表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
服の下を透視する能力を得たら、あなたは何をしますか?  作者: メモ帳パンダ
右肩に棲むもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/68

第54話 日本最強の男

 俺は体育館の真ん中で蹲踞(そんきょ)の体勢のまま、相手と相対していた。足先に体重を乗せて、息を整える。面金の内側に、汗が一筋落ちた。

 竹刀を構える。


 関西学生剣道選手権大会の個人戦、四回戦。

 

 俺は去年の雪辱を果たす。

 全国に行けずに終わった去年の大会、お世話になった先輩たちのためにも、俺は全国に行きたかった。

 それだけを目標に、忙しい中でも剣道の稽古時間を捻出してきた。

 阪大の練習にも混ぜてもらった。ジムで筋肉を徹底的に鍛えた。去年なぜ負けたのかを高校時代の恩師に分析してもらった。


 今年の俺は能力に頼り切った去年とは違う。


 体育館の空気が一段と張り詰める。


「はじめ!」


 審判の声が落ちた瞬間、相手の眼が正面から刺さる。俺は膝のばねを解放して立ち上がり、構えた。


 俺より少し背の高い相手と睨み合う。竹刀の先が触れない距離のまま、時間だけが進む。


 俺は大学に入学するまで三年間は、専門学校にいた。

 だから、高校で戦った好敵手(ライバル)たちは基本的に今年の春で大学を卒業している。

 この大会でも、ここまで戦ってきたのはすべて高校で戦ったことがない相手だ。


 ここまで戦った三人は俺のことをまったく知らなかったようで、あっという間に勝ち上がれた。


 俺の戦術は極端な『先の先』だ。この能力を使って相手の動きに0.1秒早く対応できる。

 動き出しを不意打ちする。

 前知識がない相手はカモにすぎない。


 だが、この選手は俺の対策を知っているようだ。

 一足一刀の外側、半歩だけ遠いところで止まり、自分からは仕掛けてこない。

 間合いよりほんの少しだけ外に立つ。


 そもそも間合いの外にいると、俺が仕掛けられない。

 だが、その対策には致命的な弱点がある。単なる時間稼ぎにしかならない。


 俺は竹刀の先で小さく圧をかけ、面をちらつかせる。適当に打ち込み、反撃を誘うが、相手は乗ってこない。

 この一連の動作は審判へのアピールだ。

 俺に『攻撃する姿勢』があることを見せている。

 それに対して、相手は間合いの外に逃げている。

 このままだと相手は『消極的試合態度』で反則を取られるぞ。


 相手もそれは分かっているんだろう。足運びの擦れる音が一瞬止んだ。

 袴の下、下半身と体幹の筋肉が大きく収縮した。右足の踵がわずかに浮いた。


 アレがくるな。


「ヤァァッ!」


 鋭い威圧的な叫び声と同時に、視界が一気に詰まる。面金の格子の向こうが近づいてくる。


 アウトレンジからの体当たり。

 俺への明確な対策だ。これへの対処はなかなか難しい。

 分かっていても対策できない。


 接近戦に持ち込まれると俺の目が生きない。

 去年の敗因だ。高校時代に俺が負けるパターンもだいたい体当たりからの接近戦だった。


 そして、俺が今回最も対策してきた戦術である。半歩、身体を逃がす余地がない。


 相手の胸が触れる寸前、俺は竹刀を縦に滑らせた。


「ツキあり!一本!」


 突き、高校で解禁される危険な技だ。

 三人の審判のうち旗を上げていたのは二人。やはり突きは有効判定が厳しいな。


 面金の内側で、息を一度だけ吐く。


 そう、「突き」。

 俺が生み出した体当たりへの対処法。

 高校時代は有効判定の厳しさから使ったことはない。

 あの頃の俺を知っているだけでは対処できないぞ。


 この大会は三本勝負の二本先取。これで相手は追い込まれたわけだ。

 次の勝負は「突き」を恐れて体当たりができない相手を一方的に攻撃する。


「勝者、赤」


 旗が上がるのを見届けて、俺は竹刀を下ろした。


「互いに礼!」


 これで俺の全国大会への出場はほぼ確定だ。今回は256人トーナメント。4回勝てば推薦枠に入れる。


 俺は防具をつけたまま、小走りで体育館のコートを抜け、待機場所に戻る。

 付き添いをしてくれた教授は面を覗き込むようにして目を丸くし、驚いた表情のまま全国大会出場を祝ってくれた。


「日野くん、おめでとう。全国出場なんて開学以来の快挙だよ」


「ありがとうございます、教授」


