087.二十層までの道程・陸
「十九層がこんな簡単に攻略できるとは……」
「ははっ、十兵衛くん。それは誤解だ」
「誤解?」
レオは十兵衛の呟きに楽しそうに答えた。
「チーム・アレクシオンとチーム・暁が強い。それだけの事だ。十九層は手強い。私たちもかなり苦戦した。だがチーム・暁と組んだだけでこれだけの快進撃ができたのだ。チーム・暁だけで行ってもクリアはできただろうと私は思う。だがおそらく倍の時間が掛かっただろう。疲労も蓄積する。怪我もしたかも知れない。だがそれを私たちと組んだ事で全てなかった事にできる。これが共闘だ」
「これが共闘」
レオはくすりと笑う。
「と、言ってもどのパーティと共闘してもこうなるとは限らない。できる限り実力の近い者たちで、更に相性がよくないといけない。相性が悪いパーティと組むと逆に進撃の阻害になる。私たちはこれまでに色々なパーティに協力してきた。故にノウハウがあるのだ。チーム・暁はとても合わせやすいパーティだな。安定感も高い。私も驚いているぞ? これほどの速さで十九層を無事に攻略できたことをな」
「レオ先輩に認められたみたいで嬉しいです」
レオは十兵衛の肩をバンバンと叩いた。
「十兵衛くんの事は最初から配信で見ている。初配信から凄い新人が出てきた。いずれ私は十兵衛くんに抜かれるだろうと思った物だ。君はそれほどの逸材だ。新宿ダンジョンを、いや、日本を支える人材になるだろう。だからそれまで死ぬな。一人もパーティメンバーを失うな。そのくらいできるだろう。君は忍者の末裔、更にその上澄みなのだろう?」
「わかりますか?」
「わかるさ。もし君が上澄みでないのならば忍者とはどれほど恐ろしい集団かと思ってしまうよ」
十兵衛は少し迷って情報を開示した。
「でもうちにはもっと強い探索者が山程居ますよ」
「それは心強い」
「え?」
「だって日本を護ってくれる探索者がたくさんいると言う事だろう? それは心強い以外ないではないか」
十兵衛は少し間を置いた。そして尋ねる。
「怖いとは思わないんですか?」
「そりゃ怖いさ。だがそんな事を言っていたら街も歩けない。危険はダンジョンだけではない、地上にも潜んでいる。だがそれは自衛すれば防げる事が多い。ダンジョン探索者がレベルアップするのも同じだな。一般人も幾つかレベルが上がるまでダンジョンに一時的に潜ったりするだろう? そうすれば事件に巻き込まれてもなんとかなるからだ。もちろん下層探索者の犯罪者なんかは警察の特殊部隊やA級の探索者でしか相手できないがね」
レオの言う言葉はよくわかる。だが十兵衛は恐れて居た。風魔と言う忍者集団が日本社会に認められないのではないか。強力な軍事力を持った私軍のようなものだ。
ただそれを言えば伊賀や甲賀もある。他にも忍者の末裔は日本にたくさんいる。伊達家や上杉家に従う忍者たちも居る。当然徳川家に従う服部半蔵率いる伊賀忍者たちもいる。
彼らとはできるだけ敵対したくない。同じ日本人なのだ。そして今は戦国時代ではない。だが付く陣営が違うだけで、殺し合いになる。
忍者の殺し合いは凄惨の一言に尽きる。どちらかが全滅するまで殺し合うのだ。戦争のように三割消耗したからと言って撤退などしない。任務を終えるまで仮令腕がもげても目が潰れても逃げ出さない。それが忍者だ。
「さて、十九層を消耗すら殆どせずに抜ける事ができた。次は二十層だ。十兵衛くんは休まなくても大丈夫かな?」
「立ちながらでも休んでいます。そういう技術を学んでいますから」
「くはっ、流石忍者だな。常識の埒外にいる。チーム・アレクシオンは下層に入ればチーム・暁に抜かれる事だろう。そして一生追いつけない。だがいつかは深層に達すると私も決めている。だから同じ目標を持っている仲間として、また共闘してくれると助かる。君たちに学ぶこと、学ばせたいことはたくさんあるんだ。私たちが培ったノウハウも全部吸収して欲しいと思う」
「はいっ」
