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金曜日の夜、肉巻きを作る

「ピンポーン」



誰だろう?とドアを開けてみると、友人のタカちゃんが両手に買い物袋を下げてやってきた。



「たくや、料理作ろうぜ!」



あ、ああ、いいけど。



僕自身料理を作ることはあっても、特にこったものを作ったこともなく、自分が何となく食べたいなと思ったものを、それまでの経験と想像力で、見よう見まねで作るくらいのものだった。



「で、なに作るの?」



そう聞くと、



「肉巻きを作ろうと思う。」



そういいながら、袋の中から沢山の豚バラのスライスを取り出した。



沢山のアスパラといんげんを僕が洗い、それにタカちゃんが肉を巻いていく。男二人、暑い夏の夕方に黙々と話もせずに肉巻きを作る。



タカちゃんとは浪人時代の友人だった。肉巻きを作ったとき、僕もタカちゃんも浪人生で、暑い夏の午後、そんなことをやっている場合ではなかったのだが、ずっと毎日勉強ばかりやっていても頭がおかしくなってくる。僕は小さな頃から料理の手伝いをしていたが、タカちゃんはそれまであまり料理をしたことはなかったらしい。しかし、器用なタカちゃんは初心者とは思えない手つきで料理をしていた。



「じゃあさ、これにあうソースも作ろうか。」



まだインターネットが普及していなかった時代、なにで調べるわけでもなく、自分の想像だけでソースを作ってみる。今考えれば、それほど難しくないことだったのだけど、トンカツソースとケチャップを弱火で沸かし、調味料で味を調える。簡単なものだったのだけど、今思い出しても肉巻きにとてもあったソースでおいしかった。



なにをやるのもそつなくこなし、我が強くて我が道を行き、人を動かす優しさと、やらざるを得ないという思いにさせる怖さとをあわせ持つ。大学を卒業した後、有名メーカーの営業での成績はトップ。そういえば、ナンパさせてもうまくいくのはいつもタカちゃんが一番だった。僕らは、チャラチャラした感じで言葉巧みに女も子を誘ったりしたが、タカちゃんは「出来ましたら、僕らと一緒に飲み会でもしていただけますとありがたいのですか。」といった感じの誘い方で、ほぼ100%の成約率だった。



「へぇ、タカちゃんなにやらせても上手だなぁ。」



「まあな、任せろ。」



たぶん、彼は手先が器用なのではなく、本質的になにをするのかということを見抜く力が秀でているように思う。だから、ナンパの時も女の子たちはちゃらちゃらした感じの僕らより、真面目そうで下心が見えなさそうなその態度で信頼を得たのだろうし、営業も同様なのだと思う。その上親分肌で、さっぱりとした気質だったから男女問わず一目置かれていた。



「たくや、八木ちゃんでも呼ぶか。」



肉巻きの下ごしらえが出来た頃、煙草に火をつけて一服しながらそう言った。



「とりあえずベル鳴らしてみるよ。」



まだ携帯電話が普及する前で、今は絶滅してしまったポケットベルを鳴らして友人の返信を待つ。ほどなくして家の電話が鳴った。



「もしもし、八木だけど。どうした~?」



八木ちゃんからの電話。彼女は浪人時代の友人だったのだけど、一度大学を出て社会人になった後もう一度大学を目指し、一歩先に大学生になっていた8歳年上の友達。今思えば、8つも年下の僕らと対等に付き合ってくれて、友人とは年齢でも立場での何でもない関係なのだと教えてくれた大切な人だ。



「八木ちゃん?肉巻き作ってるんだけど食べる?」「食べる。今から行く。」



突然のお誘いにも乗ってくれるのが、僕の友人たちの乗りの良さだった。彼女は一時間半、電車に揺られながら東京にまで出てきてくれるのだという。



「じゃあ、焼くか!」



彼は肉巻きを焼き、僕はまた違う友達を誘うのに電話を掛ける。



一時間後、僕のワンルームには沢山の人が押し寄せた。



遠くから来た友人、マンションの隣の住人、マンションの下の部屋の住人、そのまた友人、誰だっていい、人が集まってワイワイ楽しんでくれればそれでいい。



タカちゃんは、肉巻きを作りたかったのもあったのだろうが、本当は誰かを喜ばせたり、一緒に美味しいものを食べたかったのだと思う。一見、傍若無人な人のように見えて、人を楽しませることをちゃんと理解している人だった。



それぞれが飲み物やアイスなどを持ち寄り、ひとしきり肉巻きとご飯を食べてワイワイと暑い夏の夜を過ごした。今では考えられないけど、あの頃のタカちゃんの行動力があったからこそ、引っ込み思案だった僕が今のようなコミュニケーション能力が持てたのだと思う。



同じマンションの下の部屋の女の子とは友達になり、右隣の女の子は僕の彼女になった。誰彼構わず話し掛けることが出来るようになったのは、その頃の友達たちのコミュニケーション能力の高さを分けてもらったからだと思う。



「たくや、うまかったな。」



宴のあと、静けさが逆に少し寂しく感じる部屋で二人、片付けものをした。



「うん、楽しかったね。」



彼は、「自分のやりたいこと」をやって、それで「人を楽しませる」と言うことが両立できる人なんだと思う。営業成績日本一を二年続けて取った後、自分の実力を確認して会社を辞め、家業を継いであちこち営業で飛び回る社長さんをしている。今でも家族や友人とキャンプへ行っては色んな料理を作って人を楽しませている。



「じゃあ、またな。」


片づけを終えたあと、若き日のタカちゃんは、ママチャリに乗ってグランド坂を下っていった。


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