薄氷
リーナの時と同じくヘイルと俺は手を合わせる。
初めてリーナと契約した時とは違い、理由は分からないが既にヘイルとは繋がっているような感覚がある。
「もしやロージスくんは打つ手無しで二重契約に踏み切ろうとしているのですか?」
「二重契約?」
俺とヘイルをみたシェラタンは疑問を投げかけてくる。
二重契約という言葉自体を初めて聞いた。おそらく2つのアーティファクトと同時に契約することだろう。
本来はひとつのアーティファクトとしか契約することが出来ず、新たに契約する場合は先に契約したアーティファクトが死んで契約が解消されるしかない。
その事実は知っているが二重契約をした時に何が起こるかは知らなかった。
「無駄ですよ。二重契約は先に契約しているアーティファクトが優先されるのです」
「そうかよ」
「口で言っても理解できないようですし、やってみたらいいんじゃないですか?私はいつでもアーティファクトを始末できますし」
俺の動きさえ止めてしまえばアーティファクトを破壊することは造作もないだろう。俺のことを人質に取ればリーナは恐らく従ってしまう。ヘイルの動向は分からないがクリエイトにこの先狙われてしまう事は明白だ。
俺たち全員の安全を確保するにはシェラタンの始末が最重要課題だった。
「まあ、大丈夫ですよロージスさん」
「お前はお前で余裕だな」
「ええ。いざとなれば私個人の剣技でどうとでもなりそうな相手です。皆さんを守りながらだと辛いかもしれませんが」
シェラタンを値踏みしながら囁いてくる。
俺に教えてくれたのは受け流す守りの剣だけだったが、ヘイルにはそこから先の攻めに転じることもできる。俺に思いつかないだけでシェラタンに対抗する策があるのかもしれない。
「じゃあお前が――」
――やってくれればいいのに、と口にしようとしてやめた。シルキーを、クリスを助けると言ってここに来たのは俺だ。ヘイルはそんな俺に付いてきてくれただけ。頼り切るのは何かが違う。
「私の契約者として、その先を口に出すほどの阿呆では無くて良かったです」
「失敗したらまた方法を考えるのには付き合ってくれよ」
俺の言葉に応えるようにヘイルは俺の手を握った。リーナの手とは違い、温かさはあまり感じずひんやりとした冷たさを感じる。人の手に触れる事などリーナ以外には無かったため、ヘイルの体温には驚いた。
それでも俺の手を握ってくれたヘイルとの繋がりを感じ取り、俺もその手を握り返した。
『時は止まり、万物が先に進むことはない』
『朽ちることも、栄えることもなく』
『夜は明け、日は昇り、時は流転する』
『凍てつく六花。時を止め』
『溶けて流れる水の如し』
『無情に咲け』
――。
頭に流れてくるヘイルとの契約の言葉。
身体が温かいもので包まれた初めての契約の時とは違い、後ろを振り返ることが出来ないほどの冷たさが俺を拘束するような魔力の流れ。
二重契約と言われたが、そこに躓くようなところはなく、俺とヘイルの契約は何事もなく終わったのだ。
ひとりにつきひとりのアーティファクトとしか契約できないという常識は俺という人間が過去のものにしてしまったのかもしれない。それこそ国に報告しなければならないほどの事態だろう。
それも全て目の前で呆然としているシェラタンを片付けてからの話だ。
「ロ、ロージスくん……。君は……一体……」
シェラタンは俺の左手に握られた剣を見て呟いていた。俺の左手には武器化したヘイルが確かに握られている。その剣には刀身が殆ど見えず、角度を変えることでかろうじて見えるほどに薄かった。
湖に張る薄氷のような薄さの剣。剣を挟んだ向こう側が透けて見えてしまっている。重さは全く感じず、リーナを持ったときよりも軽かった。
『無事に武器化出来たみたいですね。どうですか?私の姿は?』
『姿っていうか剣が薄すぎて向こう側が透けてるっていうか氷みたいに透明?な感じだ』
『魔法を使わないので系統も分かりませんでしたが氷魔法が得意なのかもしれませんね』
ヘイルも武器化したのは初めてのようで自分の姿を認識してはいなかったようだ。詠唱の言葉からもヘイルは氷に関係した性質を持っているのかもしれない。リーナが炎の魔法を使えることからヘイルも氷魔法を使えるのだろう。
「よし、反撃と行くか」
俺は武器を構えシェラタンへと狙いを定める。
「少し待ってください。流石におかしいですよ。看過できません。アーティファクトと契約者はひとりにつきひとつしか契約できない。それは私たちも試したので間違いありません。確かにロージスくんはリーナ・ローグと契約をしていました。そのリーナ・ローグは生きているのに、何故。新しいアーティファクトと契約出来ているのですか」
「知らねえよ」
「ケバルライからの報告にはそんなものはなかった……。これは大誤算です」
シェラタンの呟き声は小さく聞き取ることは出来なかった。見て分かるくらいに先程までの余裕はなく、焦っている様子が見える。
自分の想定外の事が起こった時に焦ってしまうタイプなのだろう。
「くそっ。本部に伝えなければ……」
「いいや。シェラタン。お前はここで拘束して国に渡す。この場から逃がすことはしない」
「所詮はアーティファクト。私の力を使って重くしてしまえば同じこと」
「お前の力じゃなくてハマルの力だ」
「使ってやってるんだから同じことですよっ!」
俺が動き出すよりも先にシェラタンが距離を詰めてきた。足取りは軽く、詰められる速度からも手を抜いていた事が分かる。
リーナの対策は万全だったかもしれないがヘイルというイレギュラー、そしてもうひとつのイレギュラーである二重契約という俺。シェラタンからしたら理由のわからない状況をすぐに処理しようとしても不思議ではなかった。
『おい、ハマルに触れると重くなるけどどうすんだよ』
『どうしましょうか。私自身自分の力が何となくしか分かりません。いつものように受け流してみては?』
『本当にいいんだな?』
差し迫るシェラタンを前に悠長な話をしている時間はなかった。眼前に迫る振り上げられた武器。勢いよく振り下ろされた武器はをいつものように剣の背で受け流す。
薄氷のように見えた剣は見た目よりも脆くはなく、寧ろリーナで受け流すよりも氷の上を滑るように相手の武器が流れていった。
ただシェラタンからすれば武器と武器が触れ合うことでハマルの能力が使えると分かっている。ヘイルとハマルが触れ合った瞬間、底意地の悪い笑みを浮かべたのを俺は見逃さなかった。




