エスタシオンの新たな目標
意を決したミハルの発言。
つまりそれは……そういう事だよなぁ。
俺と対面しているミハルは、これまでにないほど真剣に、そして些か思い詰めているような表情をしていた。それも、さっきの発言を考えれば仕方がないかも知れないけどな。
『……私、もっと歌が上手くなりたいんです!』
さっき彼女は俺たちを前にして、ハッキリと自分の気持ちを告げたんだ。もっとも殆どの者たちは、何を今更って考えなんだろうけど。
ミハル達「四季娘」は、歌で観客を魅了し名声を上げていく「アイドル」を生業にしている。俺たちと出会う前からそれなりの実績を積み上げていたみたいで、すでに知る人ぞ知る存在となっていたみたいだ。セリルなんか、初めて出会った時にはもう知ってたしな。
彼女たちの職業である「歌人」は、人前で歌い客を楽しませる事は勿論、戦場でも「呪歌」や「聖歌」で味方に様々な効果を付与し、敵に対しては減衰効果を与え、仲間を援護してくれる有用な冒険者としての側面がある。
カンターレがその能力を上げるのに最も効果的なのは、単純にレベルを上げる事だ。レベルが上がれば、より効果の高い「歌」を歌う事が出来るからな。
さらに「歌手」としても、レベルの向上により「魅力」が上がるのは当然、様々な経験を積む事でその「歌」にもより深みが増し、人々を魅了する事が出来るんだ。
マリーシェやグローイヤはミハルの発言を、このレベル上げの事だと思っているんだろうけど……俺は少し違った。そして多分、それこそがミハルの本当に言いたい事だろうな。
「つまり、歌に専念したいからパーティから離脱するって事か?」
俺がミハルの言葉に答えると、彼女は小さく、でも力強く頷いた。よく見れば、トウカやカレン、シュナも同じ気持ちなのか、強い眼差しでこちらの方を見ている。
一般的に考えれば、自分の都合でパーティに入ったり抜けたりってのは、簡単には出来ない。いや出来るんだろうけど、その者は自分都合で勝手気ままに行動する人物と評価付けされるだろうな。
冒険者間の情報伝達は、意外に早い。悪質な者の加入を阻止したり、場合によっては捕縛する必要も出てくるんだから、自分たち自身で身を守る観点から当然だよな。
ミハルの提案を俺が拒否して、それでも彼女が自分の行動を強行したなら、その事は遠からず冒険者間に広まるだろう。それは彼女たちにとっては、大きな失策となるに間違いはない。
そんな危険を冒してでも、ミハル達には成し遂げたい事が見つかったって事だ。
「……ねぇ、ミハル? それって、パーティから離れないと出来ない事なの?」
わずかに訪れた沈黙を破ったのは、マリーシェの素朴な疑問だった。恐らくは、この場の誰もが同じ事を考えているだろうな。
「……分からない。でも、昨日の歌謡祭を見て、私たちの……私の求めているものは、冒険の旅では得られないんじゃないかって……思ったの。……今は」
「……うぅん。……よぉ分からんなぁ」
ミハルの返答はハッキリとしているものの、それでも抽象的な部分が多い。サリシュが分からないと言ったのも、たぶんこの場の全員が抱いた意見だろう。
「ふむ……。一度パーティを離れれば、やはり戻りたいと口にしてもそのようには出来ないと……ミハルは理解しているのだな?」
「そりゃそうだ。簡単に出たり入ったりされても、そいつの事を信用して背中を預けるなんて出来ないからねぇ」
そしてカミーラがこの話の核心を突き、グローイヤがそれを補強する発言をした。冒険者としては、彼女たちの考えが最も当たり前の見解だろう。
この2人の、決して冗談ではないという気配が込められたセリフを聞いても、ミハルは物怖じする事無く頷いて返した。
「……冒険者としてのレベルではなく、『歌手』としての実力を高めたい。……私たちは昨日、みんなでその事に気づいたんです」
ミハルに続いて、トウカが言葉を選びながら発言した。やはり俺の考えている通り、彼女たちは昨日の歌を聞いて感化されているようだ。
「あの……その……わた……私たちは……」
「あたしたちは、もっと大勢の人たちに歌を聴いてもらって、もっと歌い手としての実力をつけたい! カンターレのレベルではなくてね!」
