002.護衛としてダンジョンに潜ることになった
「は? ダンジョン探索者になれ?」
十兵衛は父に呼び出され、何事かと思うと探索者になれと指令を受けた。
「そうだ。本家の梨沙様を知っているな。彼女がダンジョン探索者になるらしい。そして本家の当主、氏康様が風間の家から護衛を雇う事を条件にダンジョン探索を許可された。十兵衛は梨沙様の専属護衛役だ。当然うちからはお前を出す。その為に同じ大学を受けさせたのだからな」
「うっ、護衛役は大学卒業してからだと思っていたのですが……、しかもダンジョン探索ですか? 危険ですよ? 父上」
十兵衛は自宅の床の間に呼び出され、父であり当主である風間琢磨に決定事項としてダンジョン探索者になることを告げられた。
まだ大学に入って一ヶ月も経たない。GW前の話である。
梨沙の護衛役として育てられた十兵衛はこの話を断ることはできない。
もともと梨沙が大学を卒業し、北条グループに就職した時には護衛役として北条グループに入り、梨沙の護衛をする予定ではあったのだ。それが前倒しになったと言われればそれまでだ。
実際北条家には風間家の忍者が幾人も護衛として入り込んでいる。十兵衛の叔父や従兄弟、分家の者など三十人ほどは北条家を守る為に動いている筈だ。
「わかりました。それで、どうすれば良いですか」
「梨沙様からコンタクトがある筈だ。一応パーティメンバーも募集し、それなりに揃っているらしい。その中に潜り込み、一緒に探索して欲しい。なに、ダンジョンと言っても今は黎明期ほど危険ではない。マップなども売っているだろう? 俺の時代はもっと酷かったぞ。それに梨沙様も最前線までは行かないだろう」
「そう願います」
琢磨は梨沙の熱意と十兵衛の実力を誤認していた。梨沙と十兵衛が組めば、そして優秀なパーティメンバーが居ればダンジョンの最前線に行く事ができてしまうと言う事を気付かなかったのだ。
梨沙がダンジョン探索者になると言うのもお嬢さまの道楽だと思っていた事もあり、そこに気付くことはできなかった。
「念の為、深い階層に行く時は風間の家から何人か探索者を出す。ダンジョンは良い訓練場になっているし、金銭にもなる。外の地域のダンジョンでも忍者の末裔やら武家の末裔やらがダンジョンで鍛錬しているそうだぞ」
「それは聞いたことありますが」
「まぁやってみろ。お嬢さまが飽きれば護衛役は終了だ。もちろん大学内での護衛は続けて貰うがな」
「わかりました」
◇ ◇
「ダンジョンか、ちょっと気合入れないとな。そんな気軽に入る場所じゃないだろ、梨沙」
十兵衛は琢磨から開放されると自身の部屋でダンジョン史をおさらいしていった。そして現代ダンジョン探索者の実情もしっかりと調べる。
ダンジョン。グリニッジ標準時2000年1月1日ゼロ時ゼロ分に起こった全世界同時多発地震に寄って現れた謎の建築物。または穴。実際は地下に続いていることが多いが、塔の形をしていることもあり、見た目は様々だ。
十兵衛たちが潜るのは新宿ダンジョンで、新宿駅から徒歩五分と言う好立地にある。
ただ好立地すぎる、というのも問題だ。なぜならダンジョンにはモンスターがおり、ダンジョンからはモンスターが氾濫することがわかっている。
実際ダンジョンができてすぐはどこの国も軍隊や警察機構などを派遣して上層部を確認するだけで、それほど本気でダンジョン探索に取り組んでいなかった。
それを変えたのがジョブシステムとレベルアップと言う概念。そして各種ポーションとスキルオーブ、世界でも未発見の合金などが取れる言わば資源の鉱山として注目されることになった。
しかし最初の数年は各国は軍人や警察機構などに潜らさせるだけで、民間人の探索は許可されていなかった。もちろん治安の悪い地域や警察機構がしっかりしていない国などでは勝手に潜る民間人も居たが、それらは見逃されていた。
だがダンジョンは甘くなかった。2003年の上海での大氾濫から始まり、氾濫はヨーロッパやアフリカ大陸などでも起こった。日本でも2005年に広島と仙台で氾濫が起こった。
氾濫と言うのはダンジョンにいるモンスターが地上に出て、破壊の限りを尽くすのだ。
上海の氾濫では数十万人が犠牲になったと言う。広島、仙台でも万人単位の犠牲者が出た。
