知見を広める
「共存派の集会っていつあるんだ」
「お?ロージスさんも興味があるっすか?」
ケバルライは逸る心を抑えず、机から身を乗り出している。考えるよりも体が動くタイプというのは本人の弁から逸れてはいないようだ。俺も昔は考えるよりも動いたほうがいいと思っていた。リーナと契約をしたときも、考えるよりもリーナに一目ぼれをしたから動いたのだ。それ以降――リーナの契約者となり、強い力を得たことで直情的に動くことの危うさを知った。
「興味あるっていうか何も知らなきゃどう動くこともできないだろ」
「ふむ。知見を広げるって感じすか」
「俺のことは俺が決めたい。だからといって知りたいことを取捨選択するべきじゃないと思っている」
「いい考え方っす。私はそういう考えの方が好きっすよ」
友愛としての好意を伝えられたが、今までリーナ以外に直接好意を伝えられたことはなかった。その言葉の意味を理解し、頬が熱を帯びていくのが分かった。
自分でも感じられる火照りに横にいるリーナが気付かないはずがない。
「ロージスは私のもの」
「ははっ。ロージスさんは物ではないっすよ」
「そういうことじゃない。ケバルライにロージスはあげない」
「貰っても困るっす」
リーナはケバルライから伝えられた俺への好意を額面通り受け取ってしまったようだ。ヘイルに対しての対応とは違い、ケバルライには敵意を隠そうとしない。今のリーナのような俺に好意を向ける相手に対しての威嚇は久しぶりに見た。
初めの頃はシルキーに対しても敵意を向けていたが、シルキーが俺のことを治療し、リーナに対しても友好的に接していく内に棘が取れていったように感じていた。初対面の相手に対してのコミュニケーションは変化がなかった。
「俺も困るんだけど」
俺が口を挟まない状態で二人の会話は進んでいった。ケバルライからの友愛の情もリーナにとっては差異がわからない。だからこそ俺に伝えられた感情に反応したのだ。ケバルライは俺のことをいらないと言っているが、元より俺はケバルライの元に行くつもりもない。告白していないのに振られてしまったような感覚だ。
リーナからの意味不明な問い詰めに、苦笑いを浮かべながらケバルライは俺の方へと助けを求める目を向けてきた。俺が助ける義理はないが、今は共存派の集会について詳しい話を聞きたい。
「リーナ、落ち着いてくれ。本題に入れない」
「でもケバルライはロージスのこと好きって言ってた」
「リーナはヘイルのこと好きか?」
「好き」
「それは俺への感情と同じ言葉でも違うだろ?ケバルライの言ってるのはそういう事だ」
「そうっすよ。人格や考え方が嫌いじゃないっていう程度に考えてほしいっす」
「よく分からないけど本題に入れないことも分かる。ここは引き下がる」
「何でも良いがこの話はここで終わりだ」
共存派についてはケバルライしか頼れる相手はいない。ソロンは共存派に対していい感情を持っていなかった。ヘイルも共存派など興味がない。共存派という組織がどういうものかを知るためにはケバルライと親睦を深める必要もある。
「それで共存派の集会っていつあるんだ?」
「次はですね」
ケバルライは制服のポケットから一冊の手帳を取り出して中身を確認する。何枚か頁を捲ってから顔を上げて俺の質問に答えた。
「丁度2週間後にありますよ。もし来てもらえるのなら案内しますが」
敵地に赴くわけでもないが、一応ヘイルには相談しておこう。新しい場所に行く場合何が起こるか分からない。何かが起こってしまった時に対処をすることができる人員は多いに越したことはない。
2週間後という期間は俺が思っていたよりも長かった。共存派の活動内容を詳しくは知らないが、ソロンが厄介といっていたのを踏まえても頻繁な活動をしていると推測していた。学祭であるケバルライが参加できるのが2週間後という話の可能性もある。どちらにせよ俺がついていくとしても2週間後になりそうだ。
「分かった。全面的に考えに同意しているわけじゃないことは留意しておいてくれ。あくまで見学だ」
「大丈夫っすよ。無理な勧誘も壺を買わせたりもしないっす」
「胡散臭い新興宗教みたいなことはするなよ」
「だからしないっす!」
俺達が参加すると聞いてケバルライは気分が高揚したのか面々の笑みを浮かべて座っていた椅子から腰を浮かせていた。
「俺等が行くと共存派から何か褒美とか出るのか?」
「え?どういうことっすか?」
「いや、随分喜んでいるからさ」
ケバルライの喜びようは俺から見れば異常だった。アーティファクトと契約者など探せば少なくない数いると思うが俺達が参加することに喜びすぎだ。共存派から勧誘をすることで褒美が出るとしか考えられなかった。
「褒美とかそういうものはないっすよ。単純に共存派の考えに賛同したから入っているっす。入るも出るも自由。だから強制力みたいなものはないっすよ」
「それじゃどうしてそんなに喜んでいるの?」
リーナもケバルライの喜びようが疑問に感じたらしい。喜怒哀楽が激しくないリーナからすれば年相応の反応を見せるケバルライは新鮮に映るだろう。今まで関わってきた人たちは年齢に対して経験が多く、精神が成熟している者が多かった。リーナは素直な性格をしたケバルライに珍獣を見るような目を向けていた。
「やっぱり知っている人が一緒に来てくれると嬉しいっすよ。共存派の皆は優しいっすけど何となくひとりぼっちで。ひとりぼっちはとってもとっても寂しいっす!だからロージスさんたちが来てくれればうれしいっすよ」
「俺達は殆ど初対面だろ?」
「ロージスさん達からすればそうかもしれませんが私からすれば初対面には感じないっす」
少し落ち着いたのか、ケバルライは椅子に腰を下ろした。
「私はシェラタンさんに伝えるためにロージスさんたちのことを観察してたっす。その、皆からあまり良く思われていないことも知ってます。いつもふたりぼっちで過ごしている貴方達を見ていたら親近感が湧いてしまったっす」
「親近感?」
「私、こんな性格で庶民ですから浮いてるんすよ。友達?って言えるような人は居なくて知り合いや顔見知り程度の人しか学園には居ないっす。共存派の中でも学生は一握りで殆ど大人っす。気を使ってしまって……」
普段のケバルライを知らないが、平民のクラスでもこの性格は浮いてしまうらしい。王都にある学園は平民でも高水準の教育を受けられるためそれ相応の格が求められる。平民でも厳しい家庭だったり貴族の真似事をして育てられたりしているため、ケバルライのような性格は嫌煙されるのだろう。
「そういう理由でロージスさんたちには勝手に共感してたっす。自分語りは恥ずかしいっすね」
影の差した表情で語られてしまっては何をいうことも出来ない。
「ロージスのことは渡さないけどケバルライは悪い子じゃないよ」
気まずくなった雰囲気を打ち破ったのはリーナの空気を読まない一言だった。リーナは段々と人に歩み寄ろうとしている。実家から出た時は人を殺すことを何とも思わなかったリーナが学園で過ごす内に人のことをよく見るようになっていた。未だに感情については理解が乏しいが本人が頑張っていることは俺にも伝わってきた。
「そうだな。ケバルライの性格があったから俺は共存派を見てみたいと思ったのかもしれない。取り敢えず2週間後は頼むな」
「――はいっ」
ケバルライは夕日のような髪を靡かせて太陽を思わせる笑みを浮かべた。喜びの感情が表情に表れており、その顔がとても眩しかった。
これはテンプレ小説です