レオの頼みに十兵衛はしっかりと頷いた。
◇ ◇
二十層に入った。十九層は湿原フィールドだったが、二十層は森林と湿原が混じったようなフィールドになっている。森林があるので視界が悪い。
つまり気配察知が大事になる。
「最澄、しっかりここで鍛えろよ。じゃないと下層では通用しないぞ」
「あぁ、わかってる。コツを色々と聞いたんだ。それで気付いた事もある。十兵衛の言う事は難しくてな、理解できないんだ。すまなかった」
最澄は素直に十兵衛に謝った。十兵衛は何度も最澄に気配察知のコツを教えてきた。だが高度過ぎて理解されなかったようだ。これは十兵衛の失策だ。十兵衛がもっと噛み砕いて教えられていれば、最澄はもっと成長出来ていたかも知れない。
「いや、俺の教え方が悪かったんだろう。もっとうまく説明できたら良かったんだが気配察知は感覚的なところに寄るものが大きいからな。難しいな、教えるのって」
「ははっ、十兵衛も苦手なことがあるんだな」
「一応後輩の忍者に色々教えた経験はあるんだけどな。だが教え方の上手さでは茜さんには負けるな」
「茜さんは師範をやっているだけあって教え方が上手いんだよな。お陰でかなり上達できた。中伝ももうすぐ貰えるそうだ」
「それは良かったじゃないか! 動きがよくなっていると思っていたんだ。これからも頑張ってくれ」
十兵衛の言葉に最澄は破顔した。十兵衛に褒められて単純に嬉しかったのだ。最澄のがダンジョンの経験がある。年も同じだ。だが実力には隔絶した差がある。最澄は十兵衛にコンプレックスを抱いていた。そしてこのコンプレックスは一生消えないだろうと最澄は思っている。なぜならば、十兵衛は規格外で、更に努力を怠らない。自分より速く走れる人間が常に自分より努力しているのだ。敵う筈がない。
だからと言って最澄が諦めて良い訳がない。牛歩の歩みであろうとも、最澄は成長せねばならない。それは茜に認められたいとかそういう不純な動機ではない。単純に一探索者として、十兵衛のパーティメンバーとして、強くならなければ置いていかれてしまう。それを最澄は許容できない。
コンプレックスの相手が近くにいるのはストレスになる。だがそれ以上に十兵衛に学ぶ事は多い。十兵衛の指揮は的確で、三人がバラバラに戦うより遥かに戦いやすい。
そういう意味でも、最澄は十兵衛に尊敬の念を抱いていた。もうこれは畏敬と言っても良いだろう。そしてそれは茜も同様だ。
梨沙は少し違う。梨沙は十兵衛と同じくらいのスピードで成長している。
そして魔法の習得も早い。最澄のが梨沙よりも魔法を得たのが早かったが、最澄よりも梨沙のが魔法の扱いが上手い。それは元々治癒魔法を扱う事に寄って得られた魔力操作の熟練度が違うから仕方ないと言えば仕方ないのだが、仕方ないで済ませてしまっては成長に繋がらない。
「俺はお前の背中を預けられる男になってるか? 戦友」
「あぁ、俺の背中も、梨沙の護衛も任せられる立派なタンクだ。戦友」
最澄はそう問いかけると十兵衛は即答した。その言葉が聞けただけで満足だ。あとはついて行くだけだ。置いてかれないように、なんとか食らいついて行けるだけの実力を得る。
その為に十兵衛は偶にモンスターのトドメを最澄に刺させようとさえしてくる。最澄のレベルアップの為だ。
もちろん梨沙にもトドメを刺させている。そうではないと十兵衛とのレベル差が開くだけだからだ。
十兵衛は一人でも戦える。だが最澄や茜、梨沙を仲間として見てくれている。認められている。ならばその期待に応えなければならない。
最澄は二十層でもしっかりと働こうと決めた。幸い良いお手本のタンク・陽斗が居る。
陽斗は惜しみなくタンクとしての役割や動き方を教えてくれている。とても助かる。何せタンクの先輩は今まで居なかったのだ。最澄はチーム・アレクシオンと共闘できたこの幸運を逃さないように、できるだけ今のうちだけでも吸収するのだと心に刻んで、二十層への階段を降りた。