その結果、間引きの足らないダンジョンは魔素を貯め込んでモンスターを地上に放出することがわかった。どの国も軍や警察だけでは人手が足らなくなり、民間人の探索者と言うのが誕生した。
アメリカが主導でWDA・世界ダンジョン協会を作り、どこの国もWDAに習って自国のダンジョン協会を作ったのだ。
「モンスターとの戦いかぁ。やったことないなぁ。一応スキル忍術は持っているけど。梨沙も回復魔法とか結界魔法とかを発現しているんだよな。まぁだから探索者になろうなんて思ったんだろうけど」
ジョブやスキルと言うのは最初から与えられる物ではない。ダンジョン内で長い間探索し、その結果生えて来るものなのだ。もしくは極稀にドロップするスキルオーブを使うしかない。
スキルオーブの値段は基本億を超えるくらいの超人気だ。ポーションも同様で世界中の患者からの需要に耐えられないでいる。そういう意味では民間探索者が出てくるのも時間の問題だったのかもしれない。
「俺とか梨沙は特殊だけど、それにあぐらをかいていたら絶対足掬われるやつだなコレ。ちょっと本気でやらないと。ニンニン」
しかし生まれながらにそれらを持つ者もいる。梨沙や十兵衛はそのタイプだ。先天的にジョブやスキルを持つものはプリマヴェーラと呼ばれ、大体千人に一人だと言われている。特殊なスキルを持つ者は万人に一人もいない。そして十兵衛と梨沙はその特殊なスキルを持っているのだ。
ダンジョン二十層以降に稀に鑑定水晶と言うのがドロップされ、それで確認できる。各ダンジョンギルドにはその鑑定水晶を有料で使うことができる。日本でも民間人の多くが貸し出された鑑定水晶で自分のスキルやジョブなどを確認することができる。高校で一斉に学生に鑑定させる、なんてこともあるほどだ。
ただダンジョンに潜れるのは基本は十八歳以上。高校生も親の許可があれば潜れるが、探索者になると探索中の事故や怪我についてはいかなる責任もJDAは負わないと書面で確認されてしまうので自己責任も極まれりだ。故に高校生探索者と言うのはそれほど居ない。全体の五から十%くらいだろうか。
ピリリリッ。
「なんだ、梨沙か。どうした」
「ねぇ、聞いたっ。あたしが探索者になるの」
「聞いたよ。そして護衛役として俺も探索者になれって言われたよ」
スマホが鳴り、取ると相手は梨沙だった。高校では梨沙は女子校に行ったので一緒ではなかったが大学は一緒だし、たまに北条家に顔を出していたので梨沙とは結構な頻度で会っている。電話もこうして突然掛かってくるような仲だ。
「そう! 酷いんだよお父さんったら。風間家から護衛役を付けないとダンジョン探索認めないって頑固なんだから」
「いや、それは梨沙を心配する親心だろ。成人年齢とは言え俺等はまだ親の脛齧ってる年齢なんだから」
「そうなんだけど~、むぅ。まぁそういう訳で十兵衛。あたしの護衛よろしくね?」
「わかったわかった。梨沙お嬢さまに傷一つつけさせませんよ」
「もうっ、梨沙お嬢さまはやめてって昔言ったでしょ! 梨沙でいいって。十兵衛ちゃんってばいじわるなんだから。それでね、大学とギルドでパーティメンバー募集で良さそうな人二人見つけたから今度紹介するね」
「十兵衛ちゃんももうやめろって言っただろ」
「へへ~ん、やめないもんね!」
この程度のじゃれ合いはいつものことだ。
十兵衛はその前の会話を思い出してベッドから飛び起きた。
「なんだって、もうパーティメンバー決まってるのか?」
「そうだよ、しかも二人はすでに探索者をやってる先輩。どう、どう? 優秀でしょ。何度かお茶したけど良さそうな人たちだよ。ちなみに男女一人ずつね」
「はぁ、梨沙の行動力は凄まじいな。じゃぁもしかしてGW前から潜りに行くつもりなのか」
「当然じゃん! レオ先輩も私には才能があるんだから使わないと勿体ないって」
「誰だよレオ先輩」
新しい登場人物に十兵衛はちょっとげんなりした。
「レオ先輩は二つ上なんだけどもうB級なんだよ。美人で有名な探索者で同じ大学なの。日向レオで検索すればすぐ出てくるよ」
「あぁ、わかった。あとで見ておくよ」
「おっけー。じゃぁ今度パーティメンバーの顔合わせがあるから十兵衛も来てね。絶対だよ。日取りはLIMEで送るから」
「わかったわかった」
「忍び装束じゃなくてちゃんと私服で来るんだよ!」
梨沙は最後にしっかりと釘を刺して電話を切った。