068.風間屋敷での特訓・壱
「お迎えに上がりました、坊ちゃま」
「もう坊ちゃまは辞めてくれよ、九郎」
「坊ちゃまが小太郎を襲名するか、ご結婚したら十兵衛様と呼ぶ事に致しましょう」
「ちっ、いつものか。だが婚約はしたぞ」
「まだ婚約でしょう。どちらかの親が、より良い縁談を見つけたら壊れる脆い約束でございますぞ」
「十兵衛ちゃんとあたしはちゃんと結婚するよ!」
「これはこれは梨沙お嬢様。少し見ないうちにお美しくなりましたね」
「美しいなんて、もうっ、照れちゃうっ」
横浜駅まで電車で移動し、そこからは車だ。風間の家が所有する車で九郎が迎えに来る。
九郎は琢磨より上の世代で、五十代だ。見た目は白髪交じりのイケオジ。渋いおじさんでこういうおじさんになりたいと十兵衛は思う。
ただ見た目と違って五十代とは思えないほど中身は若々しい。更に上忍だけあり強い、当然の如く元下層探索者でもある。真のように続けていれば深層にも潜れただろう。
風間家の部隊を一つ任されている隊長でもあり、十兵衛の師の一人でもある。十兵衛は九郎には頭が上がらない。
ジープタイプのごつい車だ。基本風間の家は忍者の家とあって実用性よりも耐久性の高い車が多い。市井に紛れる為のセダンなども持っているが、今回は梨沙、最澄、茜も乗ることも考えて広く、大きいこの車を選んだらしい。
「よろしくお願いします」
「えぇ、今日はお邪魔させて頂きます」
「九郎おじちゃんはめっちゃ強いんだよ~」
三人が車に乗り込み、移動する。風間の家は元は小田原にあったが引っ越して横浜にある。だが横浜の中心ではなく、少し田舎の山の方だ。忍者屋敷が住宅街にある訳がない。周辺の土地も買って、近所と言う物はない。風間家はぽつんと一軒家なのだ。
一時間ほど車内で過ごす。北条家は大学までの間毎回十兵衛を迎えに来てくれるが、そちらも頭が上がらない。もちろん梨沙の安全の為なのだが、運転手さんは良い人なのだ。十兵衛と二人きりでも面白い話をしてくれて、飽きた事がない。
九郎も話がうまく、全員を楽しませている。ダンジョンの話題を振り、最近のダンジョン事情も詳しく語ってくれる。十兵衛含め四人は九郎の話をしっかりと聞いているうちに風間屋敷に着いた。
「うわぁ、でけぇ」
「屋敷って言うより神社って感じね」
「一応神社も兼ねてるんだ。あっちに神社への参道もあるぞ。神官の家系じゃないけれど、途中で神官の嫁が入ってな。その関係で神社を構えることになったんだ」
「風間神社いいよね」
「それでこの風情なのか。参拝客は……いないな」
「知る人ぞ知る神社って感じだからな。だがちゃんと宮大工が作った名作だぞ。後で見に行くか?」
「行きたいわ」
「行く」
十兵衛が誘うと二人は即答した。梨沙は幾度も参っているので言葉には出さないが着いてくる気満々だろう。
だが特訓を受けて神社に参拝する元気が残るだろうか? 十兵衛は否だと思っている。それほど特訓は厳しいのだ。
ちなみに今日は風間屋敷に泊まりの予定なので全員お泊りセットを持っている。梨沙の泊まりが許されたのも防備が最強である風間屋敷だろう。そうでなければ梨沙が泊りがけなどそうそう許可されない。
風間屋敷に着き、屋敷内を案内しながら道場へ向かう。彼らの荷物は使用人たちが預かり、既にチーム・暁は自身の装備に着替えている。
「なぁ、本当に真剣でいいのか」
「それ。心配になるんだけど」
「当たらないから大丈夫だ。むしろ当てたら合格だな。俺より強い忍者を多数相手にするんだぞ。ボコボコにされにきたんだろ? それに道場稽古じゃないんだ。防具も武器もいつものを使わないと修練にならないぞ」
「うっ、そうだな。わかった」
「わかったわ。望月流免許皆伝の腕、風間家に見せつけてやるわ」
