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069.風間屋敷での特訓・弐

「まだまだぁ!」


 最澄が吠える。吠えられる元気があるというのは良いことだ。ダンジョンに潜れば数日戦い続きと言うのは免れない。体力は絶対条件なのだ。

 ただダンジョンに潜っていればレベルアップである程度の体力は担保される。しかしきっちり鍛えている人間がレベルアップするのと、鍛えていない人間がレベルアップするのではやはり差がある。同レベルでも上下があるのだ。


 最澄は茜の望月道場に通っていて、しっかり筋トレもジョギングもして体力づくりに努めている。と、言ってもそれは道場に通い始めてからではなく、高校生のうちから毎日十キロメートルを超える距離を走っていたようだ。家にはダンベルなど筋力トレーニング器具がたくさんあると聞いている。


「まだ、負けないわ!」


 茜も吠える。茜は望月流免許皆伝だ。天才少女だと言って良いだろう。だが風魔忍者には敵わない。あと一歩で一撃を与えられる。そこまでは行くのだがその一歩が遠い。

 今は九郎ではない別の上忍が相手しているのだが、今まで相手をした上忍に当たった有効打は一つもない。精々発動の早い梨沙の雷魔法が当たったくらいだろうか。だがそれもしっかりと防具で防がれ、ダメージはない。


「火魔法の使い方が遅い。相手の一歩先を読んで放て」

「その位置にはもう相手はいないぞ。素早いモンスターはこのくらいの動きはするぞ。俺に当てられないと言う事はモンスターにも攻撃が当たらない事だと思え」

「梨沙様の障壁は素晴らしいですが、もっと強度を出すと良いでしょう。発動速度は流石の一言です」


 梨沙には甘いが、それでもしっかりとアドバイスしている。そして梨沙を除き、道場に倒れ伏し、梨沙の治癒魔法で回復させられている。

 こんな特訓をもう十度、いや、二十は繰り返しただろうか。最澄たちは一撃も当てられず、一撃で昏倒させられる。まるで映画のワンシーンを繰り返し観させられている気分になる。


「十兵衛様、暇をなされているのであれば私と組手致しませんか」

「わかった。やろう」


 上忍のくノ一に組手の誘いが来た。見ているのももう飽きた。むしろ体を動かしたかったのでちょうど良い。だがくノ一の目はギラリと光っていた。


「十兵衛様が組手をなさる。見取り稽古も大事だ。三人はそのまま休憩。水分の補給を忘れるな。そして目に焼き付けろ。同じパーティメンバーの十兵衛様の強さを。風魔忍者の恐ろしさを」


 九郎が叫ぶ。そして全員の視線が十兵衛たちに注がれる。


(やりづらいな)


 だがもう組手は始まっている。「始め」の合図などないのだ。相対した瞬間から勝負は始まっている。

 くノ一は苦無を握っているが腰には忍者刀を佩いている。幾度も手合わせした仲だ。お互いの手の内はわかっている。

 無音で苦無が飛んでくる。それをスレスレで避ける。避けた先には既にくノ一は居て、忍者刀を握っている。十兵衛はそれを忍者刀で受ける。避ける選択肢はなかった。避ければ誘導され、十兵衛の不利な立ち位置になるからだ。


「十兵衛様、お強くなりましたね」

「ありがとう、だがまだまだだよ」

「えぇ、私もまだ負けません」


 それからは死闘だった。お互いの忍者刀が閃き、ガインガインと音が道場に響く。当身、蹴り、投げ。どちらの応酬も互角……に最澄たちには見えているだろう。だが形勢は十兵衛が悪い。常に先手を取られている。カウンターは警戒されていて取れない。つまり十兵衛には受ける以外打つ手がない。


「くっ」

「まだまだですよ」

「あぁ、まだまだだ」


 十兵衛は魔力を吹き出し、身体強化を掛け、忍者刀を二刀流にしてくノ一と相対した。



 ◇ ◇



「すげぇ。十兵衛ってあんなに強いのか」

「一歩先どころじゃないわね。だってあのくノ一の人に私達は三人掛かりで一分持たなかったのよ」

「そうだよ、十兵衛ちゃんは凄いんだよ!」


 最澄たちはその戦いを見て慄いていた。十兵衛が凄いのは知っていた。頭一つ二つ抜けているのもわかっていた。いや、わかっているつもりだっった。

 潜っている階層は同じだと言うのに、最澄たちが三人掛かりで苦戦するモンスターをソロで瞬殺するのだ。

 十兵衛の背中は遠いどころか、もしかしたらもう見えない先までいかれているのではないか。最澄も茜もそれを感じた。梨沙は十兵衛の強さを知っている。そして梨沙は十兵衛についていけるだけの力を持っている。


