099.闇夜の襲撃・弐
夜の山の中、二つの勢力が対峙していた。片や黒尽くめの襲撃者たち。片や風魔忍者の末裔にして、十兵衛を護る上忍たち。
手裏剣が舞う。苦無が飛ぶ。銃弾が飛び交う。
狙撃はない。常人より遥かに速く動く人間を狙撃できる人間はいない。なおかつ今は夜闇の中。一発目の狙撃精度は素晴らしい物であったが、十兵衛の頭を射抜く事はできなかった。
「若を守れっ」
「陣形を密にしろ」
「えぇぃ、忍術を使っても構わん! 多少の損害は許容する」
今日の十兵衛の護衛頭は九郎である。信頼できる相手だ。九郎が指揮を取れば、仮令倍の相手であろうとも撃退できる。そう十兵衛は信じている。
「九郎、俺はどう動けばいい?」
「坊っちゃんっ、前に出てはなりません。狙われているのは坊っちゃんですぞ」
「だが俺は戦える。違うか? そして俺が参加すれば犠牲が減る。何か間違っているか。俺は同胞を失いたくない。俺のせいなら尚更だ。その為に俺は戦う力を蓄えてきた。ここで使わず何時使うと言うのだ。籠の鳥として守られていろと?」
「坊っちゃん、確かに坊っちゃんの戦力が加われば勝利の可能性が高まります」
十兵衛はしっかりと九郎を見て言った。
「ならば俺を存分に使え。相手に風魔忍者の恐ろしさを叩きこめ。二度と襲撃などしないと思わせるほどにな」
「御意」
相手は只の暗殺者ではない。統制が取れすぎている。手裏剣が投げられてきている。つまり相手も忍者だ。そして明らかにダンジョンでレベルアップしている。
今風魔に直接敵対している忍者集団は居ない。それなのに十兵衛の命を狙ってきた。つまり雇われだ。
どこかの誰かが十兵衛を邪魔に思い、しかし手勢ではどうにもならない。忍者には忍者をぶつけよう。そう思ったのだろう。
甲賀や伊賀は金で雇える。驚くほど高額だが、金さえあれば何でもするのだ。ならば金を持っていて、更に北条家に恨みでも持っていれば……、十兵衛を暗殺すると言う手も思いつくだろう。
十兵衛が考えられる可能性はこんなところだ。実際はどうかはわからない。生粋の忍者なら拷問など意味がない。心を読む魔眼でもないと決して口を割らずに、毒を飲む。
「はっ」
「くっ、手強いぞ」
「だが負けん! 若を守れっ」
「右翼に三人行け。あちらが主力だ」
「火遁・〈劫火球〉」
「山が燃えるぞ?」
「後で消せば良い。若の命のが大事だ」
護衛たちが忍術を使う。敵からも忍術が襲ってくる。
「九郎、俺も出るぞ」
「坊っちゃん、ご武運を」
「応。負けるものか」
十兵衛は〈龍眼〉を開眼させた。その上で忍者刀に雷を纏わせる。
瞬間、世界が止まる。敵の位置がわかる。次の動きがわかる。その場所に手裏剣を投げれば相手の忍者が絶命するのがわかった。
幾本もの棒手裏剣が敵忍者の命を奪う。こちらも無傷ではない。火で炙られた者、銃弾を受けた者。流石に人数差がある。無傷とはいかない。
だが敵の本命の目標である十兵衛にはどの忍術も銃弾も手裏剣も当たらなかった。
「化け物かっ」
「くっ、これほどとは」
「やっていられん、撤退だ」
十人ほど倒すとやっと相手が引いてくれた。と、言っても本当に撤退したかどうかはわからない。何か罠が残っているかも知れない。
実際車を吹き飛ばす為の爆弾が爆発し、爆炎が迫ってくる。
「氷遁・〈大氷壁〉」
十兵衛が作った〈大氷壁〉はその爆炎を防ぎ、風魔忍者たちは十兵衛の元へ集まる。
「坊っちゃん、ヒヤヒヤ致しましたぞ。ですが流石の腕ですな。今や私ですら敵わない程強くなられた」
「いや、九郎にはまだまだ教えて貰わなければならぬことがある。今後も頼むぞ。隠居など許さんぞ」
「はっはっは、坊っちゃんは部下使いが荒いですな。次代の者たちも苦労しそうです」
それは九郎が十兵衛を次代小太郎と認めているのと同義であった。
十兵衛たちは襲撃を受けたと同時に風間の家に連絡をしているので援軍がすぐに来る。それを待つ間、手当をしたり、相手の推測をしたりと様々なことをしていた。
