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065.婚約発表余波

 七月に入り、日も長くなってきた。梅雨も終わり、もう夏かと思うくらい暑い。

 その中で十兵衛たちは試験と言う強敵と戦っていた。


「ブラックゴブリン・ジェネラルやブラックヴァイパーより手強いな」


 十兵衛がそう愚痴を溢すと三人がくすくすと笑う。三人は頭が良いのだ。そして十兵衛は彼らに比べると一段落ちる。こればかりは努力で超えられる物ではなく、地頭の違いと言う奴だ。追いつこうと思えばコツコツと努力をするしかないのだが、十兵衛は修行も忙しいので勉強に当てられる時間が少ない。


 十兵衛の将来は決まっている。次代の風魔小太郎として、風間一族の頂点に立つのだ。だがそれは確定事項ではない。現小太郎である父、琢磨が首を振れば、もしくは他の父の側近たちに認められなければならない。

 それこそ下層、深層まで潜る探索者になる位の功績は必要だ。


 十兵衛はもうすぐ登録者一千万人の配信チャンネルを持っている。ブラックヴァイパーとの戦いが世界中に配信され、十五層で多くの犠牲者を出したイレギュラーを一パーティのみで攻略したと言う事で世界トレンドにすら載った。

 故に十兵衛の知名度は遥かに高い。それこそ大学内だけでなく、街を歩いていても声を掛けられるくらいだ。

 風間の家にも十兵衛が欲しいと山程縁談が届いたらしい。故にその対策の為に……と、言うと聞こえは悪いが、想い合っている梨沙と十兵衛は婚約と言う約束をした。


 梨沙は婚約の話を聞いた時に飛び上がって喜んだ。やはり梨沙も十兵衛と伴侶になりたいと思っていたのだ。だが家の名がある。身分差が明確に存在する。

 お館様、北条氏康が認めるとはとても思って居なかった。氏康にも当然目論見はあるだろう。北条家の愛娘を嫁に出すのだ。風間家よりも余程名家に嫁に出した方が北条家に取って益がある。

 それを全て捨て去って、娘の気持ちを汲んで十兵衛との婚約と言うカードを切ったのだ。


(感謝しないとな。父上にもお館様にも)


 十兵衛と梨沙の婚約は様々な所に波及しているらしい。だが概ね好意的に見られている。一部の意地の悪い物たちは忍者などに娘をやるなどと陰口を叩いているらしいが、そういう奴等は即座に首を切られている。

 北条氏康は北条グループの総帥だ。自分の決定に否を唱える者を重宝したりはしない。娘には甘いが、とても厳しい経営者であり、財界の巨人と呼ばれている。


「梨沙、ここ教えてくれ」

「いいよ~、十兵衛ちゃん」


 十兵衛と梨沙が隣り合って勉強をしているのを見て最澄と茜は生暖かい視線を向けてきた。


「二人は婚約したのよね。恋人になる前から婚約って驚いたわ」

「そうだな。でも上流階級の家にはそういうことはあるよな。俺は関係ない世界だけどな」

「あら、一般人の方が選択肢が多い、ってこともあるのよ。上流階級は上流階級で大変なんだから」

「茜さんもそういうことがあるんですか?」


 梨沙が理解を示すような言動をした茜に尋ねる。最澄も興味があるようだった。


「あるわよ。婚約者候補を連れて来られたりね。でも全員私より弱いの。私より弱い男なんてごめんだわ」

「それはハードル高いね~」


 茜は古武術の達人であり、若くして免許皆伝も持っている。更に中層探索者であり、実績もある。茜より強い男がどれだけ同年代にいるのか。上の世代なら多くいるだろうが、本人は「おじさんはごめんよ」と言っているので相当厳しい。

 最澄はこっそりと「俺も頑張らないとな」と呟いた。



 ◇ ◇



「これから大手を振ってデートって言えるね。ね、十兵衛ちゃん」

「えぇぃ、くっつくな。暑い! 後護衛ができん!」

「もうっ、照れちゃって」


 空き教室で勉強していたが疲れたので街に出ることにした。と、言ってもダンジョンショップに何が売られているのかを見に行くだけだ。

 ダンジョンショップはJDAのビルの北側にあるのでいつものところだと言える。


「十兵衛くんと梨沙ちゃんだ」

「二人仲良さそうだね」

「本当にね、お似合いだよね」

「ってか十兵衛くんの横に変な女が居たら許せない」


 街を歩いているだけで、色々と言われるのが少々辛い。だがそれも有名税と言うやつだ。こればかりは配信者をやっているので仕方ない。

 配信を一回すれば数百万の投げ銭を得られるのだ。そしてそれは装備の購入に当てる事になっている。多くの投げ銭をして貰って、最澄や茜の装備をより良い物に換えていく。そうすればより深く潜っても安心だ。


