090.二十層までの道程・玖
二十層を多少怪我を負いながらも攻略し、ついに最奥に辿り着いた。最奥には三つのパーティが休んでいる。おそらく順番待ちだろう。
「おう、お前らの活躍見てたぜ。凄えな。真似できねぇよ」
パーティリーダーだろう三十代だろう男が話しかけてくる。気さくで、気配に剣呑さは感じない。だが十兵衛もレオも、パーティメンバーたちも当然ながら警戒は切らさない。
当然だ。ここで襲われれば数の暴力に晒される。十兵衛は忍術で全員を焼き尽くす事になるだろう。できればそういう事になってほしくはない。ただ男の手にはあるはずの武器がなかった。
「おいおい、大丈夫だって。俺は君たちに危害を加えたりしない。実際武器は置いて来ているだろう? 俺たちはむしろ君たちのファンなんだ」
「ファン?」
「そうだ。まだ若くして二十階層まで到達し、下層へ突入しようとしている。風間くんや北条さんに至ってはまだ探索者になって五ヶ月だろう? 俺たちが十年掛けて通った道をたった五ヶ月で踏破されるんだ。しかも余裕を持ってな。これは羨んでる訳でも嫉妬している訳でもないんだ。もうこりゃ笑うしかないってな。未来の日本の英雄の為を一目見たいって言う奴等は多いんだぜ」
男は笑いながらも、十兵衛の間合いには入ろうとはしない。何かあれば即座に十兵衛が動く。それをわかっているのだ。
他のパーティからの憧憬の視線、それには十兵衛たちも気付いていた。どの階層でも最奥では幾つかのパーティが休んでいる。そして十兵衛たちが辿り着くと好奇の視線が向けられるのだ。そしてその中に憧憬と言った感情が混じっている事もわかっていた。
「俺たちはまだ暫く休んでいる。今さっき二パーティ合同でボスに挑戦している所だ。あいつら生きてるかな? まぁわからんが、俺たちもボスに挑戦しようとしているが、先に行くって言うなら譲るぜ?」
「いや、私たちも二十層を抜けたばかりだ。暫く休憩を取らせて貰う」
「それでいい。万全の状態で相手しないと二十層ボスは倒せないからな」
男はそれだけ言って去って行った。
「気持ちの良い人だったね」
「でもあのパーティの実力で勝てるかな」
「う~ん、戦ってみないとわからないけどベテランさんが行けると踏んで挑戦するんだよ。大丈夫じゃないかな~?」
梨沙が十兵衛の後ろに隠れていたがひょっこりと出てきて話しかけて来る。そしてマジックポーチから休憩用の椅子を出す。チーム・アレクシオンの分もだ。
「ありがたいね。こりゃぁ眠ってしまいたい気分になる」
「仮眠を取って頂いても構いませんよ。暫く休みましょう。連戦でしたからね」
レオが出されたリクライニングチェアに座って梨沙に礼を言う。
二十層後半は怒涛のエンカウント率だった。二十層まで潜れる探索者はそれほど居ない。大概が十七層で足止めされるからだ。それに二十層まで行くと言う事は帰路を考えるとかなり長く潜らなければならない。ならばボスに挑戦する者たちくらいしか二十層にはあまり来ない。
十七層を攻略しても、十八層、十九層でも十分暮らしていけるだけの金銭は得られる。二十層は潜りすぎだ。
と、言う訳で二十層は潜っているパーティ数が少ない。つまり攻略に多数のモンスターを相手することになる。特にフィールド型で、モンスターは探索者を見つけると問答無用で襲ってくる。
安全なルートを選択した筈だが、それでもかなりの疲労が蓄積している。全員に休憩が必要だ。
「お昼じゃないけどご飯にしよう? 腹が減ってはなんとやら、だよ?」
「そうだな。ちゃんと食べよう。でも食べ過ぎはダメだ。腹八分に留める程度でな」
「は~い」
そう言って梨沙はマジックポーチから美味しそうな料理やお菓子を取り出した。気分はピクニックだ。