 ちなみに、ついてきてくれた教授は剣道経験者の外科教授。

 一応は剣道部の顧問という肩書きだが、当然医師で、診療にも出ているので部活の練習には顔を出したことはない。

 忙しい中でも大会に来てくれて本当にありがたい。


 ウチの大学は超弱小だ。

 関関同立といった私学、大阪体育大学、阪大といった古豪が数十人規模の選手団を送り込んでいる。

 北摂医科大の待機場所にある椅子は俺と顧問の二人分だけだった。

 俺しか出場者がいないわけだな。

 参加者が一人しかいない大学が全国に行くなんて前代未聞だろう。

 

 去年は日下部先輩も出場していたんだが、彼は六年なので忙しすぎて最近部活に顔を出していない。


 しかし、俺と戦ったことがない相手でも対策してくるのか。

 俺の高校時代を知る誰かから入れ知恵されたんだろうな。

 だが、去年の焼き回しのような対策は、重点的にやってきた俺には通用しないな。


 ――実際、その後も、一度も負けることはなかった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 優勝トロフィーと賞状をもらい、賞状を抱え直して出口へ向かう。靴の音を響かせて出口の方へ歩いていると、横から声をかけられた。


「おぉ、日野くん。ウチの後輩いじめちゃって」


 背中に声が刺さり、俺は足を止めた。教授と一緒に振り向く。

 教授の手が空中で止まったまま、震えた。


「キ、キミは……」


 教授は医師とはいえ剣道関係者。その世界で、声をかけてきた男の名前を知らない者などいない。


 彼は俺の顔をじっと眺めてくる。俺はため息を吐き、久しぶりに見る友人に挨拶をした。


丹下(たんげ)くん。久しぶり」


 スーツを着たガタイのいい男。俺は胸元の小さなピンバッジに目を落とす。桜のマーク。今日は『警察官』としてこの大会に来ているんだなと察する。

 休日なのにご苦労なことだ。彼らに休日という概念はないのかもしれないが。


 彼は高校時代、インターハイで競い合った中だ。俺が勝てなかった男。

 そして、去年の全日本剣道選手権の優勝者でもあり、現役の警察官でもある。


 俺は教授に小声で頭を下げ、「すみません、少しだけ」と告げる。

 断った後に、彼と近くの喫茶店で話すことにした。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


 湯気の立つコーヒーが運ばれてきた。


 警察と剣道、それは切っては切り離せない関係だ。高校の剣道の大会で良い成績を残した場合、各都道府県警察から熱烈なスカウトを受けることになる。

 警察は教導の一環として剣道を重視していて、剣道が強い学生を喉から手が出るほど欲しがっているからだ。


 ちなみに俺は()()()スカウトが来なかった。

 カップを回しながら、ふと思い出す。


 会話は日本剣道界最強の男のジョークから始まる。


「おう、日野くん。要件はわかっとるな。自首するなら今のウチやで」


「俺は警察のお世話になることなんて何もしてないよ」


 丹下は口角だけ上げて、俺を値踏みするように見た。


「ほんまかぁ?」


 俺は中学の時以来、法律に違反したことなど一度もない。

 ちゃんと施術する上で医師法も守ってるし、鍼灸に関連する各種の法律も守ってる。

 道路交通法は……まあ、周りに合わせて柔軟に対応している。


 というか、ここは大阪だ。京都府警に所属している彼にここで逮捕する権限はない。この男は会うたびにそんな冗談を飛ばしてくる。


 逆に俺は彼の疑惑を追求した。


「そういや、俺の対策広めたのキミだよね。キミの出身校の奴ら、みんな接近戦に持ち込もうとしてきて困ったんだけど」

 

 俺は肘をテーブルに置き、指で机を軽く叩く。

 今日戦った相手は、高校時代の俺との対戦経験がないはずだ。それなのに、俺を警戒してたし、対策も取ってきていた。


「いや、去年日野くんが大学生になったのを知ったからな。

 あのままやと、キミの変態戦術に可愛い後輩たちがいじめられると思ったから」


 そう言った後、彼は降参するように手を挙げた。


「ボクの努力は無駄やったみたいやけどな」


 全く、初見殺しが一番楽なのに彼のせいで台無しだ。悪びれる様子もなくヘラヘラしている日本最強の男を眺めながら、俺は肩を落とした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