013.最澄の頼み
「ぱんきょーマジだるいな」
「いや、大学生だから。十兵衛ちゃん勉強頑張って入った大学なんだからちゃんと勉強しようよ」
「まぁそうだな。ぱんきょーは梨沙と一緒だしな」
十兵衛と梨沙は大学で会っていた。一般教養の授業は学科が違っても同じなのだ。梨沙は頭が良いので十兵衛は梨沙の入る大学に入る為に結構な苦労をした。護衛役でなければもっと下の大学でも良かったのだが、護衛役が近くに居ない訳には行かない。
本人公認で梨沙が持っているスマホがある一定以上のスピードで予定外に離れるとアラートが鳴るようになっているし、何かあったときはワンボタンで十兵衛に通知が来るようになっている。
ただ大学内では十兵衛以外の風間家の忍者も同じ大学に入っている分家の忍者が居て、そちらは同じ学科な為に護衛を半分丸投げしている。
梨沙は文系、十兵衛は理系が得意だった為に同じ学科は流石に難しかったと言う裏事情がある。本来は十兵衛は同じ学科に入る予定だったのだが、落ちてしまったのだ。こればかりは北条家の力を使ってもどうしようもない。
いや、もしかしたらワンチャンあったかも知れないが、そんなことに北条家の力を使う事に十兵衛は躊躇いがあったし、北条家に借りを作るのはよくない。
(人生万事塞翁が馬って言うしな)
同じ学科に入れなかったのも運命かも知れない。実際梨沙自体は同じ学科の友人を既に幾人も作っており、十兵衛は十兵衛で別のコミュニティに入っている。
高田馬場にある有名大学なので友人の質も高い。新宿ダンジョンも近く、もしダンジョン氾濫が起きたら大学が潰れてしまうかも知れない。
其の為にはしっかりとダンジョンの間引きが必要であり、十兵衛たちの活動もそれに一役買っていると言う面もあるのだ。
「そういえば十兵衛ちゃん。次の探索なんだけど」
「あぁ、今週の土日だろ?」
「うん。二日間使ってしっかりと潜って連携深めようよ。それに魔の八階層も攻略しなきゃだしね」
「梨沙って虫苦手だっただろ、大丈夫なのか?」
「うっ、メートル級の虫とか動画で見ただけでちょっとドン引くくらい嫌い」
そう、梨沙は虫が苦手なのだ。まぁ女子の大半はそれほど得意という訳ではないと思うが、梨沙は昔から虫がダメだった。
そして八階層は蜂や蜘蛛、飛蝗などのでかいモンスターが襲ってくる。視界も悪く、十兵衛の探知能力があっても数の暴力に晒されては堪らない。
そういう意味で、八階層は初心者が通り抜けられるかどうかが試される場でもあるのだ。
「まぁ八階層は自分に結界張って付いて来るだけでもいいと思うぞ。ただもっと潜れば八階層以外にも虫系モンスターが出てくるから出来れば八階層で克服してくれないと今後困るな」
「う、が……頑張ります」
「おう。んじゃ次の講義は校舎違うから行くな」
「うん、やっぱり同じ大学に通えるのはいいね。高校までは別々だったからこうやって学校で会えるのは嬉しいよ」
梨沙は華が開いたように微笑んだ。その笑顔と言葉に十兵衛はドキッとした。梨沙の笑顔は十兵衛に対して特攻だ。破壊力が高すぎる。
梨沙も自覚はしているだろうがかなりの美少女だ。既にファンも居ると聞く。ミスコンなどに出ればもしかしたら一番にもなれるかもしれない。
実際新宿や渋谷などを歩いているとモデルにならないかとかアイドルに興味はないかと梨沙はスカウトされるのだ。それにナンパなど中学生時代から腐るほど来ていたほどだ。
故に特に渋谷や原宿などに行く時は十兵衛が護衛と言うかナンパやスカウトを断る為の人柱として連れて行かれる。
梨沙もおしゃれに目覚める女子であり、やはり可愛い服や小物を買いたいのだ。北条家ならば銀座などのブランドで普通に買えるが、梨沙は同じ大学生と同じくらいのブランドの服を着たいらしい。
まぁハイブランドに身を固めていたら明らかに誘拐対象になるだろうことは明らかなので、普通の値段の服装をしてくれた方が十兵衛には都合が良い。