道場についた。琢磨を中心にずらりと風間家の上忍が並んでいる。十兵衛のパーティメンバーを鍛えると言う事で招集が掛かったのだ。だが全員ではない。任務に出ている者。諜報をしている者。この場にいない上忍は多いし、分家の者などは呼ばれてはいない。
十兵衛はメンツを見て引きつった。琢磨や静は和服を来て静かに上座に控えている。だが残りのメンツはどうだ。風間家でも上澄みの、しかも下層や深層で探索したことあるメンツばかりなのだ。どう考えても茜や最澄では太刀打ちできる相手ではない。
今の十兵衛でギリギリ相手になると言えばわかるだろうか。
「十兵衛のパーティメンバー、橘最澄くんと望月茜さんだね。私は十兵衛の父で風魔忍者の頭領をしている風間琢磨と言う。よろしく頼む」
「風間琢磨ってあの最強の探索者の一角だと言われたあの風間琢磨さんですか?」
「そう呼ばれていた事もあった。もう引退したがね」
「会えて感動です。そちらは静さんですよね。お二人のペアは最強だと日本中で騒がれて居たと親に聞いたことがあります。動画は当時の物は見つかりませんでしたが、尊敬してます」
「ありがとう。取り敢えず今日は君たちの訓練の為にこれだけの人を集めた。荒稽古になる。どの相手も君たちより強いだろう。私も十兵衛の配信は観ている。ポテンシャルはある。だが実力がしっかり発揮されているとそうではない。それは十兵衛にも言える事だがね。レベルを上げれば階層は上がるだろう。だがレベルだけに頼っては、スキルだけに頼っては下層の後半や深層では通用しない。故に基本をしっかりと修めて貰う」
「「「はいっ」」」
最澄は琢磨の事を知っていたらしい。最強の一角なんて呼ばれていたのか。いや、今日本の最高到達階層が四十二層なのだ。琢磨の年齢で三十九層は最前線だろう。自衛隊の特殊部隊と同等、もしくはそれ以上のスピードで攻略したことだろう。想像に堅くない。
真が深層に到達したのはそれほど前の事ではない。それほど四十層ボスの壁と言うのは厚いのだ。日本中で二十を少し超えるくらいしか四十層を超えた探索者ポーティは居ない。そして溢れるかもしれないダンジョンは八つ。まだまだ日本には深層探索者が足りていない。
そう言ってしまえば深層探索者の足りている国など世界のどこを見回してもないのだが……。
今も世界のどこかでダンジョンが氾濫し、万を超える民衆が死ぬか土地を追われ、難民になっている。だがヨーロッパなどの豊かな国も難民をそれだけ受け入れられるだけのキャパがない。
そして取った手は何か。北アフリカの国のダンジョンに深層探索者を派遣し、その国を難民の受け皿にしているのだ。
有利な関税契約を結び、大量の支援物資とダンジョン探索者を送り込む。その代わりアフリカの難民はその国々で受け止めろ。そういう政策になっている。色々と問題はあるようだが、一応機能しているようだ。それでもヨーロッパに難民申請する者は後を絶たないが。
ちなみに日本は難民申請を余程の事でなければ受け入れない。基本強制送還だ。日本は土地も狭く、一億を超える人数を食わして行くだけでも大変なのだ。難民など受け入れられるほどの余裕がない。
一時期受け入れ、外国人の元探索者犯罪が多大に増えたと言う事で日本は外国人難民の受け入れを停止しているような状態だ。国際的に非難されているが、これも仕方ないと日本の政治家は世界に訴えている。
「じゃぁ時間も惜しい。やろうか。いつでも掛かってきたまえ。そちらは十兵衛抜きの三人。とりあえず九郎。相手して差し上げ給え」
「畏まりました、頭領」
琢磨が口を開いた所で、最澄、茜、梨沙と九郎の対戦が始まった。
三人はまごついていたが、そんな暇はない。九郎が踏み込んだ瞬間に最澄の脳が揺らされ、茜の薙刀が取り上げられる。梨沙には忍者刀がつきつけられる。勝負は一瞬だった。




