101.クランの拡張・氏康からの指令
「クランを作ったら甲賀忍者たちを雇い入れよ、ですか?」
「そうだ」
氏康に呼び出されたと思えば驚愕の指令を受けた。甲賀は数十からなる家の集団だ。そしてそのうちの十を超える家が北条家の傘下に入る事に決めたらしい。先日十兵衛を襲撃したのも甲賀だった。腕は風魔の上忍と同等であり、強敵だった。モンスターなどよりも余程怖い。そう思った。
その甲賀たちが十兵衛の下に付く。本気で言っているのだろうか。だが氏康の表情は嘘を言っていない。と、言うか氏康は冗談でこんなことは言わない。
「伊賀も同じ動きがある。コンタクトがあった」
「伊賀もですか?」
伊賀も甲賀も忍びとしてではなく、探索者として功績を上げている。十分に一族を食わせる事ができている筈だ。わざわざ北条家を頼る必要はない筈だ。十兵衛は裏に何があるのかわからず、困惑した。
「なに、風魔と同じよ。忍者とは仕え甲斐のある主を求める者だろう?」
「そうですね。風魔は北条家。他にも伊達家や徳川家、上杉家などまだ続いている家は忍者を召し抱えています」
「そうだ。そして甲賀や伊賀は流浪の忍者なのだ。織田信長公が天下をほぼ、統一し、それを豊臣秀吉公が継いだ。関ケ原の合戦とその後の大きな戦で徳川家康公が勝った。そして忍者の仕事は大幅に減った。平和が訪れたからだ。彼らに取ってはこの数百年雌伏の時だったのだ」
「戦の時にはよく働いたと聞いていますが」
「明治政府などに雇われていたからな。だが天皇陛下は主ではなく、雇い主だ。戦が終わると契約は終わり、彼らはまた流浪の民となった」
忍者は主に仕える道具であれ。それは風魔忍者でも言われる事だ。人権、と言う言葉が当たり前になった現代でも忍者は道具なのだ。
北条氏康は十兵衛たちを、琢磨たちを人間扱いされている。つまり人権がある。だが彼ら、甲賀、伊賀はどうか。裏の世界で名を馳せてはいるが、人間扱いされていないのではないか。使い捨ての安っぽい銃のように、用がなければ捨てられてしまう。そんな時代が数百年。
現代まで続く忍者の家系ももう疲れたと言う事なのだろう。
「私が世に出た事も関係ありますか」
「あるだろうな。忍者は基本忍んで探索者をやっている。あれほど派手に忍術を配信している忍者は十兵衛以外おるまい。皆うまく隠している。だが私は十兵衛には隠すな、と言ったな。覚えているか?」
「はい」
「あれはな、忍者に新たな時代を到来させようと思ったのだ。そして十兵衛はその先駆者であれ、と。ハハッ、思っていた以上の反響があった。十兵衛の忍術に、実力に世間はあっという間に魅了され、翻弄された。複数の属性の魔法を持っていると同義なのだ。忍術とは恐ろしい道具だ。だが使い手の心根がしっかりしていれば有用な道具になる」
「その使い方を決めるのは本来はお館様の役目です」
氏康は少し間を置いて十兵衛の問いに答えた。
「だが今はダンジョンがある。わかるな」
「はい」
ダンジョンがある。つまり強者が求められている。でなければ日本と言う国は潰れてしまう。
ダンジョンが現れる前は様々な国で戦争、紛争が起きていたと言う。幸い日本は戦火に塗れる事はなかったが、世界を見ればどこかで必ず人同士の争いで多くの死人が出ていた。
だがダンジョンが現れ、人の敵はモンスター、ダンジョンとなった。何せダンジョンは氾濫をし、戦争よりも多くの人を殺すのだ。更に街も壊す。モンスターは消えず、駆除せねば人も住めなくなる。
戦争ならば勝った方がその土地を治める権利を得る。戦争が終われば、勝利者が統治をし、新たに復興と言う名の元に経済が動き始める。だがモンスターは破壊するだけだ。食べるだけだ。しかも人を。そこは終末世界のように悲惨な光景が残るだけだ。
「だからな、十兵衛。お前は光になれ。闇の世界から出て、人々を照らす光になるのだ。その力を使ってな。琢磨も静も期待しているのだ。その期待に応えろ。私も十兵衛には期待している。そうでなければ梨沙をやるなんて言うものか」
