うさぎのぬいぐるみ
最近付き合いを始めた彼女と旅行することになった。
ひとり暮らしの狭い部屋の中、俺はにやけ顔で、訪れる予定の観光地をパソコンで検索する。
観光マップや店の口コミを眺めて情報を得るだけでは飽き足らず、ストリートビュー機能を使ってネット上で散策し始めた。
カチカチとマウスをクリックして道路を進んでいると、部屋の中でトサッと小さな音がした。
反射的にそちらへ目を向けると、うさぎのぬいぐるみが床に落ちていた。
あれもか。さっさと捨てないとな。
真っ白なぬいぐるみを見つめながら、俺はそんなことを思う。
そのぬいぐるみは、少し前まで付き合っていた彼女が置いていったもの。
俺の家にある私物を、元カノにすべて持ち帰ってもらうつもりだった。
けど彼女は、必要な物だけを選んで、「あとは捨てておいて」と言った。
面倒に感じたけど、束縛強めの彼女とはやく別れたかった俺はそれを受け入れ、完全にさよならしたのだ。
残留物はすべて捨てたつもりだったのに、すっかり見落としていまっていたぬいぐるみに顔をしかめて、俺はパソコンの画面に視線を戻した。
土産店が並ぶ道を進んでいくと林に差し掛かった。
ゆっくり画面を進めていたが、視界に入ってきた違和感に動きを止める。
「なんだ?」
横に視線を移動させるように画面をずらしたあと、木々の隙間に見える後ろ姿にズームし……ぞくりと背筋が震えた。
昼間、多くの観光客が行き交う道。広がる林の中に、真っ白なワンピースを着た髪の長い女性が背を向けて立っている。
しかも、振り上げられた手は金槌を握りしめ、目の前の太い木に真っ白な何かを打ち付けている格好だった。
瞬時に頭に浮かんだ言葉は「丑の刻参り」。
藁人形代わりになっているのは、真っ白なうさぎのぬいぐるみ。
女性の後ろ姿は、元カノそのものに見えた。
「うわわわあああっ!」
思わず叫び声をあげ、大急ぎで画面を消す。椅子から立ち上がり、足をもつれさせながら後退した。
荒い息を吐きながら視線を落とし、ぎくりとする。
床に落ちたはずのうさぎのぬいぐるみが消えていた。
完全に言葉を失ったところで、ピンポーンと呼び鈴が鳴り、びくりと肩が跳ねた。
強張った足を動かして呼び出し用のモニターを確認しに行き、崩れ落ちるように尻餅をついた。
モニターに映り込んでいたのは真っ白いワンピースを着た元カノ。
先ほど見ていた林の中、うさぎのぬいぐるみが磔にされた木を背景にして、彼女が微笑みを浮かべる光景が映し出されている。
ピンポーン。
ピンポーン。
ピンポーン。
呼び鈴の音が繰り返し響いている。