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服の下を透視する能力を得たら、あなたは何をしますか?  作者: メモ帳パンダ
右肩に棲むもの

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第55話 優雅なティータイム

 丹下(たんげ)君は気だるそうに紅茶を飲んでいた。

 カップの縁から細い湯気が立ち、スプーンが受け皿に小さく触れて乾いた音を立てる。

 背もたれに体重を預けたまま、視線はどこかへ逸れている。


 全く、こいつといると調子が狂う。間合いに入ると、いつも自分のペースが一つズレる。


 高校二年で初めて対戦した時は、割と簡単に勝つことができた。

 だが、次の対戦で例のアウトレンジ体当たり戦法を編み出され、それ以来まったく勝てなくなってしまった。

 無敗を誇っていた俺の自信が、音を立てて崩れていくような感覚だった。

 あの時のことは、今でも忘れられない。


 ただでさえ強いのに、頭まで使ってくるのがズルい。力で押すだけじゃないんだ。

 俺の癖と呼吸を読んで、勝てる形を先に作ってから仕掛けてくる。


「というか、公務中だろ? こんなところでのんびりしてていいの?」


 テーブルの端に、無造作に丹下君のスマホが置かれている。

 いつでも手に取れる位置だ。彼の苦労がしのばれる。

 

「あー、大丈夫、大丈夫。今の時間、君のリクルート活動をしてるって上司に言っとるし」


 そう言って丹下君は肩をすくめ、紅茶をもう一口だけすすった。悪びれる気配が一ミリもない。


 どうやら、俺はこいつの休憩のために声をかけられたらしい。

 そもそも医学科の学生が警察の採用試験を受けるわけがないだろう。


「全く、この税金泥棒め……」


 俺がつぶやいても、丹下君は眉一つ動かさない。

 受け皿にカップを置く音だけが返事みたいに響いた。

 

 ……あれ、今の動きに少し違和感があった。

 こいつ、ティーカップを持ち上げるときの手の動きが不自然だ。

 カップを持つときだけ肘が外に開かない。

 体幹を捻る動作を避けるように、上半身が妙に固い気がする。


「……なるほど」

 

 俺は勝手に彼の体を診ていく。外腹斜筋が炎症を起こしているのか。

 脇腹に炎症が出ている。周囲の筋肉がそれをかばうように固まっているのがわかる。


「そういや、その脇腹はなんで痛めたの?」


 彼の手が止まった。細い目だけがわずかに開いた。

 少しの間、沈黙が続いた。


「お前は昔から人の怪我をすぐに見抜くよな。この変態がよぉ……」


 吐き捨てるように言うくせに、声の芯だけは妙に柔らかい。紅茶を置くと、彼は呆れたように項垂れた。

 俺はその『褒め言葉』にニヤつく。


 こういう小さな異変を拾うのは得意だ。

 剣道の試合では、見つけた弱点を容赦なく攻めていた。


 続きを待っていると、彼は恥ずかしそうに続けた。


「先週、下着泥棒に抵抗されて痛めちゃったんだよ」


 言い終えた丹下君が、脇腹をかばうみたいに指先で一度だけ軽く押さえた。

 その動作だけが妙に生々しかった。

 

 ……へぇ、剣道日本一位でも、一般人相手に怪我することがあるのか。


 俺は心の中で爆笑しながら、彼にお悔やみの言葉をかけた。

 イラっとした口調で言い返してくる丹下君。


「何笑ってんだよ、俺、柔道はそこまで得意じゃねーんだ」

 

 俺の笑みが少し漏れていたらしい。口元を手の甲で拭うふりをして、表情を作り直した。

 深呼吸を一つ挟んでから、真顔に戻した。

 

「なんとかって筋肉の筋挫傷だとよ」


「外腹斜筋ね、大事な筋肉だから覚えるように」


 そう呟くと、丹下君は首だけを傾け、俺の顔を横から測るように見た。疑いと感心が、同じ目の中に同居している。


「そういや、医学生だっけ? すげえな、警察(かいしゃ)の医者も同じこと言ってたよ」


 俺はそこで、ふと疑問が湧いた。

 

