093.宴と魔眼
「十兵衛、よくやったな。風魔の頭領としてではなく、父として誇らしいぞ」
「私も十兵衛の活躍を見てたわ。よくやりましたね」
「ありがとうございます。父上、母上」
十兵衛は実家に帰ると下にも置かない扱いで両親の居る部屋に通された。
風間家での十兵衛の地位は高い。何せ後継者候補の第一位なのだ。
従兄弟の和真も神童と呼ばれ、小太郎の地位を諦めていないらしいが、今は十兵衛が二歩はリードしている。当然和真もダンジョンに潜り始めればレベルがアップし、十兵衛たち並のペースかそれ以上のペースで強くなるかも知れない。
風魔小太郎の名は重い。強さは絶対条件だ。そして和真は十兵衛と同じく、天才の名を恣にし、更に十兵衛に負けじと努力を重ねている。
追われている。ただ単純に先に一年生まれたと言うだけでこのプレッシャーである。逆の立場だったらどうだろうか。怪しいところだ。十兵衛は悔しく思いながらハンカチでも噛んで居たかもしれない。
「今日はごちそうよ。皆で美味しい物を食べましょう」
「ありがとうございます、母上」
静はそう言って宴の準備をしに下がった。と、言っても静は料理はできるがしない。料理人を雇っているので指示を出しに行ったのだろう。
静が下がった事で十兵衛は琢磨と二人きりになった。
「十兵衛、梨沙様の護衛はどうだ?」
「恙無く」
「そうだな。配信を見て知っている。だがその配信は敵にも見られている。つまり十兵衛の実力を測られていると言うことだ」
「だからこそ真おじさんは配信を基本しないんですよね。他の風魔忍者たちもです。ですがなぜ俺には配信を許可したんですか?」
十兵衛は以前から思っていた事を琢磨に直球で聞いて見ることにした。
「忍者は忍ぶ者だ。だがもうそんな世ではない。戦国時代とは違うのだ。風間家も変わらなければならない。そうお館様がおっしゃられてな」
「お館様が!?」
「そうだ」
驚く十兵衛に琢磨は静かに答えた。
「だからこそ、テストケースとして梨沙様と十兵衛の配信を許可した。本来ならば梨沙様は秘するべきはずであり、風魔忍者の実力も秘すべきものだ。だが十兵衛は今の時代に生まれた、そして寵児でもある。お館様は風魔忍者の実力を世間にわからせ、風間家の格も上げたいとおっしゃられている。梨沙様との婚約もその一環だ。そうでなくては梨沙様との婚約など有りえぬ」
「そうですね」
十兵衛は同意するしかなかった。戦国大名の末裔である北条家とたかが忍びの一族の末裔。それが肩を並べ、伴侶になる。
当時なら有り得ないだろう。だが現代なら? そう氏康は考えたのだろう。十兵衛と梨沙が想い合って居たのも大きいだろう。氏康は梨沙に甘いのだ。
「そういう訳でな、十兵衛に配信をさせてみたのだが思っていた以上の反響であった。正直予測がつかなくて驚いたぞ」
「それはすみません」
「はははっ、謝ることではない。むしろ良い結果しか生んでいない。十兵衛が目立つ事で北条家を狙う者は減った。風魔忍者の実力を肌身で知った者たちは全て土の下だ。だが十兵衛の配信で風魔忍者とは特級に強い者だと言うのが世間に晒された。本来なら秘するべきものではあったが、良い効果が出ている。お館様もご機嫌であったぞ」
琢磨は笑う。十兵衛も氏康の機嫌が良いと言うのは素直に嬉しいと思った。
「貴方達、そろそろ夕食の時間ですよ。豪勢な食事を頼みましたから楽しんでくださいね」
静からそんな声が掛かった時にドンドンドンと大きな足音が返ってきた。
「真、帰ったのか」
「兄上、いえ、頭領。今帰りました。十兵衛が下層に突入したと聞き、また国内最速でのA級探索者になったのを祝おうと思いまして」
「それはまた早いことだな。今日の事だぞ」
「土産もあります」
「それは後にしよう。宴の準備が出来たようだ。真も食べていけ」
「はっ」
そうして宴は始まった。
◇ ◇
風間家の大広間には幹部たちが集まっていた。
