発揚の即興ライブ
フィーアトの街について早々、俺たちは野外音楽祭会場に出くわしたんだ。
そしてそこでは、新人の歌人たちが熱気にまみれて、それでも楽しそうに歌い、踊っていた。
俺たちは全員、その場に釘付けとなったんだ。
夕食は、宿の1階で経営されている酒場で摂る事にした。今の時間と疲労を考えれば仕方がないし、何よりもそれが合理的だからな。
このフィーアトの街は商業が盛んな大陸屈指の城塞都市。その安全性から多くの商家が軒を連ねてるし、城に努めている貴族も屋敷を構えている。その規模に併せて多くの冒険者もやってくる。
となれば、飲食店も様々な珍味を売りにしている店も少なくない。実際、それを目当てにやって来る者も少なくないほどだ。
強固な城壁で守られ、多くの力ある騎士を輩出している「武」の街ではあるけれど、一部の人たちから「美食の街」なんて言われてるのも頷ける話だよな。
「でも、今日の歌謡祭はすごい熱気だったなぁ……」
夕食時の酒場は、圧倒されるような喧騒に包まれている。そんな中でミハルは、そんな事も気にならないといった風情で、先ほど観覧したライブ状況を思い出しているのかウットリと呟いた。彼女の顔に赤みが差してトロンとした表情なのは、もしかしたら少しお酒が入ったからかも知れない。
「……そうね。あの熱気は、私たちも見習わないとね」
「ま……まだまだ……」
「私たちも、まだまだって事だよね!」
「……あう」
ミハルの声は決して大きくなかったし、周囲の騒ぎに搔き消されるくらいの声量だった。でもその呟きは、他のメンバーにしっかりと聞き取れたみたいだ。彼女の言葉にトウカ、カレン、シュナが反応を見せたんだ。……もっとも、シュナのセリフがトウカに上書きされるのはいつもの事だけどな。
「確かに、圧倒される熱気だったもんねぇ!」
「あんなライブ、中々見る機会なんかあれへんでぇ」
「私は歌には詳しくないのだが、確かに目を惹きつける魅力があった」
「確かに……良かった……」
「特にあのセンターの娘なんて、スタイルもよくて可愛かったなぁ!」
「あの……。この肉料理を追加しても良いですかぁ?」
ミハルのコメントを機に、話題はさっきまで見ていたライブのものになった。トウカたちのセリフを皮切りにマリーシェ、サリシュ、カミーラ、バーバラも賛同の意見を述べる。もっとも、目の付け所が完全にズレているセリルと、マイペースなディディはお約束ってところか。
「いや、俺はあの端で管楽器を奏でていた娘が好みだなぁ」
「おおっ! あの娘に目をつけるとは中々だな!」
これまでは完全にスルー扱いとなっていたセリルのコメントだけど、今は同行して仲間となってるヨウの相槌で尻すぼみに小さくなる事が無かった。まぁ、女性陣からは無言の白い眼を向けられてるんだが。
「はん。あたいには、歌の良し悪しはよく分からないねぇ」
「歌唱力が上がれば、『歌人』としての能力も上がるのではないか?」
「そうねぇ……。『歌力』を上げると、聖歌や呪歌の効果にも影響が出るって言うわねぇ……」
そしてこちらではグローイヤとシラヌス、スークァヌによって、別視点からの感想が述べられていた。
人数が多いと運用が難しいパーティだけど、様々な意見が出てくるっていう意味では有用だよな。
そうして俺たちの陣取るテーブルのそこかしこで、様々な会話が行われていた。俺はその話のどれにも加わらず、ただ微笑ましく眺めていたんだ。
前回の人生では、最後までこんな和やかな雰囲気を楽しむ事が出来なかった。
前世でのパーティメンバーはグローイヤとシラヌス、ヨウとスークァヌだったんだけど、今この場にいる彼女たちとは性格も全く違っていたんだ。……俺の立場もな。
当時のグローイヤたちは、とにかくレベル上げと金、これに尽きた。旅の目的もクエストの受注も、全てが金銭と名声に関わるものを中心に考えられていたんだ。
酒場での会話もそれらが話題で、得られた報酬が少なければ罵り合い、互いに責任を擦り付け合う。そのやり玉に挙がったのは、大抵が俺だったんだけどな。
