それぞれの信念は
死にました
転がるシェラタンの頭部は驚愕と困惑に満ちていた。俺が国に引き渡すと宣言した以上、殺されることはないと高を括っていたのかもしれない。
実際に俺は殺すつもりなど毛頭なかったし、反抗されない限り追撃を仕掛けるつもりも無かった。
シェラタンを殺したのも、ハマルを破壊したのも完全なるヘイルの独断である。
「何やってんだよ、ヘイル」
「何って黙らせておいただけですよ。ロージスさんが仰った通りに」
「俺は殺せなんて言ってない!」
「何をそんなに怒っているのです?」
ヘイルは血のついた剣を一振して血を吹き飛ばす。そして鞘に戻すと此方へと歩いてきた。人を殺したとは思えないほど表情の変化はなくいつも通りすぎるぐらいだった。
思い出すのは王都に来てすぐにアーティファクトを燃やしたリーナのこと。あの時は何が駄目で何が良いのか、人間としての常識を知らなかったリーナ。人を殺すことを何とも思っていなかった。
ヘイルからはその時のリーナと同じ雰囲気を感じていた。
「なんで殺したんだ」
「シェラタンは悪。悪は滅しても構わないのです。それにあのまま王都に連れて行っても面倒なことになりますよ」
「面倒なこと?」
「ロージスさんは考え足らずですね。クリエイトという非合法な組織が王都に入り込んでいる、これはつまり王都の上の方に繋がりがある可能性があります。あくまで憶測です。シェラタンを王都に引き渡した時、私たちの何かしらの情報がそのまま伝わってしまう可能性がひとつ。シェラタンが釈放されてしまう可能性がひとつ。可能性を考慮した結果、ここで殺すのが正しいでしょう」
ヘイルの説明にも納得ができるところはあった。
それでも俺の感情として自分の知り合い――契約した相棒になる人物が人を殺して平然としているのを看過できなかった。
「それでも殺す理由は無かったはずだ」
「ありますよ。シェラタンが悪。この場合はそれを裁くのが正義。正義を執行したまでです」
「殺したら……どっちも同じだろ……」
「そうですよ。人を殺したら同じ穴の狢です。私にとっての正義はロージスさんから見たら悪に見えるのかもしれません。それはシェラタンも同じ。彼は自分の行動を正義だと思ってやっていた確信犯なのです」
ヘイルは自分がやったことが、端から見れば悪しき行動ということを分かっている。それでも自分の正義のために剣を振るっていた。そこに他人からの視線など関係なく、自分の中の芯を通せれば他は関係ないようだ。
「……ハマルは?シェラタンに使われてただけだろ?なんで壊したんだよ」
シェラタンの死体付近に散乱しているハマルの残骸。クリスが半分になっただけで死んでしまった事を考えるとハマルが生きている可能性はない。
「クリエイトという悪の組織に使われていたアーティファクトを国が律儀に保護すると思いますか?殺されることはなくとも良くて幽閉、最悪の場合何かしらの兵器利用。上層部にクリエイトの関係者がいれば再びクリエイトのアーティファクトになるかもしれませんね。どの結果を辿ってもハマルさんが幸せになる未来なんてありません。ここで命を摘み取ってあげるのが優しさでしょう」
ヘイルの考えには違和感がある。ヘイルは自分の中の考えを信じて疑わない。少しでも最悪の可能性があるのなら早々に対処する、それがヘイルの考えなのだ。考えすぎと一蹴するには事が起こりすぎた。
シェラタンもハマルも俺たちからしたら敵だった。それでもひとりの人間としてこの世界を生きていたのだ。自分勝手な妄想で殺して言いはずがない。
「それでも――」
「ああ。言い忘れてましたが」
ヘイルはしゃがみ込んでいる俺の目線の高さまで腰を下ろし、顔を近づけてくる。端正な顔立ちが眼前に広がり、顔を背けようとした時、頬に両手を添えられて顔を固定され、ヘイルから物理的に目を離せないようにされた。
