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その武器に何を思う  作者: 人鳥迂回


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脳裏に焼き付いて離れない

 シルキーの件が終わってからというもの俺は何事も手につかなくなっていた。修行もあの日以降行っていない。初日こそいつものようにヘイルの元へと向かったが「そのような状態では力がつきません」と一蹴されてしまい、それ以降は裏の森にヘイルが現れることはなくなった。

 自室に閉じこもっているわけではなく、リーナと一緒に学園の中を散歩したりもしたが時間が経てば経つほど脳裏に浮かぶのは俺の頬を叩いたシルキーの顔だった。その時よりも鮮明に思い浮かぶ顔は俺に対しての憎悪に塗れていた。


 微かな期待を胸に保健室へと向かったこともある。しかし、保健室の鍵は開いておらず中に人が居ないことを暗に示していた。ヘイルもリーナもシルキーの姿は一切見ておらず、本当に学園へ来なくなってしまった。もしかしたら既に王都には居ないのかもしれない。


 学園の外に行けばまた危険に遭遇する可能性があり、なるべく学園内で過ごすもののやることはなく自室に籠もることが多くなる。必然的に俺の部屋が集会場となり、ヘイルとリーナが俺の部屋に来ることが多くなった。寮母のエリスさんには「学生としての節度を守るように」と念を押されたが、想像するような甘い事は一切起こっていなかった。


「ロージス。調子はどう」


「どうも何も、別に調子悪くはねーよ」


「あ、うん。そうだよね」


 リーナは俺の調子が悪いと考えて毎日のように聞いてくる。本当に身体の調子が悪いわけではなく、ふとした時に後悔に苛まれシルキーの顔が浮かんでしまうだけなのだ。その事もリーナには説明したのだが本質的な理解は出来て居ないようだった。


「ロージスさんは調子を崩しているわけではなくて悩むことでいつもの思考に別の思考が入り、行動が重くなっているんですよ」


 それに対し、リーナよりも俺の感覚を理解してくれているのはヘイルだった。人と長く関わっていたからなのかヘイルは人間のことを理解している節がある。そのうえで冷酷な性格をしているのだと話したことで分かった。

 

 ただ自分の中の正義を突き通す。悪を正すことが自分の正義だと。その正義が誰かの悪となった時に、自分を討って貰うことを喜びとしているらしい。アーティファクトとして生きていることが虚無となり、何か信念を持たなければ朽ちた木のようになってしまうと感じたとヘイルは言っていった。

 その虚無を俺が解消することができれば考えが変わるかもしれないとヘイルは言ってきたが人の人生を簡単に変えることなど出来ないことを俺は知っている。


「言いたいことは分かる。でも分からない。シルキーのことは私もショック。それでも私たちの人生は私たちのもの」


「ですから、人間にとってはそう単純な話ではないんですよ。私たちは武器ですからひとつの存在として生きていくことができますが人間というのは他者の存在ありきで生きて行けるもの。他者からの否定というのは応えるものなのです」


「分かるようで分からない」


 ヘイルの説明もリーナには理解できないようだった。リーナは俺以外の人間と関わる機会がほとんど無かった。その結果が今のように人の感情が理解できない事に繋がっている。

 その点ヘイルは人から剣術を習ったこともあって人との関わりは最低限持っていた。もしかしたら剣の師が色々と教えてくれていたのかもしれない。


「リーナには理解できないかも知れない」


「そんな寂しいこと言わないで。ロージスのこと全部知りたい」


「そう言われても感情の話だからな……」


 そのようなことが数日に1回は俺の部屋で繰り広げられていた。修行はなくとも契約者と2つのアーティファクトという異例の状態の俺たちは一緒に行動することが増えていった。

 修行もせず無為に時間を過ごし、シルキーの事が風化していくのをただただ待ちながら夏休みの終わりを迎えたのだ。



「まあそんな簡単に切り替えられねーよな」


 俺しか居ない自室でシルキーに叩かれた頬を触る。そこに痛みはないが、あの時の衝撃は忘れることが出来ない。脳裏にこびり付いたシルキーの声とその顔は剥がれ落ちないサビのように心を曇らせていた。


「夏休み、終わっちまったな」


 暑い日差しは未だに外を照らし、静かだった学園の中も喧騒を取り戻していた。俺たち以外は何事もない夏休みを過ごしていたのかもしれない。それが羨ましくもあり、妬ましくもあった。

 学園に行ったらまずソロン達に報告しなければならない。クリエイトのこと、シェラタンの事、そして俺が2振りのアーティファクトと契約できたこと。話すことは山積みだ。

 ソロンがシェラタンと繋がりがあり、クリエイトの関係者疑惑があったのなら悩むことは多かったかもしれないがケバルライという者が関係者と分かった以上、ソロンと話すことは状況を整理してもらうためにも適当なことだろう。


「クソッ。とりあえず生徒会室に行くか」


 俺は自室を出て学園に向かう。目指すは生徒会室。保健室に行く理由はもう何もない。



「おはようロージス」


「おはよう」


 男子寮から少し離れたところでリーナはひとりで待っていた。夏休みが明けたとしても忌避の目は変わらない。久しぶりに感じるその目線に懐かしさをも覚えていた。


「ヘイルは?一緒じゃないのか?」


「学園では今まで通りだって。契約していることもアーティファクトだって言うこともあまり知られたくないみたい」


「ソロンに説明しようとしたけどどうするだ?」


「それは良いって。今の話を聞いた上でのロージスの判断に任せるってヘイルは言ってた」


 その言葉に俺は苦笑いを浮かべる。俺の判断で一大事に陥ったのにも関わらず、ヘイルはまだ俺の判断に任せると言ったのだ。

 ヘイルという存在と少なからず付き合ってきたから分かることだがあいつは態と俺に対してプレッシャーになる言い回しをしている。真意は分からないがただの嫌がらせではないと信じたい。


「ソロン達にはちゃんと話しておきたい。口外しないように言っておけば大丈夫だろ」


「バレットもソロンも口は堅いはず。今から行くの?」


「ああ。時間が経てば「なぜ早く報告をしなかった?」って怒る姿が目に浮かぶからな」


「ソロンは言いそう」


 リーナは小さく笑いながら会話を続けてくれる。笑顔が浮かぶような会話をしていても、その影で苦しんでいるであろうシルキーの事が脳裏に浮かび俺の心に影を差すのであった。


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