014.六階層・最澄の配信
「いいよ~。前回貰った投げ銭が五万円くらいあったからこれも後で分けようと思ってたんだよね」
「そんな投げ銭貰ってたのか」
十兵衛が梨沙に最澄の悩みの事を相談すると梨沙はさくっと了承した。十兵衛も梨沙は了承すると思っては居たが、もしここでイヤだなどと我儘をされると気まずいのでホッとした。
十兵衛としては金銭的に困っていない人生を歩んできた十兵衛や梨沙よりも、金銭的に困っているのにダンジョンに潜って命をベットし、そしてそれに勝って今の装備もきちんと自腹で購入していると言う最澄の事を尊敬している部分がある。
十兵衛は風間家に、そして北条家に対してどうしても甘えが出てしまう部分があるのを自覚しているのだ。
ただ梨沙がその自覚をしているかはわからない。北条グループ総裁のお嬢さまなので下々の者の気持ちはわからないかもしれないと言う危惧はあるが、梨沙は小学生の頃から親の収入問わず人気者だったので多分杞憂だとは思うが。
「じゃぁ明日の探索は最澄のドローンでやろう。あ、スカウトは間に合ってるんで」
十兵衛と梨沙は金曜の午後、梨沙が雑貨店で小物を探したいというので原宿に遊びに来ていた。一応デートなのだろうか。男女二人で遊んでいるのだからもしかしたらデートかも知れない。
ただ十兵衛と梨沙の距離感はあまり変わらない。どんどん美少女になっていく梨沙にドキドキしているのを必死で隠しているつもりだが、隠せているだろうかと十兵衛は少し不安になる。
「十兵衛ちゃんがいるとナンパとかスカウトとか寄って来ないっていうかちゃんと断ってくれて助かるよ。読モとかのお願いもいっぱい来るんだよね~。全員断るのって疲れちゃう」
「まぁな、梨沙は十歩歩けばナンパされるもんな」
「も~、流石にそんなじゃないよ! あ、あのパフェ美味しそう。食べにいこっ、十兵衛ちゃん」
「あぁ、わかった。付き合うよ」
おしゃれなカフェのウィンドゥにあるパフェが美味しそうと言う理由でカフェに入る十兵衛たち。その後もこれが気になる、あっちが見たいといつも通り十兵衛は梨沙に振り回され続ける一日だった。
◇ ◇
「六階層だな、今日は六階層と七階層で連携を深めて、八階層を軽く回って帰る事にしよう。そういう予定だがいいか?」
「あぁ、わかった。それと配信俺のアカウントでやらせてくれてありがとう。ってか前回の投げ銭まで配ってくれるとは思わなかった。俺も投げ銭分けた方がいいか?」
「いや、最澄は金銭的に困ってるんだろ? 自分の懐に入れていいよ。と、言うか探索者の基本は深い階層に潜って良いドロップを得る事だ。配信の投げ銭はおまけだよ。低階層では金額的に近いから大きいとは思うけどね」
「私も私のアカウントで今度配信したいわ。そっちも宜しくね」
「うんっ、わかった。ってか十兵衛ちゃんはドローン持ってるのに配信しないの?」
「俺は先頭だから俺の追尾ドローンにすると俺しか映らないだろ? それに先行することも多いからパーティメンバーの顔が売れないんだよ。だから俺のドローンでは配信する予定は今のところない」
「はぁ~、なるほど~」
十兵衛が持論を述べると梨沙は納得したように首を振った。
「さて、六階層だ。気を引き締めて行こう」
「おう!」
「わかったわ!」
「いえ~い!」
:最澄くんだ!