 実は最澄と茜と梨沙で言うと総合力で戦えば一番強いのが梨沙なのだ。

 最初の間合いにもよるが、最澄の火魔法と短槍は障壁の前では役に立たず、茜の接近戦は雷魔法で牽制され近づく事すらできない。そして梨沙は武道の心得もあるので万一接近されても避けたり受けたりすることはできる。一撃必殺で茜が渾身の一撃をぶつけて、やっと梨沙に傷を与えられるか否か、と言うくらいには実力差がある。


「でもやっぱ十兵衛ちゃん強いね」

「えぇ、こうして外から見ると本当に強いわ」

「十兵衛が期待の新星としてギルドから目を付けられる訳だわな。しかも忍術なしでこの強さだろ。法外だよ」

「私たちはこの十兵衛くんに着いていかなければならないのね」

「其の為の特訓だしな」


 十兵衛とくノ一の戦いはギリギリ十兵衛の勝利で終わった。十兵衛は勝利したものの喜びはなく、「紙一重だった」と言いながら汗だくで道場の板張りに腰をおろした。


「坊っちゃん。次は私とやりましょう」

「九郎か。よろしく頼む」


 最澄たちはまだ休憩のようだ。次は一瞬でやられた九郎と十兵衛の戦いである。目が離せない。一瞬でも見逃せない。自分たちが一瞬でやられた九郎相手に十兵衛はどれだけ食らいつくのか。十兵衛はどう戦うのか。


「梨沙様。結界を張って頂きますか?」

「うん、いいよ~」

「忍術ありでの勝負って事か?」

「えぇ、その方が坊っちゃんの為になるでしょう?」

「そうだな、梨沙の結界が壊れない程度の忍術縛りだな」

「梨沙様の結界はそう簡単に壊れませんよ。でも空間忍術はなしにしましょう。あれを喰らえば誰もが死を免れません」

「そうだな、俺もお前達を殺したくはない」

「ははっ、言いますね。では行きますよ。火遁・〈竜炎刃〉」

「氷遁・〈鏡氷柱〉」


 巨大な竜の形をした炎が十兵衛に迫り、十兵衛は氷の柱で受ける。水蒸気が結界の中を充満する。だが十兵衛も九郎も忍者だ。相手の位置など気配で察知できる。

 九郎の忍者刀が光る。


「残像だ」

「なんですと」


 十兵衛の忍者刀が九郎の後ろから迫る。九郎はギリギリで頭をさげてそれを避けた。


「やりますな。これほどとは。頭領たちの特訓の結果ですな。腕を上げましたな。それでは坊っちゃん、本気で行きますよ」

「望む所だ」


 本気の九郎は強い。琢磨や静にも匹敵するほどだ。深層に踏み込んだ真ほどではないだろうが、それでも目で追えないほどの速度で移動し、剣閃は鋭い。避けるだけで精一杯で、先程のくノ一より一段も二段も強い。だがそんなことはわかっていたことだ。

 九郎の強さなど幼い頃から知っている。幾度泣かされたことか。今度こそ十兵衛は一矢報いる。そう決めてこの対戦に臨んでいた。


 お互いの手裏剣が空中で衝突する。忍術がぶつかり合う。刃が交わる。蹴りが、拳が、飛び交う。

 十兵衛が飛び上がる。


「空中は無防備になっていけませんとあれほど言ったではありませんか」


 そういう九郎に向けて十兵衛は宙を蹴った・・・・・

 空中で方向転換し、更に加速した十兵衛の忍者刀は九郎の忍者刀をすり抜け、しっかりと心臓に突き立てられる……寸前で止まっていた。


「お見事です。始めて負けましたな」

「いや、もっと高度な忍術を使う忍術合戦になっていたら俺の負けだった。やはり九郎は強い」


 十兵衛は始めて九郎に勝てた。奇襲だとは言え、勝ちは勝ちだ。十兵衛は喜びに打ち震え、大きく吠えた。


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