手放せない
シェラタンの言葉が心にストンと入り込む。
確かに俺たちは剣を振るい、それによって炎を出してきた。動きが止められることによって炎が出せなくなるか確認することが状況的にはできない。
シェラタンということが事実であるならばこの状況とハマルの能力を合わせることで俺達を完封できるという作戦は見事にはまっている。
「そんなわけで降参するなら早めに教えてくださいね」
「誰がするかよ」
「そうですか。それでは意識がなくなったら降参ということで」
シェラタンはハマルを振り下ろす。
剣を振るわなくても相手の攻撃を受け流す方法はヘイルとの授業で身につけてきた。完璧とは言えないがシェラタンの攻撃は素早くないため集中して見切ることで重くなったリーナに角度をつけて受けることで相手の体制を崩すことが出来る。
振り下ろされたハマルはリーナの剣を滑り落ちるように地面にぶつかった。シェラタンも想像していた衝撃と違ったのか体勢を崩してしまった。
「降参させるんじゃなかったのか?」
「そのつもりだったんですがね」
シェラタンは体勢を立て直して再びハマルを振るう。それを観察してから角度をつけて受け流す。その応酬が何度も繰り広げられた。
「面白い技を使いますね」
「攻めるだけが戦いじゃないって教えてもらったからな」
「そうですか。なかなか素晴らしいですが――"落ちろ"」
その言葉でリーナがより一層重くなり、遂には持ち上げられなくなってしまった。地面にリーナが刺さるが沈み込むことはなかった。
俺が感じているほどの重さがリーナにあるのなら床に沈み込んでしまうだろう。しかし床に触れたリーナの音は軽かった。
「(リーナ自体が重くなってるんじゃなくて俺の感覚が歪められてるかもしれない)」
「(どっちにしてもロージスが重いと感じるなら私を振ることは出来ない。どうする?)」
リーナが話しかけてくる最中もシェラタンは攻撃を仕掛けてくる。手に持てる重さではないため、俺がしゃがみ込み床に剣先を突き刺し他状態のまま角度をつけて攻撃をいなしていた。
シェラタンの攻撃はギリギリだがなんとか防ぐことが出来ているが時間の問題だろう。これが何倍にも重くなってしまえば動かすことも出来なくなる。それに攻撃を与える手段がないのだ。ジリ貧になった結果、負けてしまう未来が見えている。
「今度はそちらが防戦一方ではありませんか」
「うるせーな」
「朗報ですが重くする