:おかえり~。
:あ、パーティ変わってる。
:え、でもあの有名な忍者のいるパーティに入ったんだよね。あの動画見たけど凄かったよ。
:私それ見てないけど後で見てみる。とりあえず最澄くんおかえり~。待ってたよ~。
最澄が配信をつけるとコメントが溢れ出てくる。既に百人を超える視聴者がいる。最澄は配信予告をSNSですると言っていたので待機勢が居たのだろう。
また、最澄は高校の夏休みを最後に配信していないらしいので、おおよそ半年と少し振りの配信になる。理由はもちろん受験だ。流石に受験しながらダンジョン探索はできなかったらしい、と言うかパーティメンバーが集まらなかったと最澄に聞いた。
「今日は六階層に挑戦します。問題なければ七階層、そして八階層をチラ見してそのまま五階層に帰ってくる予定です。多分十時間超えるくらいあるのでゆっくり見てください」
最澄は律儀にドローンに向かって手を振って挨拶をしている。配信者の先輩として見習わなければならないが、十兵衛は配信者になるつもりはないのであまり関係ないかと思考を捨てた。
「六階層のマップは買ってある。だけど六階層は五階層に出てきたコボルトもウルフに乗って攻めて来ることがある。後ゴブリンも短剣を装備していたりと今までより凶悪になっている。みんな気を引き締めて行こう」
「おう」
「はい」
「は~い」
三人の返事が帰ってきたところで六階層を進み出す。五階層までは結構単純な最短ルートだが六階層の最短ルートは結構ぐねぐねとして階段までも遠回りになる。つまり単純に歩かなければ行けない距離が長くなるのだ。
六階層の探索だけでも歩くだけでも三時間くらいは掛かるだろう。更に加えて戦闘、休憩とあるので六回層は四時間を予定している。そう考えると帰還も考えれば七回層まで足を伸ばすのは早計かも知れない。
だが今日は土曜日で日が回ってもOKと全員に言われているし、それだけの体力は全員にある。後は戦いが苦しいものになるのか、それとも今まで通り楽に戦えるかで違うだろう。
八階層まで覗きに行こうと言うのは最適な探索ができた場合の目標であって無理をするつもりはない。もちろん無理をして奥に進む必要もない。
十兵衛たちはプロ探索者ではなく、休日探索者と呼ばれる部類だ。レジャーとかお小遣い稼ぎだと言われてもおかしくない分類なのである。
「早速くるぞ、前三、その後も三が二つ」
「じゃぁ十兵衛、最初の三を任せた。俺と茜で後ろの三をやる」
「あたしもやるよ!」
「わかった」
十兵衛は走った。まず最初に接敵するのはコボルトライダーだった。犬顔で人間と同じ手足を持っている醜悪な鬼だ。そして手には刃渡り三十cmほどの短剣を持っている。
すれ違いざまにコボルトの首を落とし、二体目のウルフに膝蹴りで頭を潰し、落ちたコボルトの首をかかとで潰す。三体目は二本の忍者刀で同時に首を落とした。
乗り手が居なくなったウルフが後ろから襲ってきたがくるりと振り返って回し蹴りを食らわせ、確実に首の骨が折れる感触が足に伝わる。そしてコボルトたちやウルフたちは魔石やドロップ品に変わっていった。
「相変わらずすげーな。じゃぁ俺等も頑張ろうぜ」
「うん、負けてらんないよね」
「あたしも頑張るんだから!」
十兵衛が後ろに引くと三ずつの敵が姿を現す。それに対して最澄たちはそれぞれの武器を構え、先週から今週に掛けての平日に暇な時は連携訓練も行っていたのでその成果を見せる時だと血気に逸っている。
(もう少し落ち着いて戦った方が安全だと思うけどな)
やる気がありすぎても事故の元だ。だがそれを削がせるのも違うと思うので十兵衛は黙った。
ただ梨沙が怪我だけはしないようにとしっかりと見張り、最澄たちの戦いを見守った。
相手は六、最澄たちは三人なのに対して最澄や茜はしっかりと敵を見定め、一体ずつ仕留めていく。梨沙も時折魔法杖でトドメを刺したり、結界を使って不意打ちにしてくるモンスターの足止めをしている。
(なるほど、こそこそと訓練していたけどこれをやってたのか。うまく機能してるな)
戦闘は五分も掛からなかった。最澄も茜も、当然梨沙も怪我もなしだ。
六階層の敵は基本これ以上の敵は出てこないので、後はどれだけエンカウントするかだけになる。
エンカウントが少なすぎても経験にならないし、多すぎても先に進む時間が足らなくなってしまう。
(ちょうど良いエンカ率にならないもんかな、今度神社に行って祈ってみよう)
そんな益体のない事を考えながら、十兵衛は三人を労い、斥候の仕事に戻った。