」
すると、何故か周りの人達が次々にこんな事を言い出した。
「ええ、日菜子ちゃん、お爺ちゃんの旅館で働くの?
美人女将だべな。」
その言葉に私の承認欲求がピクリと反応した。
(美人…女将?)
「テレビ局、取材に来るんじゃないべか?」
「きっと、『青森の奇跡』って言われるべ!」
(…青森の、奇跡!!)
私はだんっとカルピスの入ったジョッキをカウンターに置いた。
「──しょ、しょうがねなぁ!わんつかだげだぞ!」
私の言葉に母と兄がニヤリと笑い、父と賢治は呆れた顔をしていた。




