097.〈龍眼〉の副産物と茜の一騎打ち
「俺はまだまだ動きに無駄が多かったんだな」
「何を言っている。当たり前だろう、十兵衛」
十兵衛は琢磨に稽古をつけて貰っていた。
正直琢磨は頭領をやっているだけあって忙しい。だが毎日のように相手してくれている。有り難い限りだ。
そして琢磨の動きは洗練されている。十兵衛の動きと比べると粗が視えまくる。そしてそれは〈龍眼〉を手に入れたからこその気付きだった。
「理想の動きが〈龍眼〉で視えるんだ。だがそれをトレースできない」
「よし、〈龍眼〉を使ってみろ。試してやろう」
「待ってくれ、父上。〈龍眼〉を使うと手加減ができない。間違って大怪我でもさせたら……」
「はははっ、バカを言うな。俺が〈龍眼〉を使われた程度でどうにかなるとでも? 増長するなよ十兵衛。お前はまだまだ弱い。強いスキルを得ると万能感に陥る。だがそれは本当に万能な訳ではない。限界はあるのだ。それに制御しきれていないだろう? そんな紛い物の〈龍眼〉に俺が遅れを取るとでも? 笑わせてくれるな。ヘソで茶が沸くわ」
琢磨はそう言って模擬剣を構えた。いつでも来いと言う事だろう。
十兵衛は〈龍眼〉を開眼した。琢磨の重心が、どう動こうとしているのかわかる。ならば……と、思って忍者刀二刀流で襲いかかるがそれは全て防がれる。
「なぜ?」
「遅い。軽い。その程度ではやられてはやらんぞ。風魔小太郎を舐めるな」
「もう一本!」
「何度でも来い。お前は〈龍眼〉を得ても尚、まだまだだと言う事をわからせてやろう」
そうして十兵衛は〈龍眼〉の制御力を少しだけ手に入れ、更に自分の動きの不味い処を幾つも発見した。しかし逆に言えば理想の動きは視えているのだ。それをなぞって鍛錬すれば良い。それだけで一段も二段も強くなれる。そしてそれは奇しくも、と言うべきか琢磨や静、真の動きにそっくりだった。
つまり琢磨は自力で、最善の動きを無意識にできるまで鍛えているのだ。勝てない筈だと思った。
「なるほど、真おじさんありがとう」
真が十兵衛に〈龍眼〉を託した意味がわかった気がした。正直今の十兵衛には〈龍眼〉は持て余している。下層の入口付近では〈龍眼〉の力は過剰だ。だが十兵衛はじっくり〈龍眼〉と向き合う。そうすれば理想の動きが、武術の真髄が得られる。これを見越して真はまだ早い筈なのに十兵衛に〈龍眼〉を預けたのだ。
真の真意に気付き、十兵衛は札幌に帰った真に心の中で礼をした。
◇ ◇
:十兵衛くんの動きが激やべー件について
:いや、それは前からだったじゃん
:この切り抜き見てみ。URL。
:なにこれ。人間の出来る動きか?
:な、ありえんだろ?
:切り抜きめっちゃバズってる。日本でもそうだけど海外での再生数がおかしいことになってんな。
:だろ。今までの十兵衛くんも強かったけれど、これ見ちゃうとなんかランクが違うなって思うんだよな。
:これ単純なレベルアップじゃないよな。
:違う。レベルアップはいきなりこんなに動きが良くなったりしない。むしろ武術の鍛錬をして奥義に目覚めたとかそっち系だと思う。
:なるほど。秘伝を授けられたとかか?
