063.婚約
「十兵衛、話がある。お館様からだ。俺も行く。だからついてこい。北条家へ行くぞ」
「え、あ、はい」
十兵衛は琢磨に言われ、出かける支度をした。北条家へ行くのであればフォーマルな格好をしなければならない。何せ主筋の家へ赴くのだ。幼い頃のように気軽に遊びに行ける訳ではない。
「本家に行くのは久しぶりだな」
「そうですね。父上。高校生の一年生に行ったのが最後だと思います」
「本家の護衛に十兵衛を組み入れようと言う話もあった。梨沙様がダンジョン探索者になることで立ち消えたがな。だがいずれ十兵衛にはダンジョンに潜って貰うつもりだった。梨沙様の件がなくともな」
「レベルアップですね」
「そうだ、レベルアップした人間にはレベルアップした人間で対処するしかない。ダンジョンに潜ればそれがよくわかるだろう」
「はい」
車の中で十兵衛と琢磨は静かに話す。母親の静も一緒しているが、何も言わずに凛と座っているだけだ。
向かった先は北条グループのビルではない。北条家本家の屋敷だ。
東京であるのに巨大な敷地を持ち、庭師が整えた美麗な日本庭園があり、大きな武家屋敷がドンとある。
多くの使用人が雇われており、その中には北条家護衛として派遣されている風魔忍者たちもいる。
梨沙も当然狙われているが、北条家全体が狙われていると言っても過言ではない。何せ北条家は北条グループを統括しており、資産は数千億円と言われている。当然個人資産だ。
阿漕に稼げば軽く兆を超えるだろうと言われているが、氏康たち歴代当主たちは自分たちが贅沢するよりも北条グループを大きくすることに注力した。それでも余った金額を報酬として受け取っていて、それで数千億円だ。桁が幾つも違う。ゼロの数を考えただけで十兵衛は頭がくらくらしそうになる。
(そりゃ億単位の装備をポンと俺と梨沙にくれるよな)
北条グループがチーム・暁のバックについたことで、茜と最澄の装備もどうかと言う話もあった。だが二人は断った。相応でない武器を持ってしまうと、依存してしまう。成長の阻害になってしまうと。
その通りではあるが身の安全の為には、良い武器、防具を着て欲しかったと言う気持ちはある。だが十兵衛は二人の言葉にも一理あると見て、文句は言わずに二人の意見を尊重した。
その代わり一本一千万するようなポーションを大量に貰っている。十兵衛の持つ棒手裏剣一本でも数十万円するのだ。
十兵衛が活躍することで、より強くなることで茜と最澄の死ぬ危険度を下げる。十兵衛はそう決心していた。
そして十兵衛が強くなることによって、三人は奮起し、修行に邁進していることを十兵衛は知らない。
門が開き、門の中に車で入る。門から玄関までもかなりの距離があり、玄関までの舗装路も存在する。
十兵衛の、風間家の屋敷もでかいが流石に車で移動しなければならないほどは広くない。
相変わらずでかい屋敷だと十兵衛は思った。そしてその北条家の娘である梨沙はやはりやんごとなきお姫様なことを思い知らされる。
十兵衛は久しぶりに見る北条家の本家の屋敷を見て、やはり身分が違うなと思い知らされていた。
◇ ◇
「お館様、ご無沙汰しております」
「おう、琢磨。いや、小太郎か。よく来たな。今回は相談があって呼び出した。すまんな」
「いえ、お館様の呼び出しならば仮令火の中水の中でも飛んでいきます」
「はははっ、さすが風魔忍者の頭領。頼りになる。そして十兵衛くん、久しぶり、と言うほどでもないな。しっかり梨沙を守ってくれているようで嬉しいよ。梨沙も逞しくなった。あれなら路上で襲われたりしても大丈夫だろう。ただし相手が探索者でなければ、だがな」
氏康は十兵衛に向き合って破顔した。そして親しげに話しかけてくる。
