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096.二十一層と〈龍眼〉の試し

「下層になるとなんか雰囲気変わるな」

「壁の色が変だよ~」

「この壁の色に擬態したモンスターが出てくるのよね」

「掘れば合金が採れる採掘ポイントもある筈だぞ」


 三人は警戒を密にしながら二十一層を進んでいた。今回は攻略ではない。どのくらい今の状態で通用するのかお試し探索だ。だが手は抜かない。

 気を抜けば死ぬ。それが探索者の世界だ。琢磨も静も、真も、他の上忍たちも仲間を失ったことがないということはない。全員が経験している。

 それはパーティメンバーだったり、友だったり、親兄弟だったりするのだ。

 十兵衛は最澄も茜も、当然梨沙も失いたくない。チーム・アレクシオンのレオたちにも死んで欲しくない。だがそれは贅沢な話だ。

 探索者をやっている以上死は突然訪れる。探索をしていなくても交通事故などで毎日たくさんの人が死んでいるのだ。突然死の病に掛かる人もいる。だがそんなレベルではない。探索者をしていれば身内の死はより身近になる。それがトラウマでダンジョンに潜れなくなる者も多いと聞いたことがある。


「ちゃんとトラップ感知もしてるか?」

「あぁ、しっかり気をつけてるぜ。でも気付かないのもありそうで怖いんだよな」

「私も気をつけているわ。ただ確かに下層のトラップはわかりづらいわね」

「あたしはなんとなくわかるよ~。でも十兵衛ちゃんみたいに百発百中とはいかないかな」


 三人はしっかり警戒している。十兵衛はその様子を見て大丈夫だと判断した。


「敵が来るな」

「えぇ、強い魔力ね」

「遠くからでもわかりやすいね~」


 気配察知も皆習得し、熟練度も上がっている。だが下層のモンスターはそれだけで魔力が高い。むしろ低層のゴブリンなどの方が余程感知しにくいだろう。


「来るよっ」

「応!」

「わかった!」


 茜が警告し、最澄が前に出る。梨沙は雷魔法の準備をしている。

 出遭ったのはブラックゴブリンの群れであった。ただし統率しているのがリーダーでなくゴブリンジェネラルだ。統率力がリーダーよりも高い。


「グギャァァァァッ」


 ジェネラルが叫ぶ。するとブラックゴブリンたちが隊列を組み、じりじりと近づいてくる。通常のゴブリンならば、隊列など組まずにバラバラに襲ってくる。やはりジェネラルは違うと言うことなのだろう。

 最澄は三方向から攻撃され、防御に手一杯だ。だがそこに茜が割って入る。薙刀一閃。二体のブラックゴブリンの首が落ちる。最澄への圧が減る。

 後方に居たブラックゴブリン・メイジに梨沙の雷撃が飛ぶ。それは見事に当たり、メイジの脅威を取り除く。

 ジェネラルはしっかりとこちらを見定めている。そして十兵衛を強敵と見て、動かない。配下たちに攻撃を命じ、最澄と茜、梨沙が捌いていく。


「みんな、こんな序盤で苦戦していたら下層なんて探索できないぞ」

「わかってるわ!」

「応」

「頑張るよ~」


 子飼いのブラックゴブリンたちは茜たちに一掃され、ゴブリンジェネラルが動き出す。同時に攻められていた方が辛かっただろう。だがジェネラルは十兵衛の存在を無視できなかった。それだけ龍気と言うのは特殊なのだ。

 龍の気配。下層では存在しない龍と言う上位存在。十兵衛は居るだけでモンスターを威圧する存在に格が上がったのだ。それはレベルアップとは全く違う。そしてそれは最澄たちも気付いている。気付いていて、聞けないでいる。十兵衛だから、いつか話してくれるだろう。それを待っている。


「グギャァァァッ」


 ジェネラルは子飼いのブラックゴブリンたちがやられても逃げない。モンスターは基本逃げると言う行動を取らないのだ。故に最澄たちの良い相手になる。

 最澄が棍棒を受け止め、その腕に茜が斬り込む。最澄の火魔法がジェネラルの頭を炙り、視界を消す。瞬間、茜が太刀を居合で抜き、ジェネラルの胴を半分斬り裂く。だがジェネラルは腸をはみ出させながらも塵にならない。頑丈だ。


「えいっ!」


 梨沙の雷撃がその傷跡に直撃する。流石に内蔵を焼かれてはジェネラルも生きては居られない。ジェネラルは棍棒と魔石を落とし、塵となった。


「うん、いいんじゃないか?」

「お、十兵衛の合格点」

「まぁ無傷だしね」

「トドメ刺したよ!」


 十兵衛が褒めると三人が嬉しそうに喜んだ。そんなに褒めないだろうか。ちゃんと成長している度に褒めている気がするが、十兵衛にはわからない。彼らには彼らの基準があり、十兵衛には十兵衛の基準がある。そこに齟齬があるのだ。こればかりは擦り合わせる他ないのだが、まぁ喜んでくれているなら良しとしようと十兵衛は思った。