当然、パーティの雰囲気は殺伐としていたし、互いの関係も利害のみ。とても仲間としての行動をとっていたとは言えないものだった。
俺も、パーティのもたらす利益、そのお零れに縋る生活をしていたんで、文句を言われても非難されても甘んじて受け入れてたなぁ……。
それを考えれば、全員が対等な関係として様々な意見を言い合うこのパーティは俺の理想だし、何よりも当時からはとても考えられないものだった。
「あぁんっ、もうっ! なんだか、歌いたくなっちゃったっ!」
突然立ち上がって、ミハルが宣言した後に歌い始めたんだ。マリーシェたちやグローイヤたちも、驚きのあまり目を丸くしている。
そんな彼女たちを気に掛ける事無く、ミハルは四季娘の代表曲を歌っている。その光景と、何よりもその唄声に、俺たちだけじゃなく騒がしかった酒場の客たちも耳を傾けだした。一時的に、酒場にはミハルの唄声だけが流れていた。
甘く優しい、何よりも楽しく歌が好きだという気持ちがこの唄声には込められている。特に歌に詳しい者でなくても、その事はこの場の誰もがすぐに理解でき、殆どの客が聞き入りだしている。……俺もだけどな。
「……私も、歌いたくなってきたわ」
「わ……私も……」
「あたしも、歌いたくなっちゃった!」
「……うん!」
ミハルの歌に感化されたからなのだろうか、トウカとカレン、シュナも立ち上がって、ミハルの歌に合流しだした。その様は、そのまま四季娘の突発的なコンサートが始まったみたいに見える。
そしてその事に、この酒場に集う客たちからは誰からも文句は出なかった。それどころか、手拍子や歓声も上がりつつあった。
楽器による演奏もなければ、ステージもない。彼女たちが身に着けている物も、ステージ衣装ではなく普段着だ。それでもここは、間違いなくエスタシオンの単独コンサート会場と化していた。
「ちょっと、あなた達……」
そんなミハルたちの行動に、彼女たちのマネージャーであるセルヴィが呆れ気味に注意の言葉を吐こうとして……止めた。言っても聞かないだろうし、何よりも。
「まぁまぁ、セルヴィ。楽しそうだから良いんじゃないか?」
「ええ、まぁ……。それはそうなんだけどね……」
ミハルたち4人は、本当に楽しそうな表情をしていたんだ。普段は気難しそうにクールを気取っているトウカでさえ、微笑みを浮かべて柔和な顔をしている。
そんな彼女たちの雰囲気を感じ取ってしまえば、さすがのセルヴィも注意して止めさせる事なんて出来ないだろうなぁ。
セルヴィの気持ちなどお構いなしに、酒場の空気はどんどんと高揚していた。今じゃあ、マリーシェ達やグローイヤ達も、それぞれ歓声を上げて拍手をし、その歌に聞き入っていた。
「全く、あの娘たちは……。とっくに舞台経験のあるプロだって自覚があるのかしら?」
酒場全体を覆う楽し気な一体感を伴う空気を感じながら、セルヴィは嘆息気味に呟いていた。その様子からは、もうミハル達を止めようという感じはしない。
「まぁ、たまにはこんなのも良いんじゃないか?」
「そうね……。たまには……ね」
そんな彼女へ適当な事を言う俺に、セルヴィは優しく微笑んで答えたんだ。
昨夜は結局、大盛り上がりのまま閉店までコンサートは続いた。どこで話を聞きつけたのか酒場には客が殺到し、最後には混乱をきたす程になったんだ。
酒場には迷惑を掛けた形になっちまったけど、普段よりも客入りが良かった事で、店主も大喜びだったのは言うまでもないな。
そして朝食の席。
「……私、もっと歌が上手くなりたいんです!」
ミハルは揃った俺たちの前で、わざわざ立ち上がって宣言した。まぁ俺たちにしてみれば、何を今更って感じの発言だったんだけど、ミハルの心情はもう少し違ったもののように感じたんだ。
「つまり、歌に専念したいからパーティから離脱するって事か?」
俺がミハルの心境に当たりをつけて話すと、彼女は小さく、でも力強く頷いたんだ。
もっと歌が上手くなりたいと宣言したミハル。
それはつまり、俺たちのパーティを離脱するという宣言に他ならない。
でも冒険者の世界でそれは、そう簡単な話じゃあないんだ。