以前はもっと壁があった。十兵衛が氏康に認められたと言う事なのだろう。
一人の忍者として、男として認めなければ氏康はこれほどフレンドリーに接しない。少なくとも琢磨と静、真以外にこれほど親しげに接しているのを見たことがなかった。
風魔忍者は北条家の臣下なのだ。故に当然命令口調であり、上から物を言われるのが当たり前だ。そして臣下である風間家も北条家には大いに遠慮して相対する。主家に対しての態度は幼い頃からしっかりと叩き込まれていたが、この氏康の態度にどう接して良いかわからない。十兵衛は困った。
「それでだがな、十兵衛くんと共に梨沙も表に出た。有名になった。そこまでは良い。だが有名になりすぎた。日本中が、チーム・暁を歓迎している。期待している。故に梨沙に縁談が山程舞い込んでくる。とても処理できないほどの数だ。そして有象無象ではなく、私でも直々に挨拶に行き、断らないとならない相手からも縁談が来た」
「それは良い話ではないのですか」
十兵衛は自分の思いを隠して問いかけた。
「本来なら良い話だ。だが梨沙の治癒魔法を当てにしての縁談はごめんだ。可愛い梨沙が薬箱扱いされるのは目に見えている。そんな家に嫁に出せるか?」
「……出せませんね」
「そうだろうそうだろう。だから考えた。梨沙と十兵衛くんは想い合っているだろう?」
「えっ、あっ、……はい」
十兵衛は図星を突かれた。否定することもできずに、肯定してしまう。十兵衛がずっと心に秘めていた想いを見抜かれていたのだ。
「梨沙も十兵衛くんの事を想っているのは昔から知っている。親から見れば一目瞭然なのだ。そして十兵衛くんも梨沙を想ってくれている。十兵衛くんなら梨沙を幸せにしてくれるだろうと私は思う。故に、縁談を断る口実ではないが、十兵衛くんと梨沙との間で婚約を結ばして欲しい」
そこにバンと襖を開けて梨沙が飛び込んできた。
「どういうこと! お父さん。私たちの事よ、勝手に決めないで」
「梨沙、ならばお前は十兵衛くんと結ばれたくはないのか?」
その一言で梨沙は黙った。顔が真っ赤になっている。
「そりゃ十兵衛ちゃんと一緒になれればいいなと思った事はあるけど。でも家柄が違うじゃない」
「そうだ。だがそれを補って余りある功績を十兵衛くんは立てている。梨沙を与えても良いと思うほどにな。それに琢磨たち風魔忍者は雇っている立場ではあるが幾度も暗殺を防いでくれている。借りがあると言える。そこで梨沙を風間家に嫁として送り出す。それが北条家の誠意だと思ってくれて良い。どうだ」
「謹んでお受け致します」
琢磨と静は正座している。静かに頭を下げた。
「いいのか、梨沙。俺の嫁になると言う事は風間家に入るということだ。北条家の人間じゃなくなるんだぞ」
「あ、えっ、うん。大丈夫。十兵衛ちゃんのお嫁さんにはずっとなりたかったから」
「わかった。なら俺達はこれから婚約者だ。存分にイチャイチャしよう」
「……十兵衛ちゃんとイチャイチャ?」
梨沙の顔は真っ赤になり、ボンと言う擬音が聞こえそうなほどだった。
十兵衛は嬉しかった。梨沙と結ばれる未来はないと思っていた。だがダンジョン探索で名を上げた事により、その未来を手繰り寄せられた。梨沙と共にダンジョンに潜って良かったと思った。
「十兵衛、お前には言っていなかったが十兵衛を婿に欲しいと言う名のある名家からの縁談も幾つも舞い込んでいたのだ。故に北条家と風間家の間で、十兵衛と梨沙を婚約者にしようという話になった。それが一番丸く収まるからな」
「わかりました。父上。そしてお館様。梨沙をしっかりと幸せにします。お約束致します」
「あぁ、任せたよ、十兵衛くん」
氏康はお館様の表情でなく、一人の娘を愛する父親としての顔で十兵衛に頭を下げた。




