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服の下を透視する能力を得たら、あなたは何をしますか?  作者: メモ帳パンダ
右肩に棲むもの

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第46話 会議

 二軍本拠地の会議室に行くと、まだ誰もいなかった。

 少し早く着きすぎたかな。そう思いながら、無音の部屋を見渡す。


 窓は小さく、外のグラウンドは見えない。

 長机と椅子、壁際に立てかけられたホワイトボード。

 ここで、早川選手の今後が決まる。


 プロジェクターをセットアップして、パソコンに繋げる。

 資料を投影する。


 実は、これから行う会議というのは、何かを結論づける場ではない。

 ぶっちゃけ、結論は大体決まっている。

 資料はすでに全て送ってあるし、本人の反応も犬飼コーチを通じて大体聞いている。


 儀式みたいなものだな。

 だが、それが大事だ。


 しばらくすると、ドアが開き、スタッフやコーチ陣が続々と入ってきた。

 練習が終わった直後なのだろう。

 汗の匂いと、少し荒い呼吸が部屋に流れ込む。


 視線が俺に向く。

 探るようなものもあれば、感情の読めない視線もある。


 プロ野球選手にしては少し小柄な選手が、俺に声をかけてきた。


「日野さん、今日は来てくださってありがとうございます」


 早川選手だ。今回は選手本人も呼んでいる。

 もっとも、呼ぶメンバーを決めたのは犬飼コーチだが。

 投手コーチもいるし、結構豪華な顔ぶれだ。


 治療方針を決める会議にここまでの関係者が同席するのは、少し珍しいかもしれない。


 ――期待の表れか、それとも。


「では、早川選手について調査したことの報告を始めますね」


 そう切り出そうとした瞬間、ドアがもう一度開いた。


 入ってきたのは、この球団のGMだった。


 部屋の空気が、目に見えて変わる。

 誰かが小さく息を呑んだのが分かった。


「ああ、俺のことは気にしないで」


 そう言いながら、GMは一番端の席に腰を下ろす。


 ――無理だろ。


 気にしないなんてできるはずがない。

 犬飼コーチが、無意識にGMの方をチラチラ見ている。

 事前にもらった参加者名簿には名前がなかった。

 きっと、どこかで話を聞きつけてきたんだな。


 俺は一度、水を飲み、そして続けた。


「さて……先日の調査の結果です」


 会議の前に資料は送ってある。

 ここにいる全員、GM以外は内容を把握しているはずだ。


 だからこそ、最初に言うべきことは決まっている。


「結論から言います」


 一拍置く。

 その間に、全員の視線が俺に集まる。


「早川選手は、肩甲帯と呼ばれる筋群のリハビリに失敗しています」


 モニターに映像を映す。

 モーションキャプチャの結果だ。


 リリースポイントは、どの日もほぼ同じ。

 だが、その腕の起点――肩甲骨の位置が、日によって違っている。

 これは早川選手の才能だろう。

 土台がブレているのに安定して()()()()しまっている。


「同じ日の中では安定しています。

 ですが、日が変わると、まったく別のフォームになる」


 肩甲帯の再教育ができていない。

 それが、数字としてはっきり出ている。


 早川選手は、モニターを食い入るように見ていた。

 自分の身体が、分解されて並べられている感覚なのだろう。


 一方で、犬飼コーチは腕を組み、視線を落としている。


「調査に一ヶ月くらい時間かかったけどな」


 犬飼コーチが口を開いた。


「ヒノくん、これ……キャンプ中にもう気づいてたんちゃうん?」


 痛いところを突かれた。

 会議室の空気が、一段階重くなる。


「……はい。気づいていました」


「なら、さっさと言ってくれたらええのに。

 正直、こんな画像なくても信じたで」


 そうだろう。

 犬飼コーチは、証拠がなくても信じてくれたはずだ。


 だが――

 それでは、ダメなのだ。


「本人にも、納得してリハビリに取り組んでほしかったんです」


 俺は、早川選手の方を見る。


「それに、治療の効果を客観的に示したかった」


 治療後にもう一度同じ調査をすれば、成功したかどうかを判断できる。

 数字で示せない治療は、評価できない。

 コントロールという曖昧な結果を扱う以上、なおさらだ。


 沈黙が落ちる。


「……で」


 その沈黙を破ったのは、早川選手だった。


「どうやったら治るんですか?」


 覚悟して聞いた声だった。


 俺が選手や現場コーチ向けに書いた資料には、原因については詳しく書いた一方で、

 治療方法については軽い説明と、目安のリハビリ期間しか記していない。


 そこを詳しく書いても、判断材料にはならないと思ったからだ。


 補足資料には書いてあるが、そちらはチームドクターとトレーナー向けで、専門用語だらけだ。


 だが、早川選手はもっと具体的な施術方法の説明を求めている。


 体育会の兵隊タイプだと思っていたが、天下の名門大学卒。

 やはり、理論が気になるタイプなのだろうか。


 犬飼コーチは治療方針を気にしてこなかった。

 彼は信頼して任せてくるだけだったな。

 高卒の犬飼コーチ、大卒の早川選手の差かな、などと失礼なことを考えながら、説明を始めた。


「矛盾するようですが、肩甲骨周りの可動域の改善です」


 俺は続ける。


「筋肉が硬く、動けていない。

 固定されているように見えて、実際には止まっているだけです」


 術後のフォーム再構築で、肩甲骨が正しく使えていない。

 だから日によって、腕の振りが変わる。


「筋肉をほぐせば、一時的にコントロールは崩れます」


 全員の顔を見る。

 GM以外。GMは元から顔が怖い。


「数週間、長ければ数ヶ月。

 今より制球は悪くなるでしょう」


 会議室が、完全に静まり返った。


「……やりたいです」


 最初に声を上げたのは、早川選手だった。


 拳を軽く握っている。


 犬飼コーチは、しばらく黙って考え込む。

 二軍のローテーション。

 登板計画。

 いろいろなものが頭をよぎっているのだろう。


「ちょっと待っててな」


 そう言って、犬飼コーチは部屋を出た。


 数分後。

 二軍監督を連れて戻ってくる。


 ――首脳陣、勢揃いだ。


 もう一度、同じ説明をする。

 監督は早川選手の顔を一瞬だけ見て、それから俺に視線を戻した。


 少しの沈黙。


「……じゃあ、それでお願いします」


 二軍監督の言葉は短かった。

 だが、その言葉で全てが動き出す。

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