あくまで聖女
この国には、老若男女問わず知っている、言い伝えがある。
王家は、100年に1度、この世界を創世した神から試練を与えられる。
大昔、この国は魔族と争っていた。
人同士が争っているところを、魔族に隙を突かれたのだ。
もう人類の敗北かと、誰もが諦めた時、ひとりの青年が立ち上がった。
小さな村の青年だったが、その剣技は周囲を勇気づけ、人類は一致団結し立ち上がることができた。
そして、旅の途中で出会った聖女とともに魔族を封印し、この国を建国するに至る。
青年はその功績により国王となり、聖女と結婚して子を成した。
それが現在の王族である。
だから、創世の神は100年に1度、この世界を任せるに足るのかを試練で見極めている。
その試練は100年に1度現れる聖女が次の王と認められることで終了となる。
最後に、聖女が呼んだ異世界の令嬢と王は婚姻を結び、この国はさらに発展していく。
そんな、子どものおとぎ話のような言い伝えが残っている。
そして……、それから何百年の時が流れた。
伝承は語り継がれているが、誰ももう本気で信じてはいない。
そんな時代、私は聖女と呼ばれ、王子と婚約をさせられている。
「お前のような冷酷な悪魔とは、婚約破棄をする」
山間にひっそりと建つ王家の別城の大ホール。
巷で流行っている恋愛小説のようなことを言い、私の事を指さしてくるのは、この国の王太子であるウィリアム殿下。
金髪碧眼という王族らしい見た目をした、温室育ちのお坊ちゃま。
その傍らには、私にだけ見えるように意地悪な笑みを浮かべている……誰だっけ。
名前すら思い出せないご令嬢が立っている。
何度か声をかけられた気もするけれど、毎回返答してなかったせいで、はっきり記憶に残っていない。
「殿下のお申し出、謹んでお受けいたします」
聖女として、出たくもない婚約者の誕生日パーティーに出てみたらこれだ。
婚約当初から頭が足りないとは思っていたが、まさかここまでとは。
そのまま振り返って帰ろうとしたとき、ふと疑問が浮かび、殿下に問いかける。
「この婚約破棄は、王にもすでに了承を得ていらっしゃるのでしょうか」
「父上にはこれから話すところだ」
この一言で、ギャラリーの中にも頭を抱える物が数人。
何人かの貴族の方が走って退室していったが、王が来る前にこの話を終わらせよう。
この馬鹿の長年の世話を終えたい私は、早口でまくしたてた。
「では、私がいま婚約破棄を受け入れますと、王命に背いたことになります。殿下だけでこちらは対処できるということですね」
「なんだその言い方は俺が1人じゃできないと思ってるのか」
思っていますよ。
会議に出ても感情的に喚き散らすだけ。
この男に説得なんて芸当ができるはずがない。
何ならその会議で話す案は、昔からずっと私に丸投げだった。
なぜ聖女と呼ばれている私が政の補佐までさせられていたのか、今でも謎だ。
「殿下は説得というものが苦手でいらっしゃったので、心配になっただけですわ」
「困ったときは、シュエリーナの父親のアドミラ宰相も加わるから安心しろ」
あぁ、あの狸オヤジの娘か。
ちらりと殿下の傍らにいる女を見ると、なぜか勝ち誇った顔をしていた。
何を勝ったつもりなのか全く理解できない。
まぁ、殿下も今まさに同じ顔をしているし、似た者同士なのだろう。
燃えるような赤い髪をツインテールにされて、ルビー色の瞳がこちらを見据えているが……興味がないので無視しておきましょう。
「問題ないのなら結構です。それでは私は失礼いたします」
そう言って踵を返し、出口に向かって歩いていく。
私が縋りつかなかったのが悔しいだろう。
背後ではおバカが私のを呼び続けているが、気にせずに歩を進め扉をくぐる直前、振り返った。
「それでは、皆さま。聖女の加護がなくなった世界をどうぞお楽しみください」
パチンとひとつ指を鳴らし、聖女の結界をこの王城の周囲だけ、解除する。
結界が解けるとともに、どこから現れたのか大量の魔獣が王城を襲う。
私は聖女。
でも、童話のような聖女のように清らかな心などこれっぽっちも持ち合わせていない。
歴代上位とされる私の報復を、どうぞその身で存分に味わえばいい。
おバカな王太子とその傍らの女。
そして、この茶番に加担したであろうあの場にいた貴族たちの運命など……私は、微塵も興味がない。
私は、この国と、この国の国民が守れたらそれでいいのだ。
「さてと、逃げていらっしゃる王様のところに挨拶に行かなきゃ……。あなたの子どもはまた失敗しましたって」
教会が用意していた馬車に乗り込み、外から聞こえる汚く、うるさい、悲鳴が聞こえないように遮音魔法をかける。
私は、この国の聖女。
そう、そして……魔界からの執行人。
3人いる王子のうち、、2人は全くダメだった。
では、最後の1人はこの国を護るのにふさわしいのかしら。
まだ幼い王子の事を思い出す。
先の2人に比べれば勉学にも励み、剣や魔法の修行にも真面目に取り組んでいた。
彼ならきっと聖女で魔王の私が納得する王になってくれるだろう。
魔神様の気まぐれで聖女なんかにされた私の気持ちを、少しくらい理解してくれるといいのだけれど。
まぁ、無理よね。
魔神様は、自分の愛した男の残した世界を守りたいだけなんだから。
それを娘に押し付けるのは、やめてほしいけれど……私のパパが王様をしていた国でもあるし、仕方ないか。
ため息をつきながら、王と幼い王子のいる王都の王城へと急ぐ。
その道中、私は……王子と年の近い幼女へと変身するのだった。
聖女の名前も容姿もあえて書いていないので皆様の思う姿でイメージしていただけたら嬉しいです。




