ペテン師の撃退
ナハブは、俺たちに仕事の話を持ち掛けて来た。
みんな、この話に興味津々だけど……上手い話には裏があるってのを忘れちゃならないんだけどな。
俺たちをチンピラから助けた……つもりでいるナハブは、持ち掛けてきた「仕事の話」をしだした。それに、マリーシェ達は随分と前向きに耳を傾けている。
「実は、この街の東の『スィスィア竜山』の麓に洞窟があってな。そこには、昔の盗賊どもが隠した財宝があるらしいんだ」
「財宝⁉」
何とも都合の良い設定と、旨すぎる話だ。冷静に聞いていれば、そんな調子の良い話が俺たちの様なレベルやランクの低い冒険者に回って来る筈がない。それでも、セリルなんかは目を輝かせて食いついている。……まぁ、これが普通の反応なんだろうなぁ。
グローイヤ達はと言えば、相変わらず話に乗る素振りさえ見せない。同じ卓に着いているのに、まるで赤の他人のように装っている。
よく見ると、それぞれにうさん臭そうなものを見る目つきと、小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。そりゃあ確かに、こんな文字通り〝子供だまし〟な話を持ち掛けるナハブにも、それに耳を貸しているマリーシェ達にも呆れるのは分かるけどな。
「その盗賊の財宝、なんで今頃発見されたんですか?」
このまま行きつくところまで話を聞いて、どんな提案を持ち掛けるのかは興味がある。恐らくは、想像通りの展開になるんだろうけどな。
セリルたちの為にも、少し危ない目にあった方が良いと言う事もある。決定的に取り返しのつかない目に合わなければ、次回に活かせる経験になるのは間違いないしな。
「いや、まぁ、なんだ。その洞窟は巧妙に隠されていて、財宝の存在は噂されていても入り口は発見されていなかったんだ。だから最近まで、この話は眉唾物だと半ば信じられていなかったんだ」
思うにこのナハブも、さっきの奴らよりはマシって程度で、実際は大した事はなさそうだ。ただしそれも、ある程度疑って掛かっている人物や、経験豊富な者から見れば……だけどな。
「なるほど。それをあなたが見つけたと言う訳ですか?」
でも、これ以上茶番に付き合うのも時間の無駄だ。本来とは違った流れをマリーシェ達に見せつけて、今後の自衛の手段を身に付けてもらうか。
「い……いや、俺じゃなくてな。そこを発見したって奴らから話が回ってきたんだ」
少し突いただけでこの動揺。まったくもって役者の才能はないな、こいつ。
「それで、何で俺たちに話が回って来るんです? その発見者たちと協力すれば、十分に事は足りるのでは?」
「そ……それは……だな……」
俺が悉く反論している様に、マリーシェとサリシュ、カミーラとバーバラは何かを察したみたいだ。ナハブを見る目に疑いが宿る。
「おいおい、アレク。こんな良い話を振ってくれる人に、あんまり失礼な言い方をするんじゃないぜ?」
もっとも、まだ気付いていない奴も存在している。セリルは、何をどう共感したのか知らないが、今のところは未だにナハブを信用しているみたいだ。
人ってやつは面白いもので、信じたい事は誰が何と言っても信じるし、信じないものはどれほど正論を並べても信じない。余程衝撃的な証拠でも見せつけなければ、目を覚ます事は無いだろう。
恐らくは財宝が齎す金銭的な欲望、それを発見した時の高揚感なんかを想像して、それが事実であって欲しいと言う願望に正常な思考が出来ていないんだろうな。
でもな、セリル。そんなある種の「英雄願望」は誰でも持ち合わせているだろうけど、そんなに簡単に手に入るような代物でもないんだよ。
「じゃあ何故、そんな大事な話を、今あったばかりで若輩の俺たちにしたんです?」
そんなセリルの疑問……と言うか、ナハブにとっての援護射撃を完全に無視して、俺はナハブに畳みかけた。一応セリルに気を使って、語調はさっきよりも柔らかくしてやったけど、内容は奴に詰め寄るものだ。
そもそも、大事な話を他者にすれば、それだけ話が広まり利益が薄まる可能性がある。だから大抵は、重要な情報は出来るだけ少ない人数で留めるものだ。ましてや、俺たちみたいな今あったばかりの大人数パーティにおいそれとして良い話じゃあない。
「そ……そりゃあ、お前たちが金に困ってるんじゃないかと心配して……」
