思想
ヘイルに朝のことを伝えると二つ返事で了承してくれた。もう少し説得に時間がかかると思っていたが、
「強い方がいるのでしょう?」
の一言で快諾。戦闘ジャンキーは健在のようだ。共存派の集会は2週間後にあり、その間は暇な時間が多いからその間に守護団の団舎へと向かうことを約束した。
*
「へー。そんな事があったんすね」
以前と同じベンチ。今日は大口を開けてサンドイッチを食べていないケバルライと俺達は雑談を繰り広げていた。
「守護団がすごい人たちっていうのは知ってるけどすごいのは功績であって中の人はアレだったな」
「案外そういうものっすよ。組織のやっていることと個人の思想が違う、みたいな?」
「共存派もあるのか?」
「もちろんあるっす。最終的な目標は同じでも手段は色々あるってことっす。私はロージスさんやリーナさんと仲良くしていますが、共存派の中には自分はアーティファクトと関わりたくないって人もいるっす」
「なんでだ?共存するなら関わるほうがいいだろ?」
「私もそう思うっすけどその人にはその人の考え方があるみたいっす」
「ふーん」
共存派の中にもそれぞれの考えがあり、それが許されている。共通の目的のために集まった組織であって統率の取れている集団ではないのかもしれない。血の繋がった家族であってもそれぞれの思考は異なり、衝突することもある。それが見ず知らずの人間同士ならより顕著に表れるだろう。一つの目的のもとに集まっていても手段は千差万別だが、其々が自分の理想を抱いて活動しているから共存派は成り立っている。
「リーダーみたいな人っていないのか?まとめ上げる人がいるはずだろ」
「リーダーはいるっす。やっぱり世間的には思想が強い集団っすからね。まとめ上げて、過激な事をしないように管理する立場が必要なんすよ」
「規模はどのくらいなんだ?人数とか」
俺の質問攻めに対してケバルライは訝しげな表情をした。
「ロージスさん、何か探っているっすか?」
「何を?」
「急に興味を持ったことはいいっすけど、構成人数とかリーダーとかを聞いてくるのは何か共存派に付いて探っているのかなって。守護団との関わりも出来たみたいですし」
俺がケバルライの立場でも同じ事を思っていただろう。自分のことを敵視していた相手が手のひらを返し、じぶんが所属している組織に興味を持って内情を知りたがれば、守護団からの依頼で共存派を探っているように思われても仕方のないことだった。
その勘違いを正すためのカードを俺は持っていない。口頭で否定したとしても証拠が何もないのだ。守護団よりも共存派の考えの方が俺としては好みだから話を聞きたいだけなのだ。
「本当に興味があるだけなんだけどな」
「信じたいのは山々なんすけど、共存派も表立って活動している組織じゃないので怪しい人を連れて行くわけには……。勿論私はロージスさんのことを怪しいとかは思ってないっすよ」
「それはありがたい」
ケバルライは組織に所属する個人としての考えと、自分自身の考えを持っている。組織に洗脳のようなものをされて思想に囚われていないという証拠だ。その時点で共存派が比較的自由な思考のもと動いている組織ということが明確になっていき、俺はどんどんと惹かれていく。
アーティファクト如きと言ってきた守護団と、アーティファクトとの共存を目指す共存派ならばどちらが好意的かは火を見るより明らかだろう。
「俺としてはリーナを取り巻く状況を何とかしたい」
「私は気にしない」
「俺が生きていく上で気にするんだよ。リーナが否定的な目でばかり見られるのは嫌だからな。功績を挙げていくっていうのも一つの手だが、功績なんて転がっているものじゃない。共存派を見て何か参考にできるものがあればと思ってな」
「うーん。一応リーダーに聞いてみるっす」
ケバルライは一人で悩んでいても埒が明かないと判断し、上の者へと伝えることを選んだそうだ。共存派の集会に参加できれば重畳だが、参加できなかったとしても俺にデメリットはない。ここから先、俺ができる事は何もないためケバルライからの報告を待つばかりだ。最近は人に頼んで報告を待つことが多くなっている。俺自身が無闇矢鱈に動くことを内心では恐れているのかもしれない。
*
その週の学園が休みとなった日。俺とリーナ、そしてヘイルは守護団の団舎の前に立っていた。聳え立つのは大きな屋敷。グレンバードの実家よりも大きく見える建物の中からは剣戟の音が響いてくる。守護団の団舎は守護団の面々が一つの建物の中で生活しており、一つ屋根の下で訓練や生活をする事で統率を取れるようにしているらしい。
「それにしてもでけえ」
「国の重要機関ですからね。それ相応の格が必要なのでしょう。見窄らしい場所に住んでいたら、それだけで王都の住民から舐められてしまいます」
「そういうものなの?大事なのは中身」
「例えば国の王がオンボロの小屋に住んでいて、国民がいい家に住んでいたとします。そうなれば他国から見れば王は金が無い、つまり戦を仕掛けたら勝てると考えることができます。実際はそうでなくても他の国に舐められるというわけです。豪遊は問題ですが、お金を使うというのは自分の力の誇示に繋がります。それだけで意味があるのです」
貴族が必要以上にお金を使う理由に、民草からの支持を得るためというものがある。私腹を肥やすだけでは民からの顰蹙を買うが、領地のためになるのならば自分たちよりも格上の人という印象を抱かせることができる。自分の財力を誇示することが力の誇示につながり、反乱を防ぐことができるのだ。
「これに比べれば実家は小さいがあの領地の中では威厳を示せる程度にはデカかったぞ」
「よく覚えてない」
「おや?ロージスさんは領地を持っているほどの貴族家系なのですか?」
「言ってなかったか?」
「人の名前を覚えるのは苦手でして」
「興味がないだけだろ」