◇ ◇
「襲撃を受けた!?」
「あぁ、どこかの忍者集団だったな。強敵だった。何人かヤったが、こちらも何人か暫く動けなくなった。まぁポーションがあるからすぐに復帰させるがな」
梨沙には一応報告として連絡をしておく。もう十兵衛は風間屋敷に帰ってきている。ここなら安全だ。
「十兵衛ちゃん……、ポーションを使っても治癒魔法を使っても、傷は塞がっても血は戻らないし痛みもあるんだよ? そんなこきつかっちゃダメだよ。休ませてあげて?」
「それを決めるのは俺じゃない。父上だ。そしてそんな甘えは風魔忍者には許されない。皆わかっているさ」
十兵衛は笑うが梨沙は電話の向こうで引き攣っていた。
忍者と言う生き方。忍者と言う在り方。わかっていたつもりであるが梨沙はわかっていなかった。
梨沙は使う側だった。故に闇の部分は見なくてすんだ。だが十兵衛の嫁になると言う事は風間家の奥を纏める女となることだ。
単なるお嫁さんになるのではない。風間家の頭領の妻として、しっかりと風間家をコントロールせねばならない。それに気付かされた。
「とりあえず十兵衛ちゃんもちゃんと休んでね。おやすみっ」
「あぁ、おやすみ。梨沙。愛してるよ」
「もうっ、十兵衛ちゃんったら!」
梨沙は突然の告白に真っ赤になった。十兵衛は婚約してから偶にこうして愛を囁いてくる。
嬉しいのだが、恥ずかしい。今までこういう言葉を掛けられなかっただけに、ずっと思っていた相手だけに、耐性がないのだ。故に愛の言葉を返せない。
「もしかして……」
もう梨沙と十兵衛との婚約は成った。公表もされた。お披露目もした。つまり今回の襲撃だって梨沙と十兵衛が婚約したからかも知れない、と梨沙は思い至った。梨沙に手を出すのは厳しい。だがまだ下層にいる十兵衛ならばどうか。深層探索者を使えば殺せるのではないか。相手がそう考えたのではないか、と。真実はわからない。闇の中だ。
「十兵衛ちゃんに迷惑掛けちゃってるのかなぁ」
十兵衛なら「そんなことないさ」と軽く言うだろう。だがその裏でどれだけの血を流しているかはわからない。十兵衛は自身の努力を、血を外に見せる事はない。
皆は言う。十兵衛は物が違うと。だがそうではないのだ。十兵衛は紛れもない天才ではあるが、努力も欠かさない。努力だけでも常人の、いや、通常の忍者の数倍はしているのだ。故にあの若さで上忍として認められているのだ。次代小太郎と目されているのだ。力のない当主など忍者たちは認めない。力があり、知恵があり、財力も必要だと言う。
それは琢磨から聞いたことである。十兵衛はそんなことおくびも出さずにけろっと平気な顔をして梨沙と遊んでくれていた。懐かしい思い出だ。
だが風間屋敷での合宿で思い知った。十兵衛が普段どれほどの鍛錬をしているのかを。骨が折れ、血反吐を吐き、それでも立ち上がる十兵衛の姿を。ポーションをガブ飲みし、明らかに無茶をしている。
だがそれが十兵衛の日常であり、十兵衛に言わせれば無理でも無茶でもないのだ。故に十兵衛は強い。誰よりも。
十兵衛がこのまま成長すれば、ダンジョンに潜っていけば、本当に世界一の探索者になってしまうかも知れないと思わせるほどに。
梨沙は忖度抜きにあり得る未来だと思っている。信じている。十兵衛が最強だと。最強になりうると。そして十兵衛も最強に興味を持っている。なろうとしている。だから最澄たちを鍛えているのだ。
「十兵衛ちゃん」
梨沙は自室から空を見上げていた。半月が空を明るくしていた。
梨沙の安全は十兵衛や風魔忍者たちの努力の上に成り立っている。それは知っている。だが風魔忍者たちは十兵衛並の修行をして、そして護衛として立っているのだ。
梨沙も護身術は本気でやっている。だがまだ甘い。十兵衛のやっていることに比べたら生クリームをボール一杯食べるくらい甘い。
「負けないんだからね、絶対ついていくよ。逃さないんだからね、十兵衛ちゃん」
梨沙は空に浮かぶ月に誓った。




