ケバルライ
教室へと向かうためにリーナと廊下を歩く。生徒会室で事件のことを話したからか足取りは重く、前に進んでいるにも関わらず、目的地が遠のいていく感覚があった。
リーナはロージスの前に立ち塞がり、顔を覗き込むようにして話しかけてきた。
「ロージス、大丈夫?」
「悪い。心配かけたな」
「やっぱりシルキーの事気にしてるんだよね」
「忘れることなんて出来ないからな」
「もうシルキーはここには居ない。ロージスはロージスなりに頑張らないと」
「分かってるさ」
意味のない虚勢を張った。リーナの言っていることが額面通り理解はできても心には入ってこない。
俺なりにってなんだ。
俺が自分の意志で動いた結果、あの事件が起きてしまったのだ。シルキーが居ないことも俺のせいだ。リーナは俺のことを理解しようとしてくれているが、人間のことを理解しているわけではない。このことに関してはいくら話し合っても分かり合うことはできなかった。武器と人間の考え方の違いが確かに存在していたのだ。
歩いていた廊下の後ろから誰かの走る足音がなっている。急ぐ生徒の邪魔にならないように廊下の端に避けるとその姿は段々と近付いてくる。遠くからでも分かるほど、その生徒は俺のことをしっかりと見ていた。
近くに来れば女子生徒だと言うことが分かった。その姿は落ちていく夕日のような髪色と合わせたような瞳。綺麗な髪は肩口で揃えられ快活そうな印象を受ける。走る姿が様になっていることからも運動が得意なのだろう。
女子生徒は俺のことを目標に定めながら近付いてくる。そして俺の前に止まると、息を整えてから話し始めた。
「ロージスさん。はじめましてっす」
「お、おう」
目の前にいる女子生徒のことを初めてみた俺は馴れ馴れしく話しかけてくる女子生徒に気後れしていた。俺が忘れているわけでもなく、完全なる初対面だった。
「ロージス、誰?」
俺の服を掴んで引っ張るリーナ。その目は訝しむ様子とともに、自分の知らないところで女と仲良くなっているロージスに対しての怒りも見て取れる。俺は何もしていないのに必死に弁解する。
「いや知らん。まじで初対面なんだって。なあ?お前と話すのは初めてだよな」
「はい。私とロージスさんが顔を合わせて話すのは初めてっす」
「ほら。初めて会うんだよ。だからそんなに怒るなって」
「怒ってない。気になっただけ」
女子生徒と共に初対面ということをリーナに伝えたが、服から手は離さずに顔を見つめてくる。俺の表情の動きから嘘を判断するのは辞めてほしかった。
それにしても目の前にいる女子生徒は一体何者なのだろうか。この学園にいる生徒の殆どはリーナを忌避の目で見て避けている。態々俺たちに話しかける存在など夏休み前には居なかった。唯一の存在も既にこの学園からは居なくなってしまっている。
「えっと、君は誰?」
初対面でお前と呼ぶこともできず、気障な人のような言い回しになってしまった。
「私っすか?」
他に誰がいると目で訴える。女子生徒は花が咲くように笑みを浮かべてから自己紹介を始めた。
「私の名前はケバルライ・サビクっす。よろしくお願いします」
「ケバルライ……っ」
その名前を聞いた瞬間体に力が入る。リーナも同じ様子で俺の手に触れ、いつでも武器化できるような体勢をとった。ソロンたちが調べてくれた内容を聞こうと思っていたが、相手から接触してくる事は想定外だった。忍びながら情報収集をしていた相手のため、直接的に関わってくる可能性を考えていなかったのだ。考えが足りていなかった自分に腹が立つ。シルキーのことから何一つ成長していない。
「え、なんすか?怖い顔しないでくださいっす」
「お前……何しに来た……」
「本当になんなんすか。私何もしてないっすよ」
警戒態勢を緩めずにケバルライを下から上まで観察する。ケバルライは学園指定の制服を着て、両手を胸の前に持ってきて無害をアピールしていた。
付近には人の姿は見えない。少なくともこの場で攻撃してくるような意志は見られないが少しの可能性があるのならば警戒を解く理由にはならなかった。
無言で見つめ続ける俺たちの行動が本当に疑問なのかケバルライは怯えながらも震える声で質問をしてきた。
「えっと、私何かしてしまったっすか?」
「お前の事は聞いている。何をしに来た」
「何をしに来たって話をしにきただけっすよ……。そんなに怖い目で見られる覚えは全くないっす」
ロージスから目を逸らして目線を床に向けるケバルライ。こいつのせいで俺たちの情報がクリエイトに流れた。俺自身の判断の甘さが結果を作ったとは言え、こいつが元々の原因を作ったと言っても過言ではない。
その事を知らないような素振りで俺たちに関わってくるケバルライに酷く苛ついていた。思惑も分からず、こいつをクリエイトの関係者として国に突き出してしまおうとも考えた。しかし、今後の俺たちを取り巻く事件を考えると直ぐに国に突き出さずにケバルライから情報を得る必要があるだろう。
「お前は何者だ?クリエイトの関係者だろ」
俺の質問に対し、ケバルライは疑問を浮かべる。
「先ほど紹介した通り私はケバルライっす。えっと、それで、クリエイトの関係者ってどういうことっすか?クリエイトなんて知らないんですけど」
「は?お前が――」
「ケバルライっす」
「……ケバルライがシェラタンの仲間じゃねーのかよ」
「仲間といえば仲間っす!シェラタンさんは同じ志を持った人って言ったほうが正しいかも」
どうにも俺が伝えたいこととケバルライの回答は噛み合わない。シェラタンやクリエイトがやっていたことを知っていて尚、この反応をしているのならば根っからの狂気を備えているだろう。目の前に映る少女がそれほど悪人には見えなかったのだ。
「何を聞きに来たんだ」
声を掛けていた理由を問う。ケバルライからは直接的な悪意を感じない。そればかりか、俺の隣にはリーナが居るというのにリーナを忌避する気配もしないのだ。クリエイトの活動理由はアーティファクトを破壊すること。それはアーティファクトに対して強い怨嗟の感情があることに他ならない。クリエイトの活動方針とケバルライの雰囲気が合致しないことに俺は頭を悩ませていた。
「そうでした。さっきもシェラタンさんのお話が出ましたが、ロージスさんは夏休みの間にシェラタンさんとお話出来たっすか?」
ただケバルライとシェラタンが繋がっていたことは紛れもない事実だった。
ヒントへびつかい座




