第11話 警官十一人殺しの日野
合同練習の練習試合で俺は大人気だった。
本来なら実力に合わせたマッチが組まれるはずなのに、なぜか一試合目に相手の部長とのマッチが組まれている。どう考えても意図的だ。
日下部先輩が抗議しようとしてくれていたが、わざわざ余計な軋轢を生む必要もないので止めておいた。
綾辻先輩は俺の近くまで来て、小さく笑っている。
「うちの部員がごめんねー。みんないい子なんだけどね」
「なぜか僕だけ五試合もあるんですけど……絶対、先輩のせいですよ」
先輩がさらに距離を詰め、俺の耳元で囁いた。近い、近い。
この人の顔をまともに見てしまったあとだと、無駄に心拍数が上がる。
「でも、ヒノくんなら勝てると思うよ」
そう言って、何が面白いのかクスクス笑っている。
これ以上、周りを煽るようなことをしないでください。俺が完全に悪役ポジションじゃないですか。
この人が周囲への影響を分からないわけがない。どう考えても確信犯だ。
俺の大学での初めての試合は、明らかに強そうな向こうの部長だった。
装備からしてガチだし、鋭い目つきにも気迫が滲んでいる。
正直、迫力がある。というか、殺気すら感じる。
綾辻先輩は近くで俺を応援してくれているが、それを見た相手の部長の殺気が、さらに強まった気がした。
応援すべきは自分の部長じゃないのか、と思ったが……
まあ、この人は自由人だからな。
さて、試合は真剣にやらないといけない。
相手は上段で構えている。見た目も動きも様になる、割と珍しいタイプだ。
立ち合いの最初、相手は露骨に間合いを外していた。
打たせて、受けて、返さない。
私怨で試合を申し込んできたとはいえ、弱い者いじめをする気はないらしい。踏み込みも半拍遅い。
これは完全に、指導する側の動きだ。
だが、数合打ち合ううちに、相手の動きに微妙な変化が出てきた。
数合交えるだけで、相手の実力は大体見えてくる。
――あ、これ、本気になり始めてるな。
どうやら俺は、全力を出すに値する相手だと認めてもらえたらしい。
相手の太腿が、踏み込む直前にわずかに震える。
腰の回転が、さっきまでよりも確実に速くなっている。
何合か、相手の攻めが続く。俺は受けるだけ。
相手の踏み込みに合わせて、俺は動かない。
勝負を決めるつもりで相手が面を打とうとした、その一瞬。
向こうの胴が、はっきりと空いた。
滑り込むみたいに、身体が前に出る。
相手の剣が上がりきる前に、ヌルッと胴に入った。
「胴!!」
俺の声が遅れて響き、道場が一瞬で静まり返った。
審判が言葉を探すように一拍置いてから、旗を上げる。
「……胴、あり」
対戦相手は、面の奥で目を見開いたまま、しばらく動けずにいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
道場のあちこちから、ざわめきが起こる。
「部長が負けた……?」
「部で一番強いんだぞ」
綾辻先輩が、はしゃぐように手を振っている。
「流石、ウチのヒノくん!」
ウチの、ではありません。あなたは阪大側の人間ですよね。
戦った相手の部長が、小さな声で綾辻先輩に何かを聞いている。
「負けたことを気にしなくて大丈夫! あの子、インターハイ三位だからねー」
少し大きめの声でそう言い、相手の部長をさりげなくフォローしている。
この人は、気楽そうに見えて、こういうところで相手の立場をきちんと守る。昔から、そういう人だった。
その言葉に、周囲の空気が一段階変わった。
驚きというより、何かを思い出そうとするような、妙な沈黙。
誰かが息を呑み、ぽつりと呟いた。
「あれ、もしかして……『警官十一人殺しの日野』か……?」
その呼び名を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ重くなった。
何度も耳にしてきた名前だが、慣れたとは言えない。
中学時代、能力が発現した時に暴れたエピソードから付けられた呼び名だ。
でも、一つだけ訂正させてほしい。
俺は警官を殺してはいない。確かに十一人倒したが、死者は出ていない。
数人は入院したらしいが、全員に謝罪文も書いて、許してもらっている。
そんな視線を浴びていると、自然と高校時代のことを思い出してしまう。
高校時代の俺は、剣道にすべてを注いでいた。
ただ強くなりたかったわけじゃない。
この能力――呪いとも言えるそれの、使い道を探していたからだ。
インターハイ三位という結果も、実力というより能力に頼った部分が大きい。
剣道は動と静のスポーツだ。
俺は特に、静――睨み合いにめっぽう強い。
相手が次に何をしようとしているのか、筋肉のわずかな兆しで分かってしまうのだから。
物思いに耽っていた俺に、次の対戦相手が声をかけてくる。
その後も俺は大人気だった。
組み合わせ順を無視して、相手の部員全員が挑んでくる勢いだ。
強い相手と戦いたい……というより、私怨を感じるのは気のせいだろうか。
試合の合間に、綾辻先輩が声をかけてきた。
「ヒノくん、この後暇よね。再会を祝してご飯行きましょ」
周りに聞こえるように言ってるし、完全に煽ってますよね。
この人は、自分がモテることを分かっていて愉快犯的にイタズラしている。
俺は昔から、その遊び相手にされがちだった。
重い剣道具を持ってきていることを理由に断ろうとしたが、
「車で来てるから家まで運んであげる!」
と、あっさり逃げ道を塞がれた。
阪大の部員を全員倒す勢いで練習試合を終え、ようやく連戦が終わった。
何試合やったのか、正直覚えていない。
綾辻先輩に腕を掴まれ、男たちの恨めしそうな視線を一身に浴びながら、俺は剣道場を後にした。