:十兵衛くんなら有り得そう。
:とにかくこの動画もバズりそうだよな。
:収益がチーム・暁に入るから幾らでもバズってくれてええんやで。
:それな。
あれから五日ほどダンジョンに毎日潜った。十兵衛が〈龍眼〉を使うのは一度のみ。他は三人で、時に忍術を制限している十兵衛を含めて四人で戦っている。
「ブラックオーク・リーダーよ」
「手強い奴だな」
「でもこんなところで負けていられない」
梨沙の言葉が真実だ。まだ二十一層。目標の二十五層には遥かに遠い。だが十兵衛たちはそこに至ると決めている。其の為にはブラックオーク・リーダー程度に苦戦する訳にもいかないのだ。
「俺も参加する」
「お、十兵衛にじゃぁ三体任せていいか」
「あぁ」
「助かるわ」
「あたしはみんなを補助するよ~。〈強化〉」
全員は〈身体強化〉を覚えている。当然使っている上に梨沙の〈強化〉のバフが入り、一段上の力を得る。
最澄がブラックオークの大剣を防ぎ、茜がその隙をついて薙刀で足を切り落とす。梨沙の雷魔法が轟音を奏でる。
十兵衛は任された三体、ブラックオーク・ソルジャーたちの相手をする。今の十兵衛ならば、全てを同時に相手することができる。三体なら余裕だ。だが油断はしない。
理想の自分。琢磨や静、真の動きを思い出し、トレースする。おかしな癖がついていた事に気付く。それはほんの少しだが隙になる。それを修正し、適切なラインで忍者刀を振る。それだけで、ブラックオーク・ソルジャーたちは手足を、首を、胴を斬り裂かれる。
「今のはいい動きができたな。これを意識してじゃなくて無意識にできるように反復して身体に叩き込まないとな」
十兵衛はそう独り言を呟きながら三人の戦いを見ていた。
ブラックオークたちは数を減らし、ブラックオーク・メイジの魔法も最澄がしっかりと盾で防いでいる。梨沙は障壁を張り、付与を飛ばしと大忙しだ。茜は一体ずつ着実に斬り殺し、相手を塵にしている。ついにブラックオーク・リーダーまで辿り着いた。
「最澄、梨沙。手出し無用よ」
「え?」
「一人でやるのか?」
茜は答えなかった。大剣を構えるブラックオーク・リーダーと茜の一騎打ちが始まる。それは激しい剣戟だった。
ブラックオーク・リーダーは十分な剣術を持っている。スキル持ちなのだろう。ただ茜はそれを上回る。薙刀と言う間合いの長さを活かし、大剣の一撃は必ず防いでいる。隙を見て柄頭でブラックオーク・リーダーの鳩尾を突く。だがそんな一撃では下層の敵は倒れない。
「ブモォォォッ」
ブラックオーク・リーダーは茜を強敵と見て本気で大剣を振り回す。だがそれは悪手だ。大振りで隙が多い。それを見逃す茜ではない。
すらりと薙刀が閃光のように舞う。ブラックオーク・リーダーの指が飛び、大剣が落ちる。
流石だ、と思った。指がなければ武器は持てない。妙技と言う奴だ。おそらく望月流の奥義か何かだろう。十兵衛でさえアレを初見で避けられうかと問われると、危ういと答える。それほどの腕だった。
もちろん本気で茜と試合えば、十兵衛が勝つだろう。奥義だろうが、秘伝だろうが跳ね返す。それだけの自信はある。
特に茜とは長く戦っている仲だ。茜の攻撃のリズムや癖は把握している。もちろん逆もまた然りだ。十兵衛の攻撃のリズムや癖はとっくに茜に知られているだろう。だがそれでもなお勝つ。負ける訳にはいかない。
それは茜だけでなく、全ての探索者に対しての挑戦だ。
十兵衛は今、自分がどれだけ強くなれるかわかっていない。頂きに立ってみたい。世界最強だと証明したい。その道の途上に今十兵衛は立っている。
そして十兵衛はその頂きを目指しているのだ。
まずは琢磨、静、真。そして見知らぬS級探索者たち。そして国外の有名なパーティの主力たち。彼らと肩を並べたい。
其の為には深層に潜る必要がある。三十層を超え、四十層を超え、それこそガストン・ガーランドの最高到達階層、四十八層を攻略するくらいの勢いでいかなければならない。
「これでトドメ! よっ!」
大剣を落としたブラックオーク・リーダーだが、拳と蹴りで茜と渡り合っていた。流石だ。剣だけではなく体術も持っている。そして質量が違う。大きさが違う。それだけで脅威だ。故に茜はすぐさま追い打ちを掛けられなかった。だがそれももう終わりだ。
ブラックオーク・リーダーの首は落ち、カランと体術のスキルオーブが落ちた音がした。それとブラックオークの肉だ。これは焼き肉にするとめちゃくちゃ美味い。
「今日は焼き肉パーティだな」
「わ~い」
十兵衛がそう呟くと、梨沙が無邪気に喜んだ。




