第28話 ラブラブ同棲生活
ケージの中にいるファシアは、新しい部屋に大興奮している。解き放つと、部屋の中を勢いよく走り回った。
しばらくすると俺の膝の上に乗ってきて、口を半開きにしたまま顔を見つめてくる。かわいい。
ここは綾辻先輩の住んでいるマンションだ。
今日から同棲生活を始める場所になる。
綾辻先輩と正式に付き合い始めてから二週間。
俺は愛猫のファシアを連れて、この部屋に引っ越してきた。
「ニャン!」
ウチの猫は、俺の寝室で飼う予定だ。
綾辻先輩からは寝室を一緒にしたいと言われたが、それは断固拒否した。
俺はあの事件が起きてから、誰かと一緒に寝たことがない。朝起きて目の前に筋肉人間がいたら、相手が誰であれ反射的に排除してしまうかもしれないからだ。
「ファシアちゃん、ごめんね。すぐキャットタワー組み立てるから」
「ニャ……」
引越し用のダンボールを開封し、ファシアのキャットタワーを設置していく。
このマンションは、大阪の吹田市、北千里という駅の近くにあるタワーマンションだ。
とにかく広い。部屋は六つほどあり、そのほとんどが空き部屋。
やはり俺の彼女は、かなりのお嬢様なのだろう。
先輩の両親は、資産運用を兼ねてこのマンションを所有しているらしい。
そんなことを考えていると、先輩が部屋に入ってきた。
勢いよく俺に抱きついてくる。……可愛い。
「ヒノくん! やっと同棲できるね!」
「付き合ってから二週間で引っ越してくるの、かなり早い方だと思うんですけどね……」
告白してから、ずっとこんな調子だ。
感情をストレートに表に出せるのは才能だと思う。俺にはなかなか真似できない。
「今日の晩ご飯、今作ってるから楽しみにしててね!」
いつにも増して楽しそうだ。俺も軽く抱き返しておく。
先輩の肩越しに、なぜかファシアが先輩の足元にしがみついているのが見えた。
俺に抱きつく綾辻先輩に、さらに抱きつくファシア。カオスだ。
先輩は特に用事もなかったらしく、少し話すと部屋から出ていった。ファシアを足にぶら下げたまま……。
……俺の猫が連れていかれた。
猫を奪われた俺は、少し拗ねつつ荷解きを続ける。
一通り終え、椅子に座ってのんびりしていると声がかかった。
「ヒノくん、晩御飯できたよ! 一緒に食べよう!」
晩ご飯は、うなぎが乗ったすっぽんの炊き込みご飯。おかずはレバニラ炒めだ。
その横には、精力剤が置いてある。
……何でも混ぜればいいというものではないと思うのだが。
キラキラした目でこちらを見つめる先輩を前に、俺は何も突っ込めなかった。
それにしても、ファシアはなぜ先輩の足元で飯を食べているのだろう。
「ファシアちゃん、こっちおいで」
「……」
普段は俺がそばにいないと鳴き喚いて食べないわがまま娘が、完全に懐柔されている。
俺は、先輩から愛猫を取り戻すための作戦を練り始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「うーん……やりすぎてしまった」
俺はベッドサイドに立ち、白目をむいたまま力なく横たわっている先輩を見下ろす。どうやら気絶してしまったらしい。
ご飯の後、綾辻先輩の部屋に連れ込まれた。
マッサージをしただけのつもりだったのだが、能力を使っていろいろ試したのが良くなかったようだ。
力なく垂れ下がった先輩の両手を、ピースの形にして顔の横に並べる。
うん、なかなかいい。アホ面ダブルピースって奴だな。
普段はクールなお嬢様を演じている綾辻先輩だ。
このポーズはギャップがあって、正直かなり面白い。
痙攣している先輩に布団をかけ、自室へ戻ろうとする。
ドアを開けた瞬間、外に締め出されていたファシアが中に飛び込もうとした。
もちろん予測していたので、抱き上げてそのまま自室へ連行する。
「ファシアちゃん、先輩はお疲れみたいだから、今日は俺と寝ようね」
ファシアは大好きな先輩と一緒に寝たかったらしい。
前足を空回りさせながら、部屋に行かせてほしそうにしている。
だが、ダブルピース状態の先輩を見せるわけにはいかない。
恋人の尊厳は守らねばならないのだ。
しばらく暴れていたファシアも、俺のベッドに入れてマッサージを始めると大人しくなった。
「おやすみ、ファシアちゃん」
「ニャッ……」
翌朝、まぶしい朝日で目が覚めた。
この部屋は窓の向き的に朝日が直撃する。遮光カーテンを注文した方がいいかもしれない。
ファシアはすでに起きており、キャットタワーの頂上で遊んでいた。
「ニャッ!」
俺が起きたのを見て、駆け寄ってきた。
『飯くれ』と前足で叩いてくる。
リビングに行き、ファシアに与える高級キャットフードを選ぶ。
この子は最近はさらに贅沢になり、毎回味を変えないと食べてくれなくなった。
「今日はマグロがいいのかなぁ?」
「ニャッ」
どうやら違うらしい。
いろいろ悩んだ末、結局マダイ味のフードを食べさせる。
朝ごはんを楽しむファシアを見守った後に、キッチンに入り、目玉焼きとソーセージを焼き、ホットサンドを作った。
朝に食べるホットサンドは、世界一うまいと思う。
俺の朝飯を狙う愛猫と戯れていると、ドアが開く音がした。
「あ、おはようございます。先輩」
かなり肌の露出が多い格好をした先輩が、ドアにもたれかかっていた。
足を閉じたまま、ゆっくり近づいてくる。
歩き方が少しぎこちなくて、正直ちょっと面白い。
「先輩の分もホットサンド作ってありますよ。一緒に食べましょ」
そう言って皿を示したが、無視された。
綾辻先輩は顔を真っ赤にして近づいてくる。
「ヒノくんの鬼! 鬼畜! やりすぎ!」
アホ面ダブルピースの件がバレたのかとヒヤッとしたが、どうやら違うらしい。
話をまとめると、年上の自分がリードしたかったのに、何もできなかったのが悔しかったとのことだ。
もちろん、マッサージの話だ。
本当に、この人は可愛い。
頭を撫でると、胸をポカポカ叩かれた。
先輩はなぜか上手く歩けないらしく、午前の講義は休むそうだ。
ホットサンドを食べ終えた先輩をお姫様抱っこでベッドに戻し、胸元にファシアを置く。
それで機嫌はすっかり直ったようだ。
可愛いファシアは、万病を癒す能力を持っているからな。
そんなことを考えながら、俺は大学へ向かう電車に乗り込むのだった。




