上手い話
俺たちに話しかけて来た2人組。見るからに、ガラが悪く何か企んでいそうだ。
こういう輩は、相手にしないに限るな。
歓談中の俺たちに話し掛けて来たのは、見るからにガラの悪そうな2人組だった。見たところ冒険者か、もしくは冒険者崩れのチンピラか。どちらにせよ、真っ当な生活を送っているようには見えなかった。
「なぁなぁ。お前等みたいな、駆け出しの冒険者には信じられないくらい美味しい報酬が貰える話があるんだけどよぉ。一枚噛まねぇか?」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべたその言い様は、如何にも俺たちを格下と見下した横柄なものだった。
まぁ確かに、俺の目から見てもこの男たちのレベルは15前後あるかも知れない。実力者と言えるほどでは無くても、それなりに場数は潜っているっていう立ち居振る舞いだ。
「……いえ、結構よ」
「……間に合ってるからいらんわぁ」
そんな奴らの提案を吟味するまでもなく、マリーシェとサリシュが間髪入れずに断りを入れた。もっとも、この場ではそれが全員の意見だったのだから異論なんて誰からも出なかったけどな。
「おいおい、そりゃねぇぜ。少しは考えて答えても良いだろうに」
「そうだぜぇ。俺たちゃ、お前らの為を思って良い話を持ち掛けてやってるんだぜぇ」
ただまぁ、お決まりと言って良いだろう。この手の輩は簡単には引かないし、何故か上から目線で話す傾向にあるんだ。本当に右も左も分からない初心者ならば、そこに親切心や頼もしさを感じたりするのかも知れないけど。
「しつこいねぇ。いらないって言ってるのが分からないのかい、このおバカたちは?」
「まぁ、そういうなグローイヤ。ジャスティアならまだしも、フィーアトでもこんな手法が通用すると思っている時点でお察しと言う事だ」
「なんだと、てめぇらっ!」
「優しくしてりゃあ、つけ上がりやがってっ!」
グローイヤがかなり険のある言い方をすれば、シラヌスがそれに同調して煽りに掛かった。おいおい、少しは穏便にして欲しいものだ。案の定、相手は顔を真っ赤にして今にも飛び掛かって来そうな勢いを見せた。
この大陸にあるほとんどの街中では、レベルの恩恵を受ける事は出来ない。街や城の周囲に建てられている女神フェスティスの像の効果により、恩恵の効力で常人を凌駕する力を持つレベル保有者も、一般人の生活圏ではその力で横暴を振るう事が出来ないんだ。これにより、街中では一般の人たちもある意味で安心して暮らせるんだけど。
ただその反面、俺たち冒険者やレベル保有者にとってはトラブルや事件の火種にもなっているんだ。どれだけ高位レベル者でも、街中に入れば一般人と同等の力しかないんじゃあ、正しく寝首を掻かれるなんて事も少なからずあるからな。
ただ幸いとでも言うんだろうか、レベルによって得たスキル、技能やこれまでに培ってきた経験なんかはそのまま使えるんだ。だから、常人よりも遥かに強いのは間違いないし。
「いてっ! いててててっ!」
「く、くそっ! てめぇ、何しやがんだっ!」
多少の体格差や年齢の違いなんかは、一蹴する事も出来るんだ。今の状況は、グローイヤが筋力でこのゴロツキもどき達を圧倒してるだけなんだけどな。
アマゾネス族であるグローイヤは、幼少の頃より徹底的に戦士として鍛えられてきた。ただ年齢を重ねて力強くなっただけの輩に後れを取る理由がないよな。何よりも、多くの死線を潜て来た者特有の気勢が、こいつらを最初から圧倒していたってのもある。
兎に角、一瞬で1人の腕を捩じり上げたグローイヤに、もう1人のゴロツキは成す術もなく、後退りながら罵声を上げるだけで精一杯みたいだ。もはやこいつ等にとれる選択肢は、この場から去る以外にないんだけど。
「おい、こんな場所で何をやっているんだ」
このタイミングで、俺たちに声を掛ける人物が現れたんだ。穏やかで知性を感じさせる、それでいて明確な意思を含んだ声音は良く通った。
俺たちは声の方向へと目をやる。それと同時に、グローイヤは拘束していた人物を解放した。これは何か考えあっての行動じゃなく、新しい状況に対応する為に無意識にとった行動だろうな。片手とは言えふさがった状態、無駄に1人を拘束している状況では、不意の事態に対処できないからな。
そこに立っていたのは、声に似つかわしい身綺麗な人物だった。その身のこなしや佇まいは、見るからに冒険者のそれだ。ただ粗野な印象は一切なく、どちらかと言えば好印象を受ける風貌をしている。