氏康は最後の方は悔しそうに言った。梨沙が十兵衛に惚れていなければ有り得なかった世界線。十兵衛と梨沙が婚約すると言う事態。だがこれは氏康も予定外だったのだろう。梨沙がダンジョンに潜ると宣言し、それに十兵衛が着いてくる。
それを梨沙は逆手に取り、十兵衛を時の人とした。梨沙にはそれがわかっていたのだ。十兵衛が配信をすれば、十兵衛が配信に動けばその実力を放って置かないと。忍者と言う闇の世界の住人が光の世界にでればどうなるのかと確実に予測していた。
そしてその結果が一千万を超える登録者を持ち、毎回百万を超える同時接続数を誇る大チャンネルの誕生だ。
十兵衛たちが配信すれば即座に人は集まり、どんな戦いをするのか楽しみにしている。毎回の配信で投げ銭は数百万、時には一千万を超える。それだけの金が動いている。
今は夏休みでほぼ毎日のように潜っている。月収など考えたくもない。見たこともない桁の数の金額が振り込まれているのだ。下層の魔石は純度が高く、良い値段で売れる。更にドロップ品だ。下層のドロップ品も高く売れる。
そしてポーションだ。ポーションは通常市場にそれほど流れない。探索者は自分の為にポーションがドロップしても貯め込むからだ。更に言えばスキルオーブは自分たちで使う。売りに出される例は少ない。当然だ。自分たちで手に入れた物だ。ダンジョン法にも探索者が手に入れた物はその物に所有権がある、と明確に記載されている。
ギルドに売らなければならないとは書かれていないのだ。
十兵衛たちは北条家から十分なポーションが支給されている。故に、ドロップしたそれほど効果の高くないポーションは売りに出す事に決めている。これは梨沙がいい出した事だ。
ポーションの需要は高く、それを売るパーティは少ない。ならばそこが狙い目だと。市場に需要の高いポーションを供給するパーティをギルドは放って置かないと。
梨沙の言う通りだった。十兵衛たちは実力だけでなく、ギルドに貢献したとして即刻A級ライセンスの発行に至った。
レオたちは長年ギルドに貢献してきた。レオなどは高校生の頃から探索者をやっていた。故に十兵衛たちなどよりも余程探索者歴が長い。他のメンツも基本レオよりも年上だ。それだけ潜ってきた実績があるのだ。だから彼女たちがA級に叙されることは十兵衛はおかしいとは思わない。
「彼らが私の言う事を聞きますか?」
「聞く。そういう契約だ。破れば風魔が女子供に至るまで全滅させると言っている」
「氏康様。伊賀の使者と言うのが参っています」
氏康と十兵衛が話している間に入り、秘書が氏康に声を掛ける。
「重役会でも既に甲賀の雇入れは決まっている。伊賀も同じ提案をしてくるのであれば雇入れることは決まっている。そしてその統率を取るのは十兵衛、お主だ」
「それは既に風魔の頭領ではなく、風魔、伊賀、甲賀を纏める頭領ではないですか」
「そうだ、それを十兵衛には期待していると言うのだ。やってくれるな?」
質問形式だがそれは実質命令に等しい。十兵衛が氏康に反抗するなど有り得ない。それは忍者として生まれ、忍者として育ってきた十兵衛の悲しい性だった。
「はい、ご命令とあらば」
「甲賀も伊賀も遺恨はあろう。だが全て忘れ、彼らを使え。そして道具としてではなく、人として扱え」
風魔を人として扱ってきた氏康が言うと重みが違う。氏康、そしてその上の代の氏政。彼らが風魔忍者を人として扱ったからこそ今の風魔忍者がある。風魔忍者の里は雰囲気が明るい。皆人なのだ。虫や道具ではない。
その待遇を彼らに与えろと言う。それができるのは、人として扱われた忍者である十兵衛たちでしかなし得ない。
徳川家の服部半蔵はまた違うだろうが、彼らは伊賀の里から独立している。伊賀ではあるが、もう伊賀ではない。服部家としてしっかりと根をおろしている。
十兵衛の下に付くのは服部家に見捨てられた一族だ。
(厄介なことになったな。だが大幅に信用できる実力者が入るのは良いことだ。いや、甲賀や伊賀を信用できるか? 怪しいな)
十兵衛はそう考えながら、氏康の執務室を出た。




