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066.お披露目

「十兵衛ちゃん似合ってるよ」

「ありがとう。梨沙は今日も素敵だね」

「十兵衛ちゃんもそういう事言ってくれるようになったんだね。嬉しいよ」

「婚約者だからな」

「じゃぁエスコートして」

「はいはい、お姫様」


 十兵衛は見事なドレスに身を包んだ梨沙の手を取ると、梨沙が十兵衛の腕に絡みついてきた。嬉しそうだ。この笑顔だけで頑張れる。十兵衛はそう思った。

 梨沙を得たかった。それは昔から思っていた。だが叶わない願いだと思って居て諦めていたのは否めない。だが叶った。お館様、氏康には頭が上がらない。本来梨沙は風間家に嫁に来るような娘ではないのだ。


 十兵衛たちは上流階級の集まるパーティに出席する為にしっかりとしたフォーマルドレスとフォーマルスーツを装備していた。

 十兵衛のフォーマルスーツも新調し、氏康の口利きがなければ入ることもできない歴史も信用もあるテーラーで作って貰った。この日の為に。


 軽く百万以上は飛んだが、上を見ればもっと高い生地は幾らでもあった。だが十兵衛は身の程を知っている。若干十八歳が着るのならこの辺りが良いだろうと言う、それでもヴィンテージの生地を使って仕立てて貰った。

 どちらにせよ靴や腕時計なども入れれば軽く五百万は超える。特に時計が高かった。だが昔から欲しかった時計だ。こればかりは仕方ない。

 東京にも大阪にもどこにも高級時計店に在庫がなく、スイスから取り寄せて貰った逸品だ。金を払えば手に入るとは限らないのが上級の品物なのである。

 きらりと腕に光る腕時計を見るとテンションが上がる。


「十兵衛ちゃん今日の香水いいね」

「フランスの有名ブランドの調香師が作った逸品だからね。良い香りだよな」

「うん、十兵衛ちゃんに似合ってると思うな。あたしは好きだよ」

「ありがとう。梨沙も良い香りがするよ」

「へへ~ん、これは調香師にオーダーして作って貰ったんだよ」

「流石北条家。格が違うな」


 十兵衛は苦笑しながら控室から出た。梨沙は腕を組んだままついてくる。歩幅を合わせ、ゆっくりと歩く。

 パーティ会場に着くと、視線が一気に梨沙と十兵衛に集まった。


「これはこれは、梨沙様。ご無沙汰しております。正式にご婚約したとか。おめでとうございます」

「ありがとう、自慢の婚約者ですの。わたくしの最高のパートナーですわ」


 梨沙はいつもの口調ではなく、お嬢様モードだ。威厳すらある。幼い頃から躾けられていた梨沙は普段はおちゃらけているが、やればできるのだ。

 いや、しっかり訓練してできるようになったと言うべきだろう。幼い頃は厳しい躾けに十兵衛に泣き顔を見せていたのを思い出す。


「風間十兵衛様ですな。初めまして、ではないですな。幾度か梨沙お嬢様のパートナーとして参加しておられた。それではこちらからの縁談は邪魔でしたな。すいません」

「いえ、そちらのお嬢様もお綺麗だと思いますよ。ただ先約があった、と言うだけです。申し訳ありません」


 話しかけてきたのはある大企業の社長だった。そして娘に十兵衛が欲しいと縁談を持ちかけてきた相手でもある。娘さんは社長の後ろに静かに控えていて、とても綺麗だ。梨沙が居なければ心が動いただろう。

 自慢の娘なのだろう。社長は令嬢をとても綺麗に着飾らせている。更に歩き方を見るだけでしっかりと躾けられているのがわかる。

 武道は嗜んではいないが、歩き方一つで上品だ。パーティで何度か見かけたことがある顔だ。当然話したこともある。


「実はあの縁談は娘からお願いされましてな。他の人に十兵衛様を取られたくないと」

「そうなんですか、驚きです。失礼しました」

「いや、謝られる事ではありません。北条家の令嬢と比べればうちは歴史も格も足りません。娘も納得しています」

「久しぶりです。奈緒さん。お元気していましたか」

「十兵衛さんの婚約を知って気落ちしていましたが、なんとか立ち直りました。幸せになってくださいね。配信も毎回見させて頂いてます。ご活躍素晴らしいですわね」

「ありがとうございます。良いパーティに恵まれました。自分一人ではあそこまで行くのにもっと時間が掛かったでしょう」

「えぇ、良いパーティですわ。ただまだ少し十兵衛さんの実力に追いついていませんが、追いつこうと言う努力は毎回の配信で拝見しています。彼らも良い人たちですね。良いご縁に恵まれたようで私も嬉しいです」

