厄介者
3日ぶりに生徒会室に入ると以前よりも書類の山が増え、ソロンの姿が隠れてしまうほどだった。夏休みの間に何かしらの仕事が溜まってしまったのか、バレットと共に余裕をなくした表情でペンを走る音が生徒会室に響く。生徒会室に入ったはいいものの、ソロンからの制止を受けて椅子に座ったまま待っている俺のリーナ。リーナはバレットから出されたお菓子を食べて居るが、俺は居心地の悪さを感じていた。
「あのさ」
「すまない。もう少し待ってくれ」
「それは良いんだけどさ」
痺れを切らして声を掛けるも再び制止を受け言葉を飲み込む。朝の内に授業がすべて終わったら生徒会室に来てくれと言われから急いで来たのだが、ソロンは俺達がすぐに来ることを想定していなかったみたいだ。予定も特にないため時間を気にすることはないが手持ち無沙汰になってしまった。
「ロージス」
「終わったのか?」
「まだだ。本題よりも先に、ヘイル・リズレットは連れてこなかったのか?」
「ヘイル?連れてきたほうがよかったか?」
「今回の件についてはどちらでも良いが、アーティファクトと契約者についてヘイル・リズレットの意見も聞きたい。時間が合うときに連れてきてくれ」
「声は掛けておくよ」
俺からの話だけではなく、ヘイルからも話を聞きたいというのは考えてみれば当たり前のことだった。この場にヘイルを連れてこなかった理由はケバルライについての事を話すと言われ、焦っていたことにより気が回らなかった俺の落ち度となる。リーナと契約をしている意識は強いが、ヘイルとの契約は自分の中でも嵌っていない。
初めて出会い、恋をした相手のリーナは俺の心のなかで大きな存在となり、行動指針にもなっている。それに対してヘイルは未だに友人という感覚が強いのだ。互いにある強くなりたいという意思が重なって契約できた筈だが、いまいちしっくりとは来ていなかった。
「よし」
ソロンは持っていたペンを置き、書類を目視で確認していた。積み上げられていた書類はそのままに、別の仕事をしていたようだ。多忙を極めていることは分かるのだが、この部屋に他の生徒会メンバーがいる所をみたことがなかった。
「他に生徒会のメンバーっていないのか?ソロンとバレットだけってことはないだろ」
「いるぞ。お前たちが来るタイミングは他の者に聞かせられない話をする場合があるから席を外してもらっている」
「あー。なるほどな」
先日にした朝の会話などは聞かれていたら俺も困る内容だった。予めソロンが人払いをしてくれていた結果、気兼ねなく話すことができたのだ。
「仕事も溜まってそうだし手短に頼むわ」
「それは私のセリフだろう。簡潔に言うがケバルライという生徒がクリエイトと関わりはなかった。少なくともケバルライがクリエイトと同じような活動をしている情報は入ってこなかった」
何故か少しだけ安心してしまった。ケバルライは共存派として動いている以上、クリエイトの方針とは真逆である。そのため、ソロンからの情報を聞くまではどちらかが間違っている情報だった。クリエイトとの関わりがないことが分かれば、ケバルライを共存派という側面だけで見てもいいだろう。
シェラタンのように正体を隠して接触してきた例もあり、今後も無いとは言い切れない。共存派を騙りケバルライに近づいたように共存派の中には忍び込んでいるクリエイトのメンバーがいないとも限らないのだ。
「分かった。俺もケバルライに接触したんだが、同じようなことを聞いた」
「二度手間だったか?」
「いや、本人から聞く情報だけじゃ信じ切ることが出来ない。他の人からの視点かあって初めてケバルライの言葉に聞く耳を持てる」
ソロンは書類を机の上に置き、俺のことをじっと見つめてくる。俺は自分の発言に問題があったかを思い返すが、いつも通りの会話で特に何もなかった。
「夏休みの一件で考え方が変わったか?」
そんな正鵠を得るような言葉が投げかけられた。
自分の至らなさが招いた事件を経験すれば、それを二度と起こさないように出来るだけ思考を巡らせるようになるのは必然である。思い浮かぶのはシルキーが最後に見せた顔。あの顔が脳裏に焼き付き、二度とあのような顔をする人が生まれないためにも俺は出来る事を全うしなければならない。格好をつける必要など何もなく、頼れる相手には頼り、相談して結論を出す。それが俺の意思とは違っても、相手が正しいと思えばそれに従う。自分が何でもできるなどという傲慢な考えは木っ端微塵に砕け散ったのだ。
「変わった、というよりも変えるしかなかった。俺が辛いのは勿論嫌だけど、関わった人が辛い顔をすることが耐えられない。多分俺は精神が強くない。辛い経験を重ねていけば何処かで折れてしまうと分かってる。だから必要以上に考えて自分も皆も納得できる結論を出せるようになりたい」
「ロージスは折れないよ。私がいる」
「ああ」
違うんだよリーナ。俺はリーナが思うほど強い人間じゃない。初めて人を殺してしまった時も精神が摩耗して壊れる寸前だった。シルキーの事は壊れる前に自分で自分を守り何とか耐えているだけなんだ。俺は折れてしまう。リーナがいくら支えてくれても、耐えられないものは耐えられない。
「ケバルライについてだが」
ソロンの一言で意識をこの場に移す。悩むのは自室で1人になってからと決めたのだ。ネガティブに悩んでいる時は新たな情報を仕入れても有効活用することが出来ない。
「共存派と関わりがあるらしい。これは少し厄介な情報だ」
「厄介?共存派ってやばい組織なのか?」
ケバルライから直接聞いた限りではアーティファクトの良い未来を作ろうとしている組織だった。ソロンは渋い顔をしながら俺の質問に答える。
「やばいが何を指すのかにもよるが。行っている事自体は非合法のものではない。誰かに危害を加えるわけでもなく、アーティファクトを解放しろとデモを起こすくらいだ」
「デモ?結構なことやってんな」
「言い方は強いが、まあ署名程度だ。国にすれば鎧袖一触であり気にするものじゃない」
「それじゃ何が厄介なんだよ」
「犯罪組織じゃないから国が潰せないんだよ。大きな力を付けて反逆を起こそうとした時には遅くなってしまう。その事を懸念しているらしい」
人間との共存を目指している人たちが国相手に戦いを挑むとは到底思えなかった。ケバルライの話を聞いても武器であるアーティファクトと人間の区別を無くして幸せに生きていきたいと言う思いは伝わっていた。国がアーティファクトを管理しているからといって武力を使うことはないはずだ。
「ソロンは共存派に付いて知っているのか?」
「親の関係でな」
ソロンは貴族であり、その親も貴族だ。国の中枢で働いている人らしく、国の大まかな動きや学園のことなど、将来を見据えて話し合ったりしていると過去に言っていた。
「俺はケバルライから直接聞いたけどそんな危ない組織じゃないと思ったぞ」
「私も。ケバルライはシェラタンに協力していた。でも騙されていた。それの良し悪しは置いておいて、悪い人間じゃなかった」
「私も共存派に付いて詳しく知っているわけではない。今言ったのも国の中の極一部が言っていると噂程度の話だ。一応少し思想が強い組織だから気をつけてくれ」
「わかった」
思想が強いとは思いが強いこと。ケバルライが何を考えて共存派にいるのかは知らないが、そこで活動しているということは何かしらの理念があるのだろう。知ろうとしないことは無知よりも罪である。俺は自分の目で見て感じた物を糧としていきたい。共存派という組織がソロンのいうような危ない組織かどうかは自分の目を通さないと分からない。
自分から悪い方向へ進んでいるのか、それが世界の意思なのか




