美食コンテスト
フィーアトの街で依頼を探すために、俺たちは冒険者ギルドへとやってきていた。
その場所の喧騒を前に、マリーシェ達は若干引き気味だった。
昼食を終えた俺たちは、この街で依頼をこなすべく、まずは冒険者ギルドへ向かう事にした。
最初は別行動……それぞれがやりたい事をするって話だったけど、それもまずは依頼内容を吟味してって話になったんだ。……なんだか、俺の取り合いになってるっぽいんだけどな。
まぁ俺も、頼られるのは悪い気はしない。しかもそれが、マリーシェ達の様な可愛い女の子たちになら猶更だ。……もっとも、むさ苦しい男どもにも引っ張りだこな訳だが。
ともかく、個別に行動するのか、それとも団体で行動するのかは依頼を見て決めると言う下りになったんだ。
「へぇ……。結構でかいギルドじゃん」
「人も多いわね」
ギルドに着いて、その規模と人の多さにグローイヤとマリーシェが感嘆の声を上げていた。他のみんなも意見こそ口にしないけど、全員同じ感想だろう。
ジャスティアの街にあるギルドよりも、遥かに立派で大きい建物だ。城塞都市に設置されたからだろうか、柱や壁も装飾より頑強さを重点にしている節がある。もっとも、その理由は単にこの街の雰囲気に合わせたってだけじゃなく。
「なんだと、てめぇっ!」
「おめぇが絡んできたんだろうがっ! やるってのかっ!」
早速、この街の……いや、このギルドの名物ともいえる揉め事が起こっていた。見るからに屈強でレベルの高そうな輩が、ギルド建屋の中で、しかもホールの中央で取っ組み合いを始める剣呑さを見せているのに、周囲の者は誰も取り合っていない。
「おいおい……マジかよ」
「ふむ……。まぁ、建物に被害が出る事はあるまい」
思わず引くレベルの喧嘩だけど、シラヌスの言う通りこの建物には影響はないだろう。
こういう事が頻繁に起こるから、この建物の造りが頑強になっているのは分かる話だ。見た目や雰囲気ではなく、必要に迫られて建てられたって訳だな。
そして、この喧嘩が放っておかれている理由は、それが何よりも珍しい事じゃあないからって理由もあるんだけど、何よりも大の大人同士の争い程度なら気にする必要がないからだろうな。
この街に限らず、周囲に女神像の建てられている場所では、女神の加護は発動しない。つまり、レベルや職業の恩恵を受ける事が出来ないんだ。無論、地力の強さや経験、職業から得る事の出来る非戦闘向きの技能は別の話だけど。
強大な魔物を相手に出来るレベルの恩恵を受けたままならば、冒険者同士の争いごとは災厄レベルとなりご法度にもなるだろうけど、いま目の前で喧嘩をしているのは、単に屈強な大人同士の諍いだ。それくらいなら、武器を持ち出さない限りこの建物に被害は出ないだろうな。
「とりあえず、奥に進んで話を聞くか」
初見なら気後れする光景だろうけど、俺は以前に何度も目にしている。今更、この程度の喧騒でビビるような神経はしていない。
「う……うむ」
「ア……アレクはよく平気だな」
だけど、他のみんなはそうではなかったみたいだ。あのグローイヤやヨウも、委縮していると言うよりも呆気に取られている。カミーラもやや困惑気味だし、平然としている俺を見てセリルが驚いているくらいだ。……ここはちょっと、尻込みしている演技でもしておくべきだったかな?