「……そ……そう……です」
シュナとカレンも、ミハルとトウカの後に続いて訴えた。俺が見る限り、4人の熱意は本物だろうな。
「今回の件で、ミハル達は大事な何かを見つけたようですね。私としては、冒険者に同行して『歌人』のレベルを上げるのも大切だと思いますが、今回は彼女たちの判断を優先してあげたいと思います。輸送隊に同行して、各地を回って実力を身に着けるのも良いかと判断しました」
最後に、セルヴィがミハル達の思いを総括して、彼女たちの意見は言い終わったようだ。彼女たちの思いの強さは、その眼差しを見れば十分に理解できた。
「まぁ、それなら仕方ないんじゃない?」
「そうやなぁ……。なにより、セルヴィがええってゆぅてるんやったら、ええんちゃうかな?」
「うむ……。思いだけで突き進む選択もありではなかろうか」
「私は……賛成……」
「私にもぉ、異論はないですぅ」
マリーシェたち女性陣は、軒並みミハル達の決意に賛成なようだ。
「まぁ、あたいはどっちでも良いけどねぇ」
「今少し、歌人の実力を目にしておきたかったが……仕方がない」
「本音は、もおぉちょっと、一緒にいたかったけどなぁ」
「あなたたちの新しい門出を、我が神に祈っておくわねぇ」
そして、グローイヤ達にも異議は起こらなかった。この場にいる全員一致で、ミハル達を送り出す事が決まったんだ。
「ええぇっ! 俺は反対だぞっ! 嫌だいやだイヤだあぁっ!」
約1名、必死に反対した者もいたが、こいつはこの場のこの話題では論外、部外者だからな。セリルの発言は、全員から聞こえなかったものとして処理されていた。
マリーシェ達とグローイヤ達がミハル達と別れの言葉を交わし、同時に出発の準備を行っていた。善は急げ……って訳じゃないけど、ちょうど今日、フィーアトの街からテレティの街へ向かう行商があるらしく、それに同行しようと言う話になったんだ。
セーヴェル地方にあるテレティは、アルサーニの街のさらに北、チシャ山脈を越えた先にある、古く大きな街だ。
古来から伝わる「踊り」を代々受け継いでおり、いつしか「踊りと歌謡の街」として広く知られていた。
まぁ、実はこの街に伝わる歌と踊り……舞踊ってのには隠された秘密があるんだけど……それは今は良いか。
その街で後日、歌謡大会が行われるって話だ。ミハル達は、どうやらそれに参加したいみたいだな。
「それで、話とは何でしょう?」
そんな出発準備で慌ただしい時に、俺はセルヴィを宿の裏へと呼び出していた。わざわざ部屋ではなく宿の外へ呼び出したのは、それが誰にも聞かれたくない話だからだ。それを察してくれたんだろう、セルヴィは文句も言わずに応じてくれていた。
「俺は、これでミハル達との繋がりが切れるとは思っていないし、そんな事は出来れば望んでいないんだけど……そっちはどう考えているんだ?」
ここへきて、遠回しな言い方は時間の無駄だ。俺はさっそく、本題に入る事にした。
「そうですね……。私も、折角出来た縁を容易に切るのは得策とは思っていませんが……それも仕方がないとも考えています。ミハル達の決断には、冒険者としてレベルを上げるという考えは含まれていないでしょうし、もしかすると、金輪際関わらない可能性もありますから」
セルヴィの方も、歯に衣着せぬ物言いで応じてきた。俺としても、この方が話が早くて助かるってもんだ。
金輪際関りが無くなるってのは、何も大げさな話じゃあない。この広い大陸……いや、世界を回っていれば、一度別れた者同士が再会するってのは、目的が同じでなければ難しいだろう。いやいや、同じであっても出会えるかどうか……。
その理由は分かりきっている。通信手段、連絡手段が少なく、何よりも遅いんだ。
陸路を荷馬車などで運ぶ一般郵便は、町から町へと到達するのに早くても10日ほど掛かる。3日で歩いて行ける距離でも、それくらいは掛かるんだ。そんな現状で、安易にまた会えると考える方がどうかしている。
でも、俺にはそうならない為の秘策があった訳だ。
別れが決まり、旅立ちの準備に忙しいエスタシオンの面々だが。
俺はある事を確認するために、そしてある物を手渡すためにセルヴィを呼び出していた。