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104.梨沙の度量と外堀

「いいよ~」

「いや、そんな安直な。もう少し嫉妬するとかなんとかあるだろ。梨沙がダメだって言えば北条家の意見になる。断りやすいんだよ。だが俺からは断れない。何せ甲賀と伊賀の誠意として、人質として頭領の娘を預けられるんだ。だから梨沙に断って欲しかったんだが」


 梨沙は少し溜めた。


「でも十兵衛ちゃんがモテるのはわかってたことだし、あたしだけじゃ独占できると思ってなかったし、それに甲賀や伊賀を統率する為にはその二人を迎え入れるのが一番なんでしょ? もちろん変な子だったら許さないけれど、忍者の頭領が推薦するって事はきっと良い子だよ。十兵衛ちゃんをしっかりと支えてくれる良い子たち。そして忍者の家に生まれていないあたしにはできないところもサポートしてくれる子たち。そうでしょ」

「それはそうだな。梨沙が風魔の家を仕切ると言っても何をすれば良いかわからないだろう? 母上がしっかりと教えてくれると思うがすぐには難しいだろう」


 十兵衛がそう言うと「だから……」と梨沙は続けた。


「嫉妬しない訳じゃないよ。独占したいよ。十兵衛ちゃんはあたしのだよ。でもね、あたしは北条家の娘であり、風間家の妻になるの。風間家の繁栄も北条家の繁栄も見据えなきゃ行けないんだよ。其の為なら二人程度の側室なら許してあげるよ。むしろ風魔のくノ一に手を出してもいいよ? その程度の度量はあるんだよ」

「うっ」


 確かに十兵衛は風魔のくノ一たちからモーションを掛けられている。梨沙と言う、北条家の娘が居たから十兵衛と添い遂げるのを諦めたくノ一は多いのだ。

 だが梨沙はそれも許容すると言う。心が広いと言うか梨沙らしいと言うか。なんと言えば良いかわからない。

 十兵衛個人で言えば梨沙だけで十分だ。だが公人としての十兵衛はどうか。当然、椿も霞も娶るべきだ。更に風魔のくノ一たちの期待に応え、手を出すべきだろう。


 琢磨も静一筋ではあるが、他のくノ一たちと関係は持っている。静はそれを全て知って、尚許している。なぜなら琢磨と言う、風魔小太郎の子は幾ら居ても良いからだ。強い遺伝子を残す。それは一族として必須な事だ。故に十兵衛の知らない兄弟は何人かいると言う。

 彼らは私生児として、他の忍者たちにしっかり忍者としての務めを果たせるように鍛えられている。


 十兵衛は誰が兄弟なのか、姉や妹なのか知らされていない。だが彼がそうなのではないか、彼女がそうなのではないかと言う感覚はある。

 そして北条家でもやはり氏康は妻一人ではあるが、幾人かの妾がいる。梨沙にも腹違いの兄弟、姉妹がいるのだ。

 北条グループを支えるだけの男だ。モテない訳がない。


「だからね、まぁ一度その椿ちゃんと霞さんには会って見たいけれど、基本的には許容するよ」

「わかった、梨沙の意見は尊重する」

「でもね! 十兵衛ちゃん」

「なんだ、梨沙」


 梨沙は電話越しだが明らかに身を乗り出しているような勢いで言った。


「十兵衛ちゃんを一番愛しているのはあたし。そして十兵衛ちゃんが一番愛するのもあたし。それは変わらないよ、ね?」

「あぁ、仮令何人の側室ができようが、愛妾がいようが一番は梨沙だ。変わらない。愛しているよ、梨沙」

「うん、あたしも愛してる。十兵衛ちゃん」


 梨沙は電話の向こうで泣いているようだった。

 十兵衛としては不安なことが山程ある。まず伊賀、甲賀を纏め上げなければならない。それは風魔の頭領になるよりも難しい事だ。そして風魔の頭領にもなる。

 日本最大の探索者集団の長に十兵衛は将来なるのだ。

 国からも目をつけられるだろう。明らかに危険だからだ。十兵衛がもし日本に不満を抱いたら、自衛隊の特殊部隊ですら止める事はできないほどの権力を握る事になる。


「責任、か。重いな」


 十兵衛は梨沙との電話が終わった後思索にふけり、月夜を見ながらそう呟いた。



 ◇ ◇



「北条梨沙だよ」

「三雲椿でございます、梨沙様」

「藤林霞でございます、梨沙様」


 十兵衛は三人と会っていた。十兵衛と梨沙は隣り合わせに座り、椿と霞が対面にいる。場所は北条家が持つビルの応接室だ。当然護衛はいる。と、言うか給仕が風魔のくノ一である。

 椿と霞が何かしようとした瞬間、彼女たちの首は落ちるであろう。なにせそのくノ一は三十八層まで潜ったことのある猛者である。〈龍眼〉を得た十兵衛ですら敵わない最強の護衛の一人だ。


「貴女たちは家の命令で十兵衛ちゃんに侍るの?」

「いえ、違います」

「それは勘違いでございます。梨沙様」


 梨沙の質問に二人は同時に否定した。なぜだ? と十兵衛は思った。二人は人質兼誠意の証として差し出された筈だ。当然三雲家と藤林家の意向が入っている筈だ。つまり政略結婚である。