「そうだなぁ。ギルドってのはこういう荒くれの集う場所だって聞いてたからな。むしろ、ジャスティアの街のギルドの大人しさに首を傾げたくらいだよ」
でもまぁ、今更驚いて見せたところでわざとらしいだろうからな。ここは、俺の設定である「父親が高位冒険者だった」ってのを利用させてもらうか。
「そうなんやぁ……。でも、こうも様子が違うと、気圧されてまうわぁ……」
「そ……そうね……」
もっとも、この室内に漂う空気には、今の俺たちには居心地の悪さしか感じない。サリシュとバーバラも、それを隠せそうにない態度だった。
同じギルドとはいっても、ジャスティアの街とは全然違うものに感じる。それは当然だろうな。
そもそもジャスティアは「始まりの街」と言われる通り、新人冒険者から初級者が多く利用する街だ。新人や初級からガラが悪い輩なんてそうはいない。
それに対してこのギルドは、中級から上級者も利用している。冒険者家業を続けていれば粗暴になるとは言わないけれど、年数やら経験で落ち着きを見せるし、色んな事件に遭遇して性格にも影響が出るだろう。中には、粗野になる者もいるだろうな。
特にここは、武を貴ぶフィーアトの街にあるギルドだ。そりゃあ、雰囲気に上品さを求めるのは酷と言うものか。
後方での賑わいをしり目に、俺たちはギルドの受付までやってきた。見るからに頑丈そうなカウンターテーブルの向こう側で、表情を消した受付嬢が俺たちに冷たい視線を向けている。それだけで、セリルやディディは慄いて数歩後退るほどだ。さすがは、荒くれを相手にするギルド受付嬢ってところか。
「俺たち真珠石級なんだけど、それに見合った依頼ってありますか?」
「……少しお待ちを」
俺が受付嬢に、ランク石を見せながら問い掛ける。彼女は、一瞬片眉をピクリと反応させただけで、無難な対応を見せて帳簿を調べ始めた。
俺が掲示板ではなく受付嬢に直接問い合わせたのは、ここのギルドの依頼が多岐に亘っているからだ。種類が多過ぎると言って良いかも知れない。
しかもその内容は、もっぱら深緑石級前後だ。今の俺たちより1つ2つ上のランクを対象とした依頼じゃあ、俺達でも可能な依頼を探す方が面倒だからな。
それに彼女がおかしな反応をした理由は、俺たちの年齢だろう。見るからに少年少女の域を出ない俺たちがすでに真珠石級という事実に、流石の受付嬢も驚きを隠しきれなかったってところか。
「……そうですね。色々とご提示出来ますが、今はこの催しに参加してみては如何でしょうか?」
抑揚のない事務的な声で、彼女は1枚の紙……チラシを差し出してきた。俺がそれを手に取ると、左右後方下方、あらゆる所からマリーシェ達が覗き見してきた。近い近い近い。
「……美食コンテスト?」
「美食って……食べるあれやんなぁ?」
「ふむ……。この中で、調理に心得のある者は?」
「私には……無理だ……」
「当然、俺も無理だな」
「た……食べる方でしたらぁ……」
その紙には、派手にデカデカと「美食コンテスト開催のお知らせ」とあった。内容は至極単純、美味なる物を作って、主催者である「ボーヴァル=グルトン子爵」を満足させると言うものだった。
ボーヴァル=グルトン子爵は、この街の貴族の1人だ。美食家で名が知られていて、美味と珍味をこよなく愛している。……まぁその結果、当然とでも言おうか絵にかいたような肥満体だけどな。
審査結果は子爵を唸らせる料理を提供するってものなんだけど、あらゆる滋味珍味を口にしてきた子爵を満足させるってのは、ハッキリ言って要求が高いだろうな。しかも、毎回子爵の気分次第で傾向が変わるってんだから、料理人泣かせってのに間違いはない。
ただ参加は自由で、毎回多くの者たちが果敢に挑んでいる。報酬の高さも魅力的だから、腕自慢が料理を提供するのも頷ける話だよな。
「まぁなぁ……。野営食くらいなら作れるけど……」
「それで、子爵が満足するとは思えぬな」
「ま……間違っても、スークァヌの強壮料理は遠慮したいだろうな」
「あらぁ? ヨウ、あなたぁ、私の手料理が望みなのぉ?」
ってな具合で、俺たちの中には料理に関して抜きん出た者はいないんだよな。そんな状態で、それでも受付嬢が俺たちに参加を進めるって事は……。
「ったくよぉっ! 冒険者って言っても、こんな依頼もこなせないのかよぉっ!」
俺がマリーシェ達に真意を伝えようかとした時、ギルド内の喧騒を押し退けて一際デカい声が響いたんだ。その声に、俺たちだけじゃあなくその場に居合わせた冒険者たちが一斉に注目する。
その視線を集める先には、1人の若者が挑戦的な眼光を滾らせて周囲を伺っている。そいつは、荒くれ者どもから向けられる目線に動じた様子はない。ある意味で肝が据わってるんだろうけど……これは、単に怖いもの知らずってのと、冒険者って存在を勘違いしてる口だな。
「誰か、俺の要求に応えられる奴はいないのかよぉっ!」
刺すような視線を集めながら、その青年は益々周囲を煽る発言を繰り返していたんだ。
ギルドの中央にある開けた場所で、1人の若者が周囲の冒険者を挑発している。
あまり見ない光景ではあるが、彼が何を行っているのか、その場の冒険者たちは勿論、俺も分かっていたんだ。