「あ、金曜日の午後は空いてるよね。小物ちょっと買いたいからまた付き合ってね」
「わかった」
簡易な挨拶をして、十兵衛と梨沙は別れた。
◇ ◇
「お、十兵衛じゃん」
「最澄か。どうした」
「いや、見かけたから声掛けただけ。学科が違っても同じ学校内だからな」
十兵衛は空き時間にベンチに据わって探索動画などを見ていると最澄に声を掛けられた。一学年上の茜は一緒ではないようだ。
と、言うか最澄と茜はレオと言う繋がりで梨沙のパーティに入っただけでお互い面識はそれまでなかったと聞いている。
ただ十兵衛は二人がお互いを意識している雰囲気を感じている。だが茜は以前のパーティで恋愛沙汰でパーティがクラッシュしてしまっているので、少なくとも探索者として同じパーティを組んでいる間はもしかしたら最澄と付き合う事はないのだろうか……などと勝手な妄想をしてしまっていた。
「そういえば頼みがあるんだが」
「ん? どした?」
ちょっと思考が飛んでいたが十兵衛は最澄に向き合った。
「いや、単純な話なんだが、次の配信俺の端末からしていいか? ドローンは持ってるんだ。受験で潜れてなかったし、一緒に潜ってた友達は地方の大学行ったりしてソロになっちゃったからレオ先輩の紹介でチーム・暁に入ったんだけどさ。ちょっとうちは生活厳しいんだ。だからたまに俺の端末で配信させて欲しいなって」
「それは梨沙に言えばいいんじゃないか? 俺に聞くことじゃない。パーティリーダーは梨沙だからな。ただ問題はないと思うぞ。投げ銭もあるからな、最澄も固定ファンとか居るんだろ? 少なくとも俺は反対はしない」
「そうか、助かるよ」
最澄が本当に助かると言った表情をした。前回の探索で得たのは一人一万円くらいだ。やはり低階層だけで稼ぐのは厳しい。まぁ最短ルートをほぼ突っ切ってあまり戦闘していないと言う理由もあるのだが……。
ただ低階層も一定期間中に間引きをしなければ行けないので低階層間引きのクエストなどはギルドにある。最澄はパーティで潜れない時にそういう依頼も受けているらしいが、三月、四月は新探索者が多いのでそういう依頼もないそうだ。
つまり単純に金に困っている。高校の時に探索していた分の貯金は武者鎧と短槍を更新したことで吹っ飛んでしまったと聞いている。大学は奨学金を貰っているらしいが返済式なので借金と同じだ。
「まぁ俺の方からも梨沙に言ってみるよ。多分大丈夫だと思うぞ。まだ梨沙とは初対面に近いし言いづらいよな」
「そうなんだよ……、ちょっとな」
最澄は申し訳無さそうにしたが、十兵衛は梨沙がそういう事に頓着しないことを知っている。むしろ梨沙の配信で変なファンが沸かないか心配しているくらいだ。むしろ初配信でも変なファンが少数ながら沸いていた。
仕方のない事だとは思うが、変なトラブルに巻き込まれたくはない。
ちなみに十兵衛も梨沙と同じハイスペックドローンを支給されているが今のところ使う予定がない。
「このダンジョン用スマホも高かったしな」
「あ~、高いよなぁ。魔石電波を使ったスマホ」
地上で使えるスマホはそれほどではないが、ダンジョンでも使えるスマホは普通に五十万とかするのだ。最澄の装備も数百万する筈なので最澄はコツコツと高校時代に頑張っていた事が伺える。
金銭に困っていない梨沙や十兵衛は投げ銭などあまり気にしない性質なのでむしろその経済状況で高校生で良くあの装備とスマホを買った物だと尊敬すらしているくらいだ。
「じゃぁ次の配信にはドローン持ってきてくれ。梨沙にはちゃんと言っておく」
「おう、ありがとう。助かるぜ。また週末宜しくな」
「あぁ、宜しく」
スッと最澄は去っていく。その去り方だけで最澄がきちんと鍛えて居ることがわかる。そして実力のある最澄と茜がパーティメンバーになったことで梨沙の安全度は格段に上がるのだ。
十兵衛は奇妙な縁とは言え、最澄や茜とパーティを組めた事に感謝した。