「ロージスさんは私の契約者になりました。つまり私の罪は貴方の罪。一緒に背負っていきましょうね――ロージスさん」
いつものようなヘイルの微笑み。それがとても怖かった。シェラタンと相対した時とは違う怖さ。
ヘイルがシェラタンとハマルを殺したことが俺の罪になるなんて言われても理解が出来なかった。やったのはヘイルで、独断行動をしただけだ。アーティファクトが罪を犯した時、契約者が罰せられる話も聞いたことはない。
「そんな法律はない」
シルキーの面倒をみていたリーナが俺とヘイルを引き剥がすように間に入ってきた。
「ヘイルのそれは自分勝手。やったことをロージスに押し付けないで」
「勘違いさせてしまいましたか。私がやったことは私の罪です。ですがこれから私を使う以上、共犯者になってしまうと伝えたかったのです」
「どういうこと?」
「良くも悪くも契約者とアーティファクトは一心同体です。私が犯した罪の責任はロージスさんにも来る事は言うまでもありません。それこそシェラタンを殺したのは私ですが仲間が復讐に来るとしたら私個人を対象にしますか?契約していると知ったらロージスさんにも被害が及びます。私が言っているのはそういうことです」
あの場では他に方法が無かったとはいえ、ヘイルと契約したことを後悔し始めていた。リーナも出会った頃は精神的に危なかったがヘイルも同じくらい危うい。
一緒に修行をしている時は剣の話が主で人間性が出るような会話は殆してこなかった。唯一思い浮かぶのは強さの話をした時だけだった。俺のなりたい強さの話をした時に急に冷めた目になったヘイルのことが脳裏によぎる。
「なあ」
「なんですか?」
「ヘイルって俺を強くするために目的があるって言ってたよな。それってなんなんだよ」
俺の修行に付き合う時、ヘイルにも利益があると言っていた。数ヶ月修行をしてきても俺が強くなることでヘイルに利益があるとは思えなかった。最初から俺と契約をして使ってもらうために修行に付き合ってくれたとも考えにくい。
「殺してもらうんですよ」
「誰を?」
「私を」
返ってきた答えは俺の予想していたものとは遥かに違い、シェラタンを殺した奴から出てくる言葉とは思えなかった。
「別に死にたいわけじゃないんです。アーティファクトって人と違ってなんというか虚無なんですよ。だから生を終わらせたい。でも自分から死に行くのは何となく癪じゃないですか。だから全力で戦って壊してもらいたかったんですよ。ロージスさんは期待外れですがリーナさんの強さなら私を壊せるかなと思いまして」
「……契約したからにはそんな事は出来ない」
「それは誤算ですね。まあぼちぼち考えますよ」
話した内容の割にはあっけらかんとした表情をしたヘイル。リーナの表情も変わってはいないが何か思うところがあるのかもしれない。リーナも俺と出会うまでは何も考えず、何も感じずに過ごしていた。悪魔の子と人々に石を投げられながら。
俺と出会うことが無かったらリーナも死にたくなっていたのかもしれない。ヘイルの姿は俺が居なかった時のリーナの未来。
「アーティファクトとしての生が虚無だから死にたいんだよな」
「ええ」
「なら、虚無じゃなくなれば死にたいと思わなくなる可能性もあるんだな」
「……可能性はゼロじゃありませんね」
「うぁ……」
俺とヘイルが話している最中、今まで声を上げてこなかったシルキーが何かを呟いた。
ヘイルの事が衝撃だったせいで思考から外れていたが今はシルキーの事を第一に考えて行動するべきだったのだ。
「シルキー?大丈夫か?」
「駄目です。大丈夫ではありません。逆に大丈夫に見えますか?クリスちゃんが壊されて、何がどう大丈夫だって言うんですか!」
堰を切らしたようにシルキーは俺を怒鳴りつける。




