なんでなんでなんで
シルキーの去りゆく背中をただ見つめることしか出来ない。俺は他人の人生に関わる何かを背負うことがこれほど大きな事だと分かっていなかった。
破壊されたクリスを見た時、どうしても自分のことのようには思えなかったのだ。シルキーの反応の意味は分かった。きっと俺でもそうなるだろう。それでも自分の身に降りかかったことのない不幸には共感することが出来なかった。
シルキーは覚束ない足取りで進んでいく。シルキーは学園を辞めて何処か遠くへ行くと言っていた。
もう二度とシルキーには会えないかもしれない。それを寂しいと思う気持ちの半面、もう合わなくて良いことに安堵している自分に腹が立つ。自分の不甲斐なさを、自分の驕りを、過去のものにするために、もう会わなくていいことを期待してしまっている。
「追わないのですか?」
ヘイルに声をかけられる。
「追って、どうしろっていうんだよ」
――出会わなければよかった――。
そんな言葉を言われたのは生まれて初めてだった。学園では何ヶ月も仲良く過ごしていたシルキーとたったの数時間で関係は崩壊した。楽しかった思い出も何もかも崩れ去り、最悪な形で終わりを迎えたのだ。
「後悔しませんか?」
ヘイルは2度も俺にシルキーを追わないのかを聞いてくる。答えは何度聞かれても同じだ。今の俺がシルキーを追ったところで何も変わらない。掛ける言葉ひとつ思い浮かばないのだ。
「なんでこうなったんだろうな。畜生……。楽観的すぎた。物語のヒーローみたいにピンチを救って、シルキーとクリスを救い出してまたみんなで学園生活に戻れるなんて軽く夢を見ていた」
「理想と現実の乖離ですね。その甘い考えはロージスさんをどんどんと死に至らせますよ」
「分かってる。いや、ちゃんと理解していないのかもしれない。心の何処かでまだシルキーはクリスとの事に心の整理がついたら俺たちと会ってくれるかもなんて理想を持ってるんだ……」
「ロージス……」
そんな未来は訪れることはない。
「シルキーはクリスを失い、俺たちはシェラタンを殺し、ハマルを破壊した。結局何も残らなかった。無事に帰ってこれたのは俺たちだけだ」
俺が失ったものはシルキーという存在だけ。たった3ヶ月間の付き合いしか無い友達を失った、それだけだった。俺を癒してくれて、リーナのことを無碍に扱うことのなかった数少ない友人。その友人と完全な決別を持って今回の事件は終わったのだ。
「ま、ここから先はリーナさんの仕事でしょう。私は帰りますね」
「ヘイル。衛兵に連絡しないの?」
「ここはアルフェルグと名乗った老人の言う通りすぐに破棄されるでしょう。私たちも早くでないと巻き込まれるかもしれませんし、衛兵が来るころには綺麗さっぱりかもしれません。それにもう殺してしまったのです。あんな地下の死体など態々報告せずともクリエイト自ら処理してくれますよ」
「そう」
ヘイルはリーナと何度か言葉をかわすとバーを出ていった。その後を追うように俺とリーナもバーを出て、俺たちとヘイルは別の方向へと進んでいく。
来る時は4人だった道も帰りは俺とリーナだけ。ふたりの間に会話はない。リーナは何度か話しかけようとしてくれているが、内容が思いつかないのか口を噤んでいる。
「(なんでなんでなんでなんで)」
リーナの力に驕りを持っていた。ヘイルと少し修行をしただけでクリエイトをどうにか出来ると思っていた。全て俺の甘さと慢心が招いたことだった。
あの時どうすればよかったという今となっては意味のない妄想が頭の中に広がっていく。その度に現実の結末を思い出して口が渇く。誰も俺のことを助けてはくれない。リーナに相談しても答えは絶対に出ないのだ。
「ロージス」
俺の手を掴んで歩みを止めるリーナ。その手から感じる体温はヘイルとは違い暖かい。
「なんだよ」
「今日のこと。今日までのこと。ちゃんと話そう。今のロージスからは嫌な感じがする」
「嫌な感じってなんだ」
「ひとりで思い詰めて悪いほうに進んでいく――前と同じ」
リーナの指摘は真っ当なものだった。しかし、今回のことはリーナもヘイルも、シルキーも関係ない。俺が指示を出してそれに皆が従った結果起こってしまった結末。それをひとりで悩まないでどうすると言うんだ。
前の時は悩んでいたことがリーナとの関係性だった。だからこそふたりで話し合うことで解決できたのだ。でも今回は違う。
「ああ。そうだな。話そう」
俺はリーナに小さな嘘をついた。互いに嘘はつかないと言う約束を破ってまで。
この期に及んで自分の身可愛さでつく小さな嘘。自分の後悔を隠し、前に進もうとするための嘘だ。
その後悔は俺の身体を常に引っ張り続け前に進むことを拒むだろう。今の俺の脳内にはシルキーの最後の言葉が反響して消えてくれない。
出会わなければよかった。言われた時にはショックを受けたが今の俺はその言葉をそっくりそのまま自分へと言ってやりたかった。
シルキーと出会わなければ彼女を泣かせることはなかったし、彼女は大切なものを失うことはなかった。俺が居たからシルキーは苦しむことになった。
俺たちはクリエイトという組織に目をつけられてしまっただろう。シェラタンが戻ってこないことで俺たちが何かをしたことは明白だ。今後も狙われる可能性がある以上、誰かと必要以上に関わることを避けるべきかもしれない。
リーナとヘイルは別として、ソロンやバレットを巻き込むわけにはいかない。シルキーと同じような思いを誰かにさせて、再び出会わなければよかったと言われたくなかった。
「ロージス。シルキーは大丈夫だよね」
リーナは手を繋いだまま俺の横にたった。心配そうに俺の表情を覗き込む。過度な心配をされるほど俺の表情が優れないのか、リーナは必死になって話題を提供してきた。
「分からない。何も分からない」
「遠くに行くって言ってた。学園を卒業したらシルキーに会いに行こ?会ってもらえないかもしれないけど、それでも少しの間友達だったんだからきっと――」
「分からないって!」
大きな声を出すつもりは無かった。それでもリーナの言葉に反応するように怒声が口から出る。周りを歩いている人も何事かと俺たちの方を見てきたが気にする余裕はなかった。
「……ごめん」
「リーナは」
――きっとアーティファクトだから。まだ人間の事をよく知らないから人がどんなふうに悩んでいるのか、何が辛いのか分からないんだ――そんな言葉が口から出そうになった。そんな事を思う俺自身のことも分からなくなった。リーナに限らずアーティファクトは人と同じようなものだと思っているし、リーナと生きていきたいと思っていることも確かだ。
それなのに今口に出そうとしていた言葉は、その感情を否定するようなものだった。脳がリミッターをかけて言葉にしなくてするだのはただの偶然に過ぎなかった。
「なに?」
「いや。何でもない。怒鳴って悪かった」
俺は誰に、何を、どこまで、隠し続けて生きていけばいいのだろう。
ロージスくんの感情。
シルキーに言われた言葉が辛い。
自分の楽観的な感情から来た悲劇が辛い。
自分のせいだとシルキーに言われたことがリフレインしていて、それを誰かに話すことも辛い。
ただ只管にその感情をどうにかしようとしても隙間からこぼれ落ちてロージスをじっと見つめてくる。それを見て見ぬふりして生きるしかないのかと悩んでいる。
つまりは可哀想な男なんだよロージスくん。結局ロージスくんのメンタルは強くなってない。この先もどんどんいろんな物を失っていくだろうね。
リーナと出会ったばっかりに