 ◇ ◇



 それから幾度かエンカウントした。いつでも戻れる範囲で、無茶はしない。しかしきちんと全滅させる。

 偶に最澄や茜が怪我をする時はあったが、命の危険に晒されることはない。

 何せオーガリーダーに率いられたオーガたちと戦った猛者たちなのだ。今更ゴブリンやオークに引けは取らない。戦い慣れているのだ。

 ただし下層に出てくるゴブリンやオークは並の実力ではない。最澄たちがしっかりと鍛え、レベルアップしたからこそ勝てている。

 例えば、十六層あたりをうろうろして居た時に戦っていたら大苦戦していたか、壊滅していただろう。もちろん十兵衛が居ないと言う条件でであるが、今は戦えて傷を負いながらも勝っている。三人はしっかりと成長し、強くなっている。


「エンカ率高いわね」

「そうだな。相手の数も多いしな」

「手強いよ~」

「こんなんで泣き言を言ってたら二十五層を突破なんてできないぞ」


 十兵衛がそう言うと三人は真剣な表情をした。


「なぁ十兵衛」

「なんだ?」

「なんていうかさ、もしかして夏休み中に二十五層を突破しようとしてたりするか?」


 最澄からの質問だ。しっかり真面目に応えようと思った。


「あぁ、俺たちなら行けると思う。しっかり探索をして、美味い物を食べて、休んで、鍛錬もして、レベルアップして、下層のモンスターたちとの戦いに慣れればいいだけだろ?」

「だけって」

「それが難しいんだよ?」

「十兵衛ちゃん要求高すぎだよ~。でもそれが十兵衛ちゃんクオリティなんだよね。わかってるよ、あたしは」


 梨沙は十兵衛のことなどお見通しだとばかりに茶化してくる。だが本気だ。

 大学が始まれば連休しか本格的なアタックはできない。今年中に下層を突破し、深層に入れれば良いなと十兵衛は考えているが、それがどれほど異常なのかくらいはわかっている。

 何せ下層へ入ったのだって日本のレコードホルダーになったのだ。それが一年も経たずに深層に潜る。常識的に考えれば有り得ないだろう。

 だが十兵衛の見立てでは、彼らが成長してくれさえすればそれは叶う。

 当然十兵衛の力は必要だ。三人では二十二層か三層が限界だろう。


「俺が居る。俺がやる。だから着いてきてくれ。みんな」

「くそぅ、十兵衛にそう言われたらやらなきゃだな」

「そうね。何時までも置いてかれていたら堪らないわ」

「あたしは一人でも十兵衛ちゃんに着いて行くよ!」


 十兵衛がしっかりと言葉にすれば、メンバーの皆は乗ってくれる。ならば行けるだろう。十兵衛の見立てでは行ける。彼らのポテンシャルは高い。まだまだ高みに登れるのだ。

 無理をしているとは思わない。無茶を押し付けているとは思わない。

 やれるからやる。それだけだ。


「ほら、敵が来てるぞ」

「わかってるわ」

「陣形組むよ~」

「応」


 当然三人も気付いている。次の相手はブラックオークの集団だった。単純なオークよりも遥かに強い。だがきちんと対処すれば戦える。それは既に経験済みだ。

 十兵衛の援護なしに三人は戦い始めようとする。


「ちょっと待ってくれ」


 まだ間合いはある。時間はほんの三十秒ほどだがそれで十分だ。


「なんだ?」

「俺がやる」

「一人で?」

「ちょっと試したい事がある」

「わかったわ」


 素直に最澄と茜は引いてくれた。梨沙は当然の如く言葉もなく後ろに下がる。

 十兵衛はブラックオークの集団に〈龍眼〉を開いた。瞳が金色に変化する。瞬間、視界が変わる。世界の全てが視えるような気がする。少し先の世界も、ブラックオークがどのように動くのかも全てがわかる。そして自分がどう動けば良いのかも。

 するりと十兵衛は音もなく動いた。起こりのない動きでブラックオークたちは十兵衛の動きに反応できなかった。無拍子と言う奴だ。武術の極地の一つだ。

 剣閃が煌めく。二本の忍者刀が十兵衛の思い通りに動く。そのたびにブラックオークたちははらわたを、首を落としていく。

 十兵衛が特段速くなった訳ではない。膂力が上がった訳ではない。だが完全に以前よりも動きが洗練され、より殺戮機械に近い動きができるようになった。誰にも負ける気がしない。もちろんそんな事はないのだが、周囲から見ればそう思えてしまうほどの圧倒的な殺戮だった。


「うおっ。十兵衛、なんかおかしくなってねぇか?」

「一瞬で殲滅? ブラックオークたちを? 忍術もなしに?」

「十兵衛ちゃん超強くなったね。なんか別人みたい」


 三人の感想を聞きながら、十兵衛は「ふぅ」と一息ついた。

 まだ〈龍眼〉を使っての戦闘は一分も持たないだろう。龍気に当てられて下層のブラックオークすら一瞬硬直していた。故に即座に倒せた。ブラックオークたちはどうして自分たちが死んだのかすら気付いていないだろう。

 それほどの殲滅速度だった。

 そして最澄たちはその姿を見て、十兵衛が二十五層まで行けると言った本当の意味を知った。この十兵衛ならば二十五層までソロでも行けるだろう。ならば同じパーティメンバーとして自分たちは着いていくしかない。当然十兵衛には負けていられない。そう茜と最澄は誓った。また遠くなった背中を追って行く日々が始まるのだ。


「十兵衛ちゃん格好いい」


 梨沙だけは十兵衛の姿をその瞳にしっかりと焼き付けていた。




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