第48話 サッカー完全に理解した
俺と先輩はサッカーの応援に来ていた。
治療しているサッカー少年セイジくんが試合に出ると聞いたからだ。
今日は高円宮杯という大会だ。
サッカーの試合はよく分からないけど、この大会を勝ち上がっていったら、高円宮って人のチームとバトルできたりするんだろうか。
セイジくんは肉離れが完治したあとも、定期的に通ってくれている。
彼の背番号は10番。
高校野球で言えば、二番手ピッチャーがつける背番号だな。怪我から回復して、チーム内のポジションを確立できていないのかもしれない。
先輩が大きな声で応援している。
「頑張ってー! セイジくん!」
セイジくんは、その声で振り返り、こっちを見て嬉しそうにニッコリ笑った。
正確に言うと、先輩の方を見てニッコリ笑った。
「いや、サッカーの試合を見るのは初めてなんですが、ルールが分かりやすくていいですね」
「セイジ君の試合は何回も見にきてるんだけど、すごい活躍してるのよ」
セイジくんは、コーチが言っていた通り、かなり有望な選手のようだ。
先輩曰く、彼は卒業後はJ1というプロのサッカーチームに誘われているんだとか。
今もドリブルでごぼう抜きにして、一人でゴールを決めた。
ボールを持っているのに周りの選手より速い。すごいなぁ。
続く攻防でも、セイジ君は激しい接触プレーを恐れていないようだ。
ボールを持った相手の守備陣にスライディング。
見事なプレーだ。相手は這いつくばって大袈裟に痛がり、その隙にセイジ君はボールを奪い、ゴールを決めた。
俺は思わず声援を出した。
「いいぞ! セイジくん!」
肉離れの再発に怯えていた彼はいない。
果敢に敵陣に攻め込む一人のサッカー選手がいた。
興奮している俺に先輩は苦笑している。
「あのね、今のはね」
なぜか笛が吹かれて試合が止まる。
審判はセイジ君にイエローカードを与えてしまった。
得点まで取り消されてしまったようだ。
「今の、いいプレーだったと思うんですけどね」
「あのね、ヒノ君。
今のは一発レッドでもおかしくない反則なの」
なるほどなぁ。勉強になる。
実はサッカーのルールは、あまり知らなかった。
ボールを持ってる選手にスライディングしても反則になるんだな。
「今日は連れてきてくれてありがとうございます。
サッカーのルール、完全に理解しました」
俺の言葉に先輩は疑わしそうな顔をしている。
サッカー選手の治療には少し抵抗感があったが、ルールを完全に理解した今は、恐れることはないだろう。
それにしても恐ろしい競技だな。
今もセイジくんのチームの守備要員は、ボールを持っていないのにタックルされている。
お、相手に赤いカードが出たな。
あれがレッドカードってやつか。
セイジ君は、その後も2ゴールを決めていた。
彼の肉離れが治って本当に良かった。
「行け! セイジくん!」
そのあと、セイジ君は二度目のスライディングでレッドカードをもらって退場していった。
先輩の前で張り切りすぎたのかもしれない。
◇◇◇◇◇◇◇◇
数日後、セイジ君が診察にやって来た。
「いやぁ、セイジ君! この前の試合、見させてもらったよ! 凄くいいスライディングだったね」
そう告げると、彼とコーチは微妙な顔をして頷いた。
まぁいいや、そのまま脚の状態を確認させてもらう。
以前病院で治療したおかげか、モヤモヤ血管は、なくなっているように見える。
「良くなってそうな気はしますけど、痛みはどうですかね?」
「手術を受けてから、もう全く痛くなくなりました」
痛みというのは客観的な評価が難しいんだよなぁ。
あの手術で治った可能性が高いが、そうでない可能性もある。
研究がなかなか進まない原因の一つだ。
「それなら良かったです」
あと、鍼を受けてから足首の関節周りの動きが良くなったらしい。
確かにその辺も結構触った記憶がある。
といっても、筋肉というのは柔らかければ柔らかいほどいいわけではない。
かなり慎重に文献を調べて、いくつかの筋肉を緩めた記録が残っている。
コーチが慎重に聞いてきた。
「この表面に出てる血管も毛細血管の影響なんですかね」
ふくらはぎに網の巣のように出ている血管を示される。
一般には無害なことが多いが、競技者の場合は話が少し別だ。
静脈瘤ってやつだな。
静脈が逆流している血管だ。
大体は無害だが、これも軽く押しても痛くないとのことなので悪性ではないと思う。
「これは害にしかならない血管ですね。
念のため、一度診てもらいます? 医者、紹介しますよ」
最近は医師の知り合いも増えてきた。
特にスポーツ系のドクターとの繋がりが増えた。
球団のチームドクターが何人も紹介してくれるからだ。
正直、様子見でいいかもしれないが、彼の足は黄金のように貴重だ。
あの見事なスライディング。ああいうことができる選手がプロに行くんだろうな。
サッカーのルールも完全に覚えたし、施術のノウハウもかなり溜まってきた。
最近は野球選手ばかり見ている気がするが、それ以外のアスリートについても積極的に見ていきたいものだ。
「綾辻先輩、あとはお願いします」
「あっ……」
診察が一段落したところで、急に照れ始める少年を横目に、俺は愛猫のファシアちゃんと遊び始めるのであった。