「キミくらい剣道強いと、機動隊配属じゃないの?」


 剣道で特別採用された選手は、基本的に機動隊配属だ。

 そこで実業団並みに剣道の訓練を行うのだ。だから、全国で優勝できるほどの練度を維持できる。

 

 機動隊は、パワーゴリラ揃いの警察の中でも、特にゴリラが集まる場所、エリートゴリラだ。

 基本的に普段は訓練しか行わない、警察の秘密兵器だったりする。

 彼らは日々、激しい訓練を行い、自らの筋肉の発達に励んでいる。


「いや、今は繁忙期だから応援に行ってんねん」


 丹下君はため息を吐きながら、ネクタイの結び目を指で直した。

 この時期は繁忙期なんだな。

 やっぱり、暖かくなってくると変態が増えるとか、そんな理由だろうか。

 

「ウチはブラックだから、そんくらいの怪我なら働けってさ」

 

 そう呟く丹下君。警察という組織は実にブラックだ。

 業務傷害でも少しでも動くことができたら、なんかの仕事をさせられる。

 それくらい怪我が日常茶飯事の危険な職場なんだな。


 配属先の署を聞いてみると、大阪にかなり近いところだった。

 彼の応援先は乙訓警察署。所在する市のすぐ下は俺の通学先の高槻市がある、京都の南端だ。


 俺はスマホで地図を開くふりをして、画面の上を指で距離をなぞった。

 わざわざ言うほどでもない近さだ。


「君の寮から十三じゅうそうってすぐ近くでしょ?

 今日の夕方、非番になったらウチに来なよ」


 治療してあげるよ。そう言うと、彼は胡散臭そうな目で俺を見てきた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 阪急十三駅の西口、飲屋街で待ち合わせしてから、俺たちは一緒に鍼灸院に向かった。

 焼き鳥の煙と油の匂いが混じり、看板のネオンがまだ薄明るい空に滲んでいる。


「あれ、鍼灸院って言ってたけどただのアパートやんけ」


 丹下君は建物を見上げ、階段と郵便受けを交互に見た。期待してた『立派な看板』が見当たらない、という顔だ。


「今はここでやってるんだよね」


 今日は別に金を取るつもりはないので、事務をしてくれる綾辻先輩はいない。

 ただ二人で飲みにいくついでに、治療をするだけだ。


 ……本当は鍼治療をした後に飲酒はしてはいけないんだけど、コイツはエリートゴリラだ。

 問題ないだろう。


「はい、じゃあこの色紙にサインを書いてね。客寄せに使うから」


 最近は剣道関係者の常連が一人できた。剣道の怪我はよく知っているから、来客を強化したい。

 『日本最強の男』が患者として通っているとなれば、そういう客層へのアプローチも強化できるはずだ。


「なんで俺が、そんなことを……」

 

 ブツブツ言いながらもサインしてくれる丹下君。

 露骨に嫌そうな顔をしたが、ペンを渡すと意外と字は丁寧だった。筆圧だけがやたら強い。


 やっぱ、彼はいい奴なんだよなぁ。細目で嫌味ったらしい京都弁、漫画の悪役みたいな人物だが、人助けが大好きな正義漢だ。


「じゃあ、ベッドに仰向けで寝てもらおうかな」


 丹下君はスーツの上着を椅子に掛け、シャツを脱いだ。ベッドに仰向けになると、鍛え上げられた腹筋が硬く浮いた。


 俺は彼の鍛え上げられた腹筋の少し脇に手を置き、じっと集中し始めた。

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― 新着の感想 ―
なんか過去編が苦労ばっかりに聞こえるからか過去からの付き合いのライバルみたいな人と仲良くしてるとほんわか日常タイムみたいで気持ちが緩んでニコニコしちゃう 治療の話ばっかりだとやはり緊張して筋肉が貼り…
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