チーム・アレクシオンも美味しそうな匂いに釣られたようで、近寄ってくる。
「いっぱいあるからレオ先輩たちも食べていいよ」
「助かる。うちらは保存食しか用意してなかったんだ」
「あははっ、保存食も美味しいけどやっぱりあったかいものが食べたいよね」
そう言って魔導コンロでお湯を沸かし、粉末の味噌汁を人数分用意する。そしてコンロの上に鉄網を乗せて五平餅を乗せて焼き始める。醤油の香りが周囲に広がり、誰かの腹の音がなる。
笑いながら全員で五平餅を食べて、味噌汁で体を温める。
そうこうしている内に順番待ちしていたさっきの男たちはボス部屋に決心した表情で向かって行った。軽くこちらに手を上げて居たのでこちらも手を上げて挨拶を返す。
彼らの武運を願おう。死人は少ない方が良い。当然の事だ。だが二十層ボスはそう簡単な相手ではない。死闘になるだろう。そう十兵衛は予想した。
◇ ◇
三十分休んだ。休憩はこのくらいが丁度良い。もしくは後三時間くらい時間を取って交代で仮眠を取っても良いかも知れない。だがチーム・暁もチーム・アレクシオンもやる気満々だった。
既にボス部屋の扉は開く状況にある。彼らは勝ったのだろうか。負けたのだろうか。その結果は地上に行くまでわからない。シュレディンガーのなんとやらだ。
「さて、行こう。チーム・暁の皆。私たちを助けてくれ」
「俺たちも助けられる側ですよ。これほど心強い援軍はありません」
レオと十兵衛はお互いに顔を見合わせて、そして笑う。パーティメンバーたちもしっかりと準備運動をして、装備のチェックをしている。
万全。この一言に尽きる。ならば人事を尽くして天命を待つしかない。
相手はオーガリーダーがいるオーガの集団。この中には誰もオーガと戦った事はない。
だがオーガの事は皆知っている。大鬼と書いてオーガと読む。猪頭鬼よりも強く、速く、そしてタフである。二本の大きな角があり、伝承にある鬼のようだと言う。実際に映像で見ると紛れもなく鬼だ。夜叉か修羅か。それともなんとか童子か。
そしてそんなオーガたちがリーダーに従えられて、指揮されている。弱い訳がない。二十層を超えられずに中層で一生を終える探索者のどれほど多い事か。十兵衛は統計を見てそれを知っている。
ただ十兵衛たちはこんなところで止まっては居られない。下層、そして深層に挑む。ここからが、十兵衛の物語の始まりなのだ。今までは序章でしかない。
勝つ。
それだけを考える。十兵衛の忍術も解禁だ。空間忍術すら使う事を辞さない。だが十兵衛だけでやってしまう訳にはいかない。
きちんとパーティで戦って勝つ。それが十兵衛の命題だ。いずれ二十層以降に潜ればオーガとは対峙することになる。その時にパーティメンバーが初見だったらどうなるか。
オークリーダーたちと戦った時はパーティメンバーに不安があった。故に過剰な忍術でほぼ一掃した。だが今は違う。頼りになる仲間がいる。
そしてレオたちチーム・アレクシオンがいる。
ならば問題ない。勝てる。勝つ。その意思の力だけで押し通る。そして下層探索者になり、更に広いダンジョンの世界へ身を投じるのだ。
負けなど考えはしない。そしてそれは全員が共通する思いだった。口に出さずとも瞳を見ればわかる。こんなところで足止めされている場合ではない。
世界は広く、ダンジョンは深く、どこまでも続いている。そして十兵衛たちが頑張らなければダンジョン氾濫があるかも知れないのだ。
それは一千万の命を背負っているに等しい。重いと思う。だがそのプレッシャーを跳ね除けるだけの者たちが、更に深い階層へ到達できるのだ。
「よし、行くぞ」
「行こう」
十兵衛とレオの号令が響き、二十層のボスへの扉が開かれた。