「この太刀良いな。三千万か、買えない事はないな」

「こっちの脇差しも良いよ~」

「両方買うには少し高いな」

「でも買えないことはないよ~」

「まぁそうだな。最澄の盾と鎧の改修にもかなり金が吹っ飛んだからな。また稼がないとな」


 十兵衛たちは既に一億円プレイヤーだ。専業でもやっていけるだけ稼げている。だがそれはイレギュラーとの戦いがあったり、ブラックゴブリン・ジェネラルなどとの戦いに生き残ったから、倒したと言う実績が有るからである。

 普通の探索者は四月になって七月に十層をクリアしていれば十分早いといえる。ゴブリンキング討伐部隊などに選ばれたりはしないのだ。


 更に十五層ではイレギュラーのブラックヴァイパーとの戦いがあった。アレは十兵衛もヒヤリとした。どれだけ防御力があっても質量には敵わない。

 仮令耐えられたとしても、何十メートル吹き飛ばされるかわかったものではない。そしてその間に仲間の誰かが喰われるかもしれないのだ。

 故に十兵衛は一撃すら貰ってはいけなかった。観ている者からしたら楽勝に見えていたかもしれないが、薄氷の上の勝利だったのだ。

 一歩間違えていたら全滅もあったと思っている。


「十兵衛ちゃん、この服可愛い」

「こっちのアクセのが似合うんじゃないか?」

「じゃぁ買って~」

「くっ、仕方ないな。俺の財布も厚くなったもんだ」


 そう思いながらも、魔法石で作られたペンダントを梨沙にプレゼントする。

 これまではこれほど高価なアクセサリーは買えなかった。そしてこの魔法石は美しいだけでなく、防御力を上げる高価もある。


「梨沙、似合ってるぞ」

「えへへっ、ありがとっ」

「応」


 梨沙はとても嬉しそうに笑った。それだけで贈った甲斐があると言うものだ。十兵衛は結局、梨沙が幸せそうに笑ってくれていれば良いのだ。


(梨沙を悲しませる事だけはできないな)


 それはつまり、十兵衛は探索で死んではいけないということである。どんな強敵が現れても実力で排除する。その為の修行は積んである。だがまだまだ足らない。

 琢磨や静、真には及ばないのだ。それは年月が解消してくれるかも知れないが、十兵衛は今すぐにでも深層に挑みたい気分でいっぱいだった。


 :悲報、十兵衛くんと梨沙ちゃん婚約する。

 :朗報の間違いだろ。

 :だが嘆いている男子女子両方いるぞ? めちゃくちゃたくさん。

 :でもあの二人はお似合いだったじゃん。いつくっつくのかと思ったら婚約発表されてびっくりしたよ。

 :それな。梨沙ちゃんのお部屋配信でいきなり発表されたからな。

 :ってか梨沙ちゃんの部屋凄かったな。豪邸のすげー部屋。天蓋付きのベッドとか初めてみたよ。

 :ってか普通に並んでるアクセとか服が超高級ブランドなんだよなぁ。

 :北条グループの総裁の娘だぞ。良い物着て良い物付けてるに決まってるんだよなぁ。

 :普段の言動見るとそうは見えないけど、やっぱり超お嬢様なんだよな。

 :そしてそのお嬢様に惚れられるだけの実力のある十兵衛くん。

 :十兵衛くんなら納得だよな。

 :むしろ他の男が梨沙ちゃんとくっついたら何がおきた!? ってなる。

 :それはそう。二人が相思相愛なのは映像越しに観てるだけでわかったもんな。

 :早くくっついちゃえと思ってたら飛び越えて婚約だもんな。

 :マジそれ。いきなりだったけど二人が幸せになって欲しい。

 :十兵衛くんファン、梨沙ちゃんファンも十兵衛くんなら、梨沙ちゃんならしょうがないって言ってるもんな。

 :もうアイドル以上の知名度だからな。日本でチーム・暁知らん奴そうおらんやろ。

 :普通にニュースで報道されるからな。中層探索者でニュース報道されるとか普通はないからな。

 :それだけの偉業を成し遂げたんよ。ブラックヴァイパーなんて最低五パーティは犠牲になってたらしいぞ。見えていない犠牲者はもっと多いかもしれん。

 :それな。ブラックヴァイパーに勝つなんて下層探索者でも難しいんだわ。

 :早く二十層へアタックして下層探索者になって欲しいよな。

 :わくわくして寝られない。

 :早く寝ろ!



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