「お前たち、これ以上ここで騒ぎを起こすなら、警備の騎士を呼ぶ事になるが良いのか? それとも、俺が相手をしてやってもいいが?」
「ぐ……」
「く……くそ! 覚えてろよ、てめぇら!」
俺たちの様な少年少女ではなく、れっきとした成人男性、しかも手練れを感じさせる人物に凄まれては、ゴロツキに取れる手段なんかない。何よりも、警備の騎士を呼ばれちゃあ成す術がないだろうしな。
お決まりと言えばお決まりのセリフを吐いて、チンピラたちは逃げる様に去っていった。本当ならばこれで終わり……なんだけど、さっき声を掛けて来た冒険者がまだこの場に留まっている。……二回戦の始まりだ。
「君たち、災難だったね」
安心感を与える笑みを浮かべて、その男は話し出した。少し話し難そうに見えるのは、いつもと勝手が違うからだろうな。俺たちは自力で対応していたし、この男が割り込んできた時には殆ど解決していたしな。
「いえ、ありがとうございました」
とは言え、彼の介入で事態が急激に収束したのは本当だ。俺は無難に頭を下げて礼を述べた。
「いや、礼には及ばない。俺の名はナハブ、冒険者だ。あいつらは、この辺で新人を見つけてはカモにしようとしているチンピラ風情の冒険者でね」
相手は礼儀正しく自己紹介をして話を進めだした。こうなっては、このまま立ち話を続けると言うのも礼儀に反するだろうな。だからナハブに席を進め、俺たちも全員着席したんだ。彼の座った場所は俺の正面、マリーシェとサリシュの間に席を作った場所だ。
「そんな奴らが、何で捕まらずに同じような事をしてるんですか?」
この質問はセリルからだった。恐らくはマリーシェやサリシュ、カミーラやバーバラにディディも同感なんだろう、一同は頷いて同意を示している。もっとも、グローイヤ達はすでに興味を失っているのか、この話を聞いているのかどうかも怪しい態度をとっているけどな。……ま、それも当然か。
「奴らは巧みに新人や年若い冒険者を誘っては、上手く丸め込んで利用しているんだ。奴らは証拠を残さないから、この街を警護している騎士たちも、簡単に捕まえる事が出来ないんだよ。若い奴らの騙されたって苦情なんて、警護騎士たちも今じゃあ簡単に取り合わないしね」
穏やかにしたり顔で話ナハブのもっともな説明に、これだけを聞いただけでセリルたちは納得しちまった。
確かに、さっきの騒動だけで騎士の詰め所に付きだしても取り合ってくれないし、騙された後で喚いたところで、結局は自己責任と切って捨てられるだろうしな。いっぱしの冒険者になったんなら、そういう事も含めて自衛しないといけないのは誰でも理解しているから、仮に騙されても文句も言えないだろう。まぁ、文句が言える状態なら……な。
しかし、問題はそこじゃあないんだよな。俺たちを信用させる為にうっかり言わなくても良い事を喋っちまったんだろうけど、セリルたちはそこにこそ注意を払うべきなんだ。
「そうですか。でも、俺たちはそんな事にならないだろうから心配はいりませんよ」
だから俺は、ナハブに対して鎌をかけてみたんだ。俺の台詞は心配無用という意味だけど、言外に〝だから話は終わり〟だと言う意味も含まれている。これが分からないナハブじゃあないだろう。
「あ、ああ、そうか。ならば問題はなさそうだな」
ほんの僅か、ピクリと眉を動かしたナハブは、それでも平静を装って返答した。簡単に表情の変化を見破られるなんて、こいつは本当に二流だな。
「それならそれで良いんだが、良ければ俺の方から君たちに仕事を紹介したいんだが?」
それでも体勢を立て直して、彼はようやく本題を切り出した。もっとも、この提案は拙速すぎて、うさん臭さしか漂ってこないんだよなぁ。ただある程度ナハブを信用しちまっているセリルたちに、その事を気付いた様子は見られない。
「どのような内容だろうか?」
カミーラからも、ナハブを疑っている素振りは見えない。彼の風貌と話しぶりから、さっきのチンピラたちとは違い信用できると判断したんだろうけど……話している内容に違いはないんだけどな。
まぁ俺にはこの話を終わらせる〝切り札〟があるし、まだ静観でも問題ないな。グローイヤ達も、会話には入ってこないけど興味深そうに事の成り行きを注視している。
「実は、この街の東の『スィスィア竜山』の麓に洞窟があってな……」
俺を含めた複数人から疑いの眼差しを向けられている事に気付いているのかいないのか、ナハブはその「仕事」の話を語りだしたんだ。
チンピラたちを撃退してくれたナハブが、仕事を持ち掛けて来た。
マリーシェ達は特に疑問と思っていないみたいだけど……。
タイミング的には、うさん臭い事この上ないんだよなぁ……。