「見ず知らずの俺たちの財布事情を見抜いた上で、その心配までしてくれていると? そりゃあ有難い話ですが、誰もそんな話なんてしていませんが?」
ここに至って、ナハブには反論する余裕さえなくなっていた。マリーシェ達は明らかに警戒感を露わとしているし、グローイヤ達は事の成り行きを面白そうに眺めている。ったく、良い見世物だ。
「お……おい、アレク……」
「因みに、俺たちはフィーアト領主と面識があり、全面的な支援を約束して貰えています。それでも、この話を続けますか?」
俺が手を緩めていないと察したセリルが口を挟もうとしたけど、俺はもうそれを許さなかった。セリルの感情を配慮してちゃあ、いつまでたっても終わらないからな。
俺は茶番を決定的に終わらせる為、セルマーニ公爵から賜った紋章入りのペンダントを見せつける様にテーブルの上に置いた。
何を言っているのか即座に理解出来なかっただろうナハブは、それを虚ろな目で眺めていたんだが。
「フ……フィーアト領主っ⁉」
ガタッとかなり大きな音を立て、椅子を倒しそうな勢いで立ち上がったナハブは、ようやく俺の言った意味を理解したみたいだ。
「人手が必要なら、公爵にお願いして手配出来ますよ? もちろん、その際は俺たちも手を貸します。公爵にその『盗賊の宝』を献上すれば、巨額の報奨を得られるように約束しますが……どうします?」
普通で考えれば、俺の提案は喉から手が出るほどの厚遇だ。どこの誰かも分からない、裏切るかも知れない者を雇うよりも、領主の助力を得られる方が良いに決まってるからな。
「い……いや、それは……」
それなのにナハブは、顔を青くして大量の汗をかいて、動揺と言うには余りにも取り乱した態度をとっている。これには、セリルも訝しんだ表情を浮かべていた。
「早速、公爵の元へ向かいますか? それとも、俺たちが公爵に話を持って行っても良いですよ? 場所は先ほど伺いましたから、現地で落ち合うと言う事でも構いませんが」
「い……いや、それには及ばない。どうやら君たちは、金銭的に困っている様子もないようだ。この話は、また別の者たちと取り組む事にするよ」
何とも苦しい良い訳だ。聞いてるこっちが恥ずかしくなる。
ただまぁ、これ以上追及すると逆劇を食らうか、この街での活動がやりにくくなる。俺としては、この〝切り札〟も出来れば出したくなかったんだけどな。街に噂が流れると、やっぱり動きにくくなるのは避けられないからな。
「そうですか。じゃあ、もしも人手が必要なら声を掛けて下さい。俺たちは、当分この街にいますので、同じような話を耳にすればすぐに駆け付けますから」
「あ……ああ、その時は頼むよ。じゃ……じゃあな」
情けない捨て台詞を吐いて、ナハブは逃げる様にこの場を後にした。そんな彼に声を掛ける者はなく、どこか呆れたような空気が流れていた。
「さ……さっきの話は……?」
ただ1人、茫然としていたセリルが、絞り出すように俺へ質問を投げかけた。いや、確認か。
「2人組のチンピラの話も、ナハブの話も俺たちを嵌める為の嘘だな。さらに言えば、もしかするとチンピラどもとナハブは結託していたかも知れないな」
俺がセリルに答えると、それを聞いて何人かは息を呑んだ反応を見せた。ナハブの話が嘘だった事は途中から看破していても、チンピラたちとナハブがグルだった思っていなかったみたいだ。
「最初の2人組が話を持ち掛ける。これで上手くいけば良しだし、ダメならば助ける態でナハブが登場し、声色を変えて擦り寄って来るって二段構えだったんだ」
「その……アレクは、どこからナハブが怪しいって思っていたの?」
俺の説明を聞いて、マリーシェがおずおずと質問してきた。見れば、サリシュもどこか小さくなっている。
この2人は出会った当初、まさにこれと同じような詐欺にあって危うく攫われる憂き目にあっていたんだ。そこを、たまたま俺が助けた訳だけどな。
そんな事件の当事者だった事もあって、かなり警戒していて然るべき、二度と同じ目に会いたくないって思いも強かっただろう。
そんな彼女たちに、俺は今後の事も考えて詳しく種明かしをする事にしたんだ。
ナハブを撃退して、沈んだ雰囲気となる一同。
まぁ、半ば信じていた人が実は詐欺師だったと考えれば、そりゃあショックも相当だろうな。
そして俺はマリーシェ達に、種明かしを説明する事にしたんだ。