 だがそうではないと二人は語る。


 二人とも十兵衛の配信を見ている。ダンジョンにも潜っている。そして忍術を使い、誰よりも早く、誰よりも強くダンジョンを潜り続ける十兵衛の姿を見て、憧れ、恋をしたのだと言う。

 だが十兵衛はいつ敵になってもわからぬ風魔の男。それに梨沙との婚約発表があった。故に二人の恋は破れた。諦めざるを得ない理由が十では効かないほどある。


「私は十兵衛様を愛しています。梨沙様と共に、十兵衛様を補佐したいと思っています」

「私もです。十兵衛様ほどの男はこの世におりません。忍者として、くノ一として十兵衛様に惚れずして誰に惚れると言うのでしょう。伊賀のくノ一も皆、十兵衛様に侍る事を期待しております」

「ふ~ん、まぁ十兵衛ちゃんは格好いいもんね。でもあたしのだよ」


 梨沙はドヤッとしながら腕を組んできた。


「奪おうとなど思っておりません。共に侍らせて頂ければと」

「はい、忍びとして補佐ができれば良いのです。いずれ十兵衛様のお子を産ませて頂ければと」

「まぁ女としてその気持ちはわかるっちゃわかるんだよね。それに十兵衛ちゃんは目立ちすぎた。格好良すぎる。強すぎる。十兵衛ちゃんと歩くと女子がキャーキャー騒ぐんだよ。もうね、人垣ができるくらい集まるの。十兵衛ちゃんはファンサはしないってわかってるから突撃してくる人はいないけどね」


 梨沙がそう言うと二人はうんうんと同時に頷いた。


「わかります。十兵衛様を見れば、世の婦女子の大半は恋に落ちましょう」

「あの活躍を見て憧れない女子などおりません」

「いや、それは言い過ぎじゃないか?」

「「「言い過ぎじゃありません(ないよ)」」」


 十兵衛が否定すると三人から同時に否定の意見が飛んできた。

 十兵衛は梨沙に弱い。そして霞も椿も芯のある女だ。そしてそういう女性を十兵衛は好ましく思っている。そして彼女たちが十兵衛に想いを寄せてくれているのは嬉しいと思う。


 しかしどうだ。側室? まだ結婚もしていないのに? だが梨沙は二人を受け入れつつあるのは梨沙の様子を見ればわかる。

 椿も霞も、梨沙の出す条件に合致したのだ。つまり合格点だと言う事である。これが下手な女性ならば梨沙は即座に不合格を出しただろう。

 だが椿も霞も品があり、背筋はピシリと伸びている。武術の気配もする。相当な腕前だろう。年上の霞は二十四層まで潜っていると言う。探索者としても先輩である。


 一個下の霞はソロで十層まで攻略したと言う。十兵衛にも出来ただろう。だが先を考えてやらなかった。まぁ梨沙の護衛があったので梨沙が潜る時点でソロと言う選択肢はないのだが、梨沙が潜らないのであれば十兵衛はソロでダンジョンに潜れと琢磨に命じられていただろうことは想像に堅くない。なぜならダンジョンでレベルアップしなければ、次代風魔小太郎になどなれないからだ。


(はぁ、三人はなんか意気投合しているな。これは断れないな)


 梨沙と椿と霞は十兵衛のどこが良いか語り合っている。楽しそうだ。

 十兵衛は風魔忍者について想いを馳せる。

 自分より弱い主君を持つ忍者がいるだろうか。難しい筈だ。だが強さだけではない、統率力やもちろん血筋の問題もある。幾ら力があろうとも、分家が本家の当主に立つと言う事は余程の事がなければない。

 血筋は頭領の本妻の子。そして神童として、天才と呼ばれ育ち、次代は安泰だと皆が言う。それが十兵衛の立場だ。

 更に甲賀、伊賀を従える立場になった。琢磨も厄介だと思って十兵衛に投げ出したのがよくわかる。


(父上、無理難題過ぎますよ。もう!)


 だが琢磨の気持ちもわかる。風魔は甲賀と伊賀との因縁が強すぎる。風魔の現頭領である琢磨が上に立てば必ず甲賀と伊賀の者たちが反抗心を持つ。しかし十兵衛ならばどうか。甲賀忍者も伊賀忍者も次代の頭領を見定める事ができる。自分たちの一族がついていけるに足る男かどうか見られるのだ。更に甲賀や伊賀との直接の因縁はあの襲撃以外にない。


 十兵衛に殺された伊賀や甲賀はあの時の襲撃以外居ないのだ。そして甲賀は十兵衛の実力に感嘆し、褒め称えてきた。襲撃者を撃退したのだ。そこに因縁はないと勘十郎は言い切った。

 故に勘十郎も、才蔵も十兵衛に頭を垂れた。琢磨にも頭を下げていたが、やはり因縁が邪魔をして素直には下げられていない。琢磨や静の下に付くのは屈辱なのだ。

 故に琢磨は十兵衛に託した。うまく彼らを使えと。因縁を十兵衛の代で断ち切れと。それには婚姻が一番である。つまり椿と霞を拒否するなどと言う選択肢は──梨沙が許したので、十兵衛にはないのである。


(なんてこった)


 外堀が完全に埋められた事で、十兵衛は頭を抱えたくなった。




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