「ありがとうございます」


 今回は十兵衛と梨沙の婚約お披露目パーティのようなものだ。

 もちろん大人たちは本題があるので色々と話しているが、十兵衛と梨沙への好奇の視線が多い。やはり年を取っても、色恋の話は話題として使いやすいらしい。特に御婦人たちが十兵衛と梨沙のカップルを注視して話している。


 十兵衛は全て聞き取れているが、梨沙はどうだろうか。取り敢えず陰口はない、と言うかこの場で陰口を叩く者はこのパーティ会場に入れない。

 仮令心の中で舌打ちしていたとしても表情に出さないのが、口に出さないのが当たり前の世界だ。


 ダンジョンの中は魑魅魍魎の集まりだが、このパーティも伏魔殿である。十兵衛が太刀打ち出来る訳がない。ただその分は梨沙がフォローしてくれている。

 大企業の重役、代議士などと対等に話し、御婦人方を楽しませている。流石梨沙である。手慣れた物だ。


 こういう事には十兵衛はまだ苦手である。だがもう梨沙の婚約者になったのだ。表の世界でも十兵衛は梨沙に護られている訳にはいかない。護る立場にならなければならないのだ。

 そして風間家も北条家から嫁を取ると言う事で家の格が上がっている。

 本来戦国時代に忍者に人権などなかった。だが北条家は風魔忍者を重用した。


 金で雇える伊賀や甲賀とは違うのだ。北条家専属として、長い歴史の間ずっと仕えてきた。陰の家なのだ。

 だがもう十兵衛が有名になり、風間家の名前も上がった。そして梨沙との婚約で家の格まで上がった。もう誰も風間家を忍者の家だとさげずんだりはしないだろう。時代が違うと言うのもあるが、やはり遥か昔から忍者は人扱いされないのが普通である。


「良い時計をされていますな」

「ありがとうございます。スイスから取り寄せさせて頂きました」

「良い物をつけられる身分になったと言う事ですな。もしまだ稼いで居ない大学生の若造がその時計を付けていたら私は不快に思ったでしょう。ですが風間くんは自分で稼ぎ、そしてその時計を手に入れた。誰も文句は言えません。それにスーツに着られているように以前は見えましたが、今日はスーツをきちんと着ていますな。これなら梨沙様に見合う男として見られるでしょう」

「ありがとうございます。ご忠言感謝します」


 十兵衛のスーツ、時計、ベルト、靴。全てにチェックが入る。どれも良い物を選んだので問題ない筈だ。と、言うか氏康のチェックを通っているので問題がある筈がない。

 氏康には良い物を見て、見る目を養えと言われた。これからは高級な物にも触れて、良し悪しがわかるようにならなければならない。


 当然良い物は自分の稼ぎで買うのだ。梨沙とは違う。いや、梨沙も今や億万長者だ。自身の稼ぎで宝石やドレスなど幾らでも買える。

 だが梨沙は無駄遣いはしない。しっかりと財布の紐を自分で締められる良い女だ。


(うん、梨沙と婚約できて俺は幸せだ。この幸せをできるだけ長く続けられるようにもっと頑張らないとな)


 十兵衛はパーティで上流階級のお歴々に認められた。そして十兵衛も心を新たにした。

 この伏魔殿でも戦えるようにならなければならない。今は梨沙がフォローしてくれているが、しっかりと立ち向かえるようにならなければならないのだ。


 ただ十兵衛はアドバンテージがある。日本最速の中層探索者。ブラックゴブリン・ジェネラルの討伐。そしてブラックヴァイパーの討伐。

 どちらも東京に住む者に取っては他人事では居られない。なぜならイレギュラーが多くでるダンジョンは氾濫の予兆だからだ。イレギュラーを討伐すればダンジョンの氾濫は遠のくと言われている。実際そういうデータがあるのだ。


 新宿ダンジョンが氾濫すれば今ココにいる全員が死ぬか酷い目にあう。企業も多数倒産するだろう。

 その平和を守っているのが十兵衛たちチーム・暁や他の探索者たちだ。

 故にお歴々も中層以降の探索者にきつくあたったりはしない。できない。

 自分たちの平和は探索者の努力と命によって護られている事を知っているからだ。


(探索者になって良かったな)


 十兵衛はそう思った。最初は梨沙の我儘だと思っていたが、そうではなかった。おそらく梨沙の計算通りなのだ。十兵衛が活躍し、十兵衛が注目されれば十兵衛と梨沙が伴侶になる可能性が上がる。故に梨沙はダンジョン探索者になるなどといい出したのだ。

 全ては梨沙の手の平の上。十兵衛は梨沙には敵わないなと改めて思った。


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