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服の下を透視する能力を得たら、あなたは何をしますか?  作者: メモ帳ぱんだ


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第10話 梨状筋のあの子

 俺は大阪大学の豊中キャンパスに来ていた。

 今日は剣道部の合同練習で、日下部先輩の車に乗って来た。


 ここは阪大の一、二年生が全員通う大きなキャンパスだ。

 分かりやすく言うなら、東大でいうところの駒場キャンパスみたいなものだろう。

 ……いや、逆に分かりにくくなった気もする。


 豊中キャンパス、やっぱりデカい。

 俺の通っている、医学部しかない小さな大学とは違い、このキャンパスは一つの町のようだ。

 こういう総合大学の空気は、それだけで独特の圧がある。建物の配置も、人の流れも、最初から大人数がいる前提で作られているのが分かる。


 日下部先輩が話しかけてきた。今日は知らない先輩ばかりなので、俺にくっつくようにして次々と紹介してくれている。

 本当に面倒見のいい人だ。合同練習とはいえ、アウェーで放り出される新入生の気持ちが分かるんだろう。


「ヒノくんは阪大、来たことあるの?」


「いや、このキャンパスは初めてっすね。

 医学部受けたんで、面接で吹田キャンパスには行ったことあるんですけど」


 この話題になると、先輩たちは決まって少しだけ饒舌になる。

 「俺も落ちたなー」と、なぜか楽しそうに笑う人が周りにも何人もいた。

 北摂医科大学は、阪大医学部の不合格組がかなり多い。

 国立と私立では学費がまるで違うし、両方受かったなら阪大を選ばない理由は、正直あまりない。


 剣道場はキャンパスの外れにあった。大声で挨拶をしながら、集団で中に入っていく。

 大学専用の剣道場があるのは、やっぱり羨ましい。床が大会仕様に近いだけで、踏み込みの感覚はまるで変わる。

 ウチは体育館が練習場なんだけど、体育館の床は少し滑りやすく、その差は意外と大きい。


 阪大の剣道部は、我が部の四倍ほどの人数がいる。並ぶと壮観だ。


 道着に着替え、二大学合同で素振りを始める。まあ、この辺りはウォーミングアップだ。本番はこの後の合同練習試合になる。

 さすが大学生、みんな基礎ができている。未経験者は混じっていないようだった。


 剣道を大学から始める人は、やっぱり少ない。

 理由は単純で、用具が高いからだ。


 練習をしていると、ドアが開いて一人の女性が入ってきた。

 空気が一瞬だけ、分かりやすく変わる。周りで雑談していた男子が、何人か反射的に声をかけにいった。


 少し目を凝らし、能力を抑えて普通の視界で見てみる。

 ……凄い美人だ。テレビでも見たことがないくらい。色白で、クリクリした目、整った目鼻。


 オタサーの姫ならぬ、剣サーの姫というやつだろうか。

 ただ、その割には寄ってきた男子には軽く挨拶するだけで、すぐ女子の輪に入っていった。


 美人だな、とぼんやり眺めていると、日下部先輩が肘でつついてくる。


「おっ、一目惚れか? あの子、モテるんだよなー。

 告白して振られた人数だけで数十人。ちなみに医学科の子だぜ」


 なぜか、懐かしい感覚が胸の奥をかすめた。

 ウチの高校にも、似たような人がいた。学園祭のミスコンを三年連続で優勝して、放課後は告白を断るのでいつも忙しそうだった先輩。


 そんな話をしながら二人で見ていると、一瞬だけ目が合った気がした。

 視線はすぐ逸れたが、なぜか二度見される。

 そして、そのままこちらへ歩いてきた。


「あれ、ヒノくんだ! 久しぶり。北摂医科に行ったんだね」


 俺の肩に両手を置いてくる。近い。近すぎる。

 まつ毛の一本一本まで見えるし、女の子のいい匂いがする。


 ……誰だっけ。

 愛想笑いを浮かべながら必死に記憶を探る俺を見て、美人さんの表情がみるみる曇った。


「ヒノくん、忘れちゃったの!?

 あんなに恥ずかしいことまでさせてあげたのに!」


 周囲がざわつく。あからさまな敵意の視線も刺さる。

 思い出さなきゃまずい。

 昔の知り合いだろうか。能力を制御できる前は、全員が筋肉の化け物にしか見えていなかった。


 視線の焦点をわずかに落とし、皮膚の向こう側へ意識を滑らせた。身体を確認する。

 まず目につくのは、バランスのいいスタイル。脚が長い。

 そして、梨状筋とその周辺に、はっきりした凝りがある。

 女性に負担がかかりやすい部位だ。坐骨神経をわずかに圧迫しているようにも見える。

 診断名をつけるなら、梨状筋症候群――その一歩手前、といったところか。


 直してあげたいな。

 ……いや、待てよ。


 この梨状筋の症状、見覚えがある。

 俺は一瞬、思考を止めてから、ゆっくりと口を開いた。


「……もしかして、綾辻先輩ですか?」


「ちょっと、どこを見て思い出してるのよ……」


 先輩は軽く口を尖らせて、「全く、昔と変わらないね」と笑った。

 一度視線を戻して、改めて顔を見る。……かわいすぎる。


 高校時代の俺は、筋肉だらけの世界で生きていた。

 綾辻先輩は文化祭のミスコン三連覇、剣道部でも有名な先輩だったし、俺を剣道部に誘ってくれた恩人でもある。


 当時の俺にとっては、数多くの筋肉人間の一人でしかなく、恋愛感情はまったくなかった。

 そこが逆に気に入られたのか、よく一緒に学食で飯を食べていた記憶がある。


 周囲から、不穏な囁きが聞こえてくる。


「……元カレ?」

「忘れてるなんて薄情すぎる」

「俺たちの綾辻さんに恥ずかしいことを?」


 恥ずかしいことって、コムラ返りで動けなくなった先輩をマッサージしただけなんだけど……。

 俺は当時から、マッサージだけはやたら上手かった。


 至近距離からジト目で見つめられる。ドキッとする。

 いや、それより先に言い訳だ。


「綾辻先輩が美人になりすぎてて、全然分かりませんでした。すみません」


「もう、ヒノくんったら。口が上手なんだから」


 先輩は高校卒業後に浪人していた事は知ってたけど、その後の進路は全然知らなかった。

 頭がいいのは知っていたけど、阪大医学部とは……素直にすごい。


 そんなところで、大きな咳払いが俺たちの会話を遮った。阪大剣道部の部長だ。


「とりあえず練習を再開しましょう。個人的な話は後で」


 親の仇でも見るような視線を向けられる。理由は分かる。分かるけど、納得はできない。

 綾辻先輩はそんな空気を気にした様子もなく、「ヒノくん、後でね!」と手を振って更衣室へ向かった。


 その後の練習は、完全に針のむしろだった。阪大の男子全員が、今にも俺を殺しそうな目で見てくる。

 綾辻先輩と目が合うたびに、笑顔で手を振ってくれるのが余計に効く。


 かわいいし、正直うれしい。

 でもあの人はたぶん、周りを煽ることを分かった上で、わざとやっている。

 忘れていた仕返しだろうか。まったくもう変わらないなぁ、この人は。

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