大人の対応
団車の前で立ち止まりながら喋っていれば門番に訝しげな目を向けられてしまう。大通りから外れたところにあることも起因し、用事もなくこの場を訪れる者は居ない。この場に居る以上、守護団へ用事がある人物なのだが団舎を見上げては雑談を繰り広げている俺達がおかしい行動をしているのだ。
「おいお前たち。ここで何をしている」
不可思議な行動をしていれば門番に声をかけられるのも当然のことだった。詰め寄ってくる門番は守護団の団員のようでプランシーが付けていたものと似たようなデザインの鎧を着ている。攻撃性よりも防御に重きを置いたデザインの鎧は少しだけ動きにくそうだ。
「別に怪しいものじゃない」
「俺達はグランドさんに来るように言われて」
「団長に……?そのような話は聞いていないが」
「事前に連絡をしたわけじゃない。グランドさんから来るようにって言われたから来たんだ」
どうにも門番に話が通じなかった。俺たちが来ることが事前に通達されていなかったのである。連絡をしてから来なかった俺たちに問題があるため強く言うことはできないが、守護団にコネがないため連絡することもできなかったのだ。
「名前は?」
「ロージス・グレンバード」
「グレンバード?その名前は知っている。貴族の子息か?」
「一応」
「分かった。守護団の上の方へ伝えておく。後日伝達を送れるように住所を書いてくれ」
門番からは1枚の紙を渡される。なるべく早く報告するために休日を使って守護団へ来たのに何も達成できずに帰るのは嫌だった。ここに来るためには学園からも距離があり、何度も来ることが面倒に感じている。
「何とかならないか?」
「何とかとは?」
「俺達は学生だから時間に余裕がないんだ。ここに来るのも大変だし内容が内容だから早くグランドさんに報告したいんだよ」
「どんな内容だ?」
「多分機密情報。伝えることはできない。今日はグランドさんいないのか?」
「団長の所在は機密情報だ」
俺と門番は其々が伝えることのできる情報に限りがあり、話が全く進まない。門番は大声で怒鳴るような直情的なタイプではない。職務に忠実で決められた事を熟すタイプに見える。その反面融通が利かずに頑固そうな側面も持っていそうだ。この場でいくら話していても親展はなさそうだ。既にここでの会話に飽きている様子のリーナとヘイルは俺のそばから離れ、付近をウロウロしている。
「なあ、頼むよ。グランドさんに伝えてくれるだけでいいからさ」
「俺の一存では決められない。門番をやっている下っ端では団長と直接会話をする機会もない。報告書を上げることで要件を伝えるしかないんだよ。ロージスくんに用事があるのは分かったが、俺の立場も分かってくれ」
門番は俺のことを否定しているわけではなく、職務の中で出来ない事を要求されたから棄却しただけだった。出来ない理由を伝えられてしまっては無理強いすることも出来ない。俺達は守護団へ殴り込みに来たわけではなく、報告をしに来たのだ。
「今度は予め来る時を伝えてくれよ」
次がいつになるか分からないがその時には、門番のためにもアポイントを取ったほうがいいだろう。取り次いで貰えないのならこの場にいる理由はなくなってしまった。態々休日にここまで来てもらったヘイルには悪いが出直す事を伝えよう。
門番に言われたことを聞き入れ、その場から帰ろうとした時、団舎の扉が開き1人の団員が出てきた。
「何をしているんですか、騒々しい」
団舎の入り口へは距離があり、俺たちが話していた声は聞こえていないはず。門の外で揉め事が起きていると判断し様子を見に外に出てきたのだろう。人影はゆっくりと門へと近づいて来る。
「げっ」
俺の口から潰れたカエルのような声が出た。
「君は……ロージス・グレンバード?何をしに来たんですか」
団舎から出てきたのはプランシーだった。守護団の中でプランシー以外なら誰でも良かったのだが、唯一出会いたくなかった人物と遭遇してしまった。プランシーが相手だと門番がいくら取り付いてくれても門前払いを食らう可能性が高い。
門番は俺とプランシーを交互に見つめてから、姿勢を正し、敬礼の体勢をとってからプランシーに話しかける。
「プランシー殿。お疲れ様です」
「声が大きいですよ」
俺と話していた時とは比べ物にならない声量に俺は驚いてしまう。守護団の中では規律が厳しいと言うのは本当らしい。
「それで一体何をしていたのです?」
「此方の青年が団長へ用事があると言っておりまして。報告書を上げるため、今日はお引き取りを願っているところでした」
「用事?」
プランシーは俺の方に目を向け、言外に説明しろと促してくる。
「ほら、グランドさんにヘイルを連れて報告に来るように言われただろ?だから今日は来たんだ」
「アポイントメントくらいは取りなさい」
「守護団の連絡先なんて知らないし」
「方法は幾らでもあるでしょう」
「あー悪かった悪かった。取り敢えずグランドさんに会えないなら今日は帰るわ」
俺の中ではプランシーの評価は最悪であり、会話をすることすら疎ましく思ってしまう。明らかに年長者に対する態度ではないが、思い込んだ拒否感が態度に出てしまった。二度と会いたくないと思っていた相手に、遭遇してしまっただけでイライラが募ってしまう。プランシーが出てきた時点で追い返されることは確定したようなものなので悪罵を吐かれる前にこの場から退散しようとする。
「少し待ちなさい」
「あ?まだ何かあんのか?」
去ろうと背中を向けようとした時、プランシーから呼び止められる。俺の態度が悪いことを叱責しようとしているのだろうか。
「私が取り次ぎます。門番、この子たちを入れていいですよ」
「はっ」
プランシーの一言で門番は団舎への門を開ける。やりとりを聞いていたリーナとヘイルも俺の側へと近寄ってきた。
俺はその場に固まり、開いていく門を眺めていた。
「早く入りなさい」
プランシーは生徒会室で俺のことを睨みつけていたし、リーナのことを罵った。その経験から俺たちのことを毛嫌いしていると考えていた。今の俺の態度に対して特に諫言することもなく、表情一つ変えずに普通の対応をしてくれた。
「門の外で突っ立っていないでください」
「いいのかよ」
「何がです?」
「いや、プランシーは俺たちのこと嫌っていただろ。それを簡単に入れるなんて」
「勘違いしないでください。私たちはあの場が初対面。貴方達の事を嫌うほど何かを知っているわけではありません。あの場では売り言葉に買い言葉で発言をしてしまいましたが、別に嫌っているわけではありません。それに今回は団長から貴方達を呼び出したのです。ここで帰らせてしまっては逆に団長のお時間を取らせてしまうと判断したまでです」
プランシーが何を考えているのか俺には理解できなかった。生徒会室の一件では確かに俺たちのことを嫌っているように見えた。それが今では事務的対応とは言え嫌悪の感情は一切感じない。グランドからの説教が余程効いたのだろうか。
「あの時は何であんなに怒っていたんだ」
「団長への対応が無礼だったからです。それにそこのアーティファクトに喧嘩を売られましたからね。あの時は冷静さを欠いていました」
「自分で言うのもアレだけど今の俺もプランシーに対して相当態度が悪いぞ」
「自分で分かっているなら直しなさい。私に対しては別にいいですよ。誰かに敬われるような人間でもないですし」
後からキレたことに後悔することってあるよね




