表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
服の下を透視する能力を得たら、あなたは何をしますか?  作者: メモ帳パンダ
鉄人編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/68

第27話 イケメン刑に処す

一旦、手掛かりが途切れ、改めて問診に入る。


「特にどういう時に痛みますか?」


「やっぱ、咳した時っすね」


 咳をした際に動く筋肉として考えられるのは、肋間筋や腹筋あたりだろう。

 だが、この部位の筋肉を痛めたからといって、背中に鋭い痛みが出るとは考えにくい。


 筋肉由来でないとすれば、可能性は限られる。

 患者はかなり痩せている。

 加えて、咳で痛みが増す。

 医学的な知識がそこまでない俺でも、思い当たるものが一つあった。


 観察対象を、胸の奥にある肺の様子へ移す。


 やはり、そうだ。

 右の肺の上のほうが縮んでいる。

 気胸(ききょう)――肺から漏れ出た空気が胸の内側に溜まり、肺が外側から押されて小さくなる状態だ。


 原因となる、空気が漏れている部分を探す。


 肺のいちばん上、右側の最上部にそれはあった。

 教科書的とも言える所見だった。

 これなら、自然気胸でほぼ間違いない。


 ――自然気胸。

 通称「イケメン病」。

 痩せ型の若い男性に多いことから、この通称がついた。

 著名な男性アイドルが何人も発症していることで知られている。

 理由は完全には分かっていないが、男性に圧倒的に多い疾患だ。発症頻度は女性の十倍以上とされている。


「痛みは、いつからですか?」


「起きた時からですね」


 医者にとってはそこまで稀な病気ではない。

 だが、多くの人は、気胸を経験したことがない。

 肺に穴が空いているとは思い至らず、筋肉のトラブルだと考えて整形外科や整体を受診するケースも少なくない。


 肺そのものには痛覚がない。

 ただ、この患者の場合、背中側で肺が大きく縮んでいる。

 その刺激が、背中の痛みという形で体に伝わっているのだろう。

 これは関連痛と呼ばれる現象で、心筋梗塞の痛みが肩や腕に出るのと同じ仕組みだ。


「ちょっと待っててくださいね」


 整骨院に常備している個人用の応急処置キットから、パルスオキシメーターを取り出す。

 血中酸素飽和度、SpO₂を測定する機器だ。

 コロナ禍で広く知られるようになった装置なので、聞き覚えのある人も多いだろう。


 患者の指先に装着し、数値を確認する。


 SpO₂は92%。

 明らかに正常とは言い難いが、ただちに命に関わる数値というわけではない。


「これは、うちでは対応できません。病院に行ってください」


「え、僕、何なんですか?」


「肺から空気が漏れている可能性があります」


 みるみる顔色が悪くなるイケメンホスト。

 「肺に穴が空く」という言葉のインパクトは強い。

 実際には緊急度が低い場合も多いが、本人にとっては十分すぎるほど恐ろしい表現だろう。


 今回の状態は軽症ではない。

 呼吸器外科での処置、場合によっては手術が必要になる可能性が高い。

 ただ、その最終判断を俺が下すことはできない。


 俺はどうするべきか迷い、そして一本の電話をかけた。


「はい、こちら夏目内科クリニックです」


 馴染みの受付の人が電話に出た。

 見た目は少し怖いが、会うたびに飴で餌付けしてくる、大阪のおばちゃん気質の人だ。


「あ、日野です。お世話になってます。

 気胸が疑われる患者さんが整体に来てるんですが、そちらに回しても大丈夫ですか?」


 少し保留音が流れた後、夏目先生に代わった。


「大した治療はできないけど、胸のレントゲンは撮れるし、診察と紹介状くらいなら書けるよ」


 どんな感じ?と聞かれたので、客観的な数値だけを簡潔に伝える。


「SpO₂が92%です。じゃあ、今から連れて行きますね」


 患者にベッドから降りてもらい、そのまま近くの内科まで付き添って歩いた。


 肺の片側が十分に働いていなくても、人はすぐには歩けなくなったりはしない。

 それでも、不安そうな彼を一人で行かせる気にはならなかった。


 到着すると、診療開始時間より早かったようで待合室には誰もいない。

 診療前にもかかわらず電話に対応してくれたらしい。本当に頭が下がる。


 受付の人と話しながら一息ついていると、奥からヘルニア矯正ベルトを巻いた夏目先生が出てきた。

 思わず吹き出しそうになる。


 俺の反応に気づき、慌てて診察室に引っ込む夏目先生。

 次に出てきた時には白衣を着ており、ベルトはしっかり隠されていた。


「すみません、診療時間前に。こちらの患者さんです。よろしくお願いします」


 診察室の前で状況を簡潔に説明し、そのまま患者を中へ案内した。


 受付の人に誘われてお茶を飲んでいると、診察室から先生が出てきた。


「日野くんの見立て通り、自然気胸だね。君はいい内科医になれるよ」


「ありがとうございます」


 内心では、内科には興味がないな、と付け加える。


「ただし、家に返せる状態じゃない。

 いつ重症化してもおかしくない」


 すでに救急車を要請しているという。

 患者はベッドで安静となり、酸素も投与されているらしい。


 個人的には救急車を呼ぶほどではないかと思っていた。

 家族やタクシーで病院に向かわせればいい、と考えていたのだ。

 判断が甘かったようだ。


 ほどなくして救急隊が到着し、患者はそのまま引き取られていった。


 救急隊が去った後、先生は俺を見て困ったような顔をした。

 そして口を開く。

 ――怒られるな、と直感する。


「今回は問題なかったけど、気胸が疑われる患者を歩かせて連れてくるのは感心しないね」


 穏やかな声だが、内容は正論だった。


「君は素人じゃない。少しでもリスクがある行動は避けなさい」


 俺は素直に頭を下げた。


「すみません。判断が甘かったです」


 言い訳になるが、彼は整骨院まで自分の足で歩いて来ていた。

 発症からもそれなりに時間が経っており、外見上は落ち着いているように見えた。

 だが、その判断の積み重ねこそが油断だった。


「まあ、次から気をつければいいよ」


 俺の肩を軽く叩き、先生は奥へ戻っていった。


 その時、携帯のアラームが鳴る。

 ……まずい。

 そろそろ鍼の予約が入っている。


 受付でもらったお茶を飲み干し、俺は急いで整骨院へ戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。ヒノ君、よく勉強している。医学生ってこれが普通ではないよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