良いように使われた少女
「先にケバルライとシェラタンの関係が知りたい」
シェラタンの名前を聞くたびに、彼奴の起こした惨劇を思いだして体に力が入ってしまう。リーナはケバルライのことを一切信用していない様子で俺の手を握る力が弱まることはない。
「私とシェラタンさんの関係っすか?さっきも言った通り同志っす」
「クリエイトのことじゃないのか?」
「それが何かは本当に知らないっすよ」
「シェラタンと貴方が関わっている以上、私たちは貴方の言うことを信用することはできない」
リーナが強い口調でケバルライを責め立てる。ケバルライは何故自分が俺たちに悪感情を向けられているのか理解ができていない。それ故に動揺し、必要のないことまで喋ってしまった。
「共存派として――あっ」
「共存派?」
俺は聞き慣れない言葉に同じ音で聞き返してしまった。俺が知らないということはきっとリーナも知らない。共存派という組織の噂すらもどのような活動をしているのかさえ耳に入ってきたことはなかった。
「えっと、聞かなかったことには」
「無理。貴方の話を聞くからちゃんと話して」
リーナはケバルライに詰め寄る。その威圧感から一本ずつ後に下がっていくケバルライだったが廊下ということもあり、壁際に追い詰められて逃げることは叶わず、軽くため息をつき、逃げることが出来ないことを理解した。
「共存派っていうのはアーティファクトと人間が共存して生きていく事を推進している派閥っす」
「王国じゃ一緒に過ごしてるだろ」
「そういうことじゃないんすよ。アーティファクトは武器として人権が与えられているっす。それは武器だからに過ぎない。王国はアーティファクトを管理する名目で武器を利用しようとしているっす。アーティファクトが武器としてではなく、同じ人間として不自由なく暮らせるようにというのを信念に活動しているのが共存派。いわばアーティファクトの解放運動をしている組織と言えるっすね」
俺からすればリーナとヘイルの存在は普通の人と同じように感じていたはずだが、ケバルライの言葉を聞いて気付かされることがあった。ソロンと話していても、ソロンを対等な人間として会話しているとは微塵も思ったことはないがアーティファクトである彼女たちと話す時は武器ということを前提に人間のように会話をしていた。人間と同じ見た目で同じように生きる彼女たちを武器として見ることが出来ないのも、前提として武器である事が脳に焼き付いていたからだ。
共存派と呼ばれる組織の活動を目にしたことがないため、大きな活動はしていないのかもしれない。だが、俺の目標であるリーナと共に生きていきやすい世の中にすることを達成するためには賛同してしまう部分もあった。そこにシェラタンが関わっていなければ。
「シェラタンはそこで何をしていた?」
「正直知らないっす」
「は?どういうことだよ」
「私もシェラタンさんに頼まれた事をやっただけなので。何でもお偉い人と名乗っていましたが……」
シェラタンが共存派など腐ってもあり得ない。アーティファクトを奴隷のように扱い、私利私欲の為に契約をするような奴がアーティファクトとの共存を望んでいるはずがないのだ。本当に共存派ならばクリスを破壊などしなかっただろう。
「何を頼まれたんだ?」
「それっすよ。シェラタンさんとロージスさんたちがお話できたかなって私が確認しに来た理由っす」
「どういうこと?」
「何でもシェラタンさんが言うにはロージスさん達は契約者として素晴らしいのでお話をしたいから教えてほしいと頼まれたっす。どういう力を持っているのか、どういう容姿なのか、そんな内容を教えてほしいと。本人たちにはシェラタンさんから伝えるから隠れて調査してくれって」
「それでケバルライは……」
「共存派の未来のためと言われたらやらないわけにいかなかったっす。学園には何人か共存派は居ますけど私に白羽の矢が立ったのならやり遂げないと。諜報員みたいで楽しかったですし」
照れくさそうに頬を掻くケバルライに俺は呆然としていた。楽しかったとケバルライが言う諜報活動によってクリエイトが動くきっかけになってしまった。本人が知らなかったでは済まされないほどの被害が出ているのだ。
それと同時にケバルライはシェラタンに騙されていた。シェラタンの仲間ではなく、良いように使える駒の一つに過ぎなかったのだろう。ケバルライの制服を見ると貴族ではなく平民の制服を着ていた。選民志向のあるシェラタンは不要になれば排除をしても問題になりにくい平民の共存派に目を付け、俺たちの調査を依頼したのかもしれない。
「シェラタンさんはロージスさん達と夏休みの間にお話をするって言ってたっす。私、それが気になって気になって声をかけたのですが……話し合いが上手くいかなかったんすか?」
ここでケバルライに怒りをぶつけるのはお門違いだと分かっている。ケバルライが完全に被害者側であるのなら怒りを別の方法で発散させる事も出来たが、現状ではケバルライの発言でしか判断が出来ず、嘘を言っている可能性も零ではなかった。ソロンへ頼んだケバルライの調査結果を待つまでは白の可能性と黒の可能性が同時に存在している。
「上手くいかなかったってレベルじゃねーよ」
「そこまでシェラタンさんが嫌われるとは。共存派にロージスさん達が入ってくれれば私達も助かるのに」
「細かい所は話せないがシェラタンからは共存派には誘われなかった。共存派の存在を今知ったくらいだからな」
「その話に入る前に何かしでかしちゃったんすかね」
話にすらならなかった事は伝えない。ケバルライは自分の中で納得のいく筋道を立てていたからだ。否定して話が長くなり、不要なことを喋ってしまう前に話を切り上げたかった。
「えと、共存派の活動とかは今知ったってことっすよね」
「そうだぞ」
「どうです?共存派。ロージスさん達みたいにアーティファクトと共に生きていこうとしている人達を支援するのも私達の使命っす」
共存派の理念はロージスにとっては理想といえるものかもしれない。リーナはその髪色と瞳の色によって悪魔の子と忌み嫌われ、更にはアーティファクトという付加価値も付いている。アーティファクトとしての特別さが世間にとっての普通になれば、少しは生きやすくなるだろう。ケバルライがリーナのことを忌避の目で見ないように共存派の中にはリーナを1人の少女として見てくれる人がいるかもしれないのだ。
「悪くはないと思う」
「そうっすよね。機会があったらでいいので私達の活動をみてほしいっす。どうせバレてしまったのなら一度見てから判断してほしいっす。一応他言無用でお願いしたいっすけど」
二つ返事で了承することは出来ない。安易な行動が身を滅ぼす事を経験した俺は、答えを先延ばしにしなければ自分自身で納得の行く答えが出せないようになっていた。
ケバルライには「機会があればな」と一言だけ伝え、俺とリーナは廊下を突き進む。その場に残されたケバルライも俺たちとは別の方向へと足を進めていった。