琢磨が音頭を取ると全員が料理を食べ始め、酒を飲み始める。十兵衛も早く飲めるようになりたいなと思いながらも、料理長が丹精込めて作ってくれた料理に舌鼓を打つ。
「美味い!」
「ははっ、今日は十兵衛の記念だ。よく食べろ。もう十兵衛は十分に稼いでいる。新宿にも良い店があるし、横浜にもある。地上に居る時は良い物を食べ、英気を養うのだ。俺たちはそうやってあの時代をくぐり抜けてきた」
父、琢磨が酒の力で饒舌になる。ダンジョン黎明期は大変だったと聞いている。友人が幾人も亡くなったと、風魔忍者でも幹部格の物が何人か亡き者になったと聞いている。故に琢磨も真も、静もその辺りの事情はあまり話してくれない。
きっと悲惨な現場を幾度も見てきたのだ。
だが三人とも、そして三人とパーティを組んでいた幹部たちは皆深層を潜る今で言うS級探索者である。A級になったばかりの十兵衛とは格が違う。
風間家は多くのS級探索者を抱えている日本でも屈指の家なのだ。この家に生まれて良かったと思う。修行は厳しかったが、その分強くなれた。梨沙を守れる力を得る事ができた。ダンジョンで人助けもできた。
風間の家に生まれなければ得られなかった幸運だ。
「そういえば十兵衛にこれをやろう。下層へ踏み込んだ記念だ」
真が近づいてきて、スキルオーブを取り出した。それは銀色に光っている。かなり良いスキルオーブなのではないか。そう思った。
「これは?」
「これは龍を倒して得た〈龍眼〉のスキルオーブだ」
「魔眼!?」
「そうだ、しかも最上級だぞ。現在確認されているスキルオーブの中でも最高の魔眼だ。俺は既に別の魔眼を持っているからな。他のメンバーに使わせようと思ったが、次期頭領と名高い十兵衛に与えるべきだと意見が強くてな」
十兵衛はおそるおそるそのスキルオーブを手に取った。
魔眼、瞳術。呼び方は様々だが〈龍眼〉は現在確認されている中で最も有用だとされている。
基本的に売りには出されないので値段は付けられない。時価だ。
もし売りに出されたら世界中の大富豪が争うだろう。そして千億円を超えたとしても驚かない。それほどの物だ。
「いいんですか?」
「兄上にも確認してある。十兵衛が使うべきだ。本来なら父親として和真に与えたいんだがな、奴にはまだまだ早い」
「俺にも早いですよ」
「日本最短記録保持者が何を言うんだ? お前なら使いこなせる。だから託す。わかるな?」
「はい」
真はじっと十兵衛の瞳を見つめた。その意味がわからない十兵衛ではない。
スキルオーブを使う。すると十兵衛の黒の瞳が金色に代わり、爬虫類のように瞳孔が縦に割れる。
「くっ」
「いきなり使うな。まずは慣れろ。ゆっくりとだ。魔力を相当食うぜ?」
「先に言ってくださいよ」
「はははっ、まぁそれを使いこなせ。そして早く深層に来い。待ってるぜ、十兵衛。息子も大事だが兄上の息子、甥である十兵衛も可愛いんだ。俺は小太郎にはなれなかった。優秀な兄上がいたからな。だがそれはもう過ぎ去った過去だ。今更謀反などしない。兄上を立てると決めている。そしてその兄上の子であり、天性の才がお前にはある。皆お前に期待しているんだ。風間家だけではなく、時代の寵児となれ、十兵衛。ガストン・ガーランドにも負けないような、最強の探索者になれ。犯罪者がお前の名を聞いた瞬間震え上がるほどに名を上げろ。間違えても風魔に手を出してはならない。そう思わせろ。其の為にも〈龍眼〉は必要だ。だろ?」
真はバンバンと十兵衛の背中を叩き、琢磨の元へ向かった。
琢磨、静、そして真。それに風間家の重鎮たちの期待が肩にずっしりと掛かっている。だがそれはイヤな重みではない。
一生付き合っていくべき重みだ。十兵衛の判断一つでパーティは壊滅する。同様に風魔小太郎となったのであれば、十兵衛の判断一つで風間家や北条家が傾くのだ。
「やるぞ」
十兵衛は声に出して、密かに、しかし深く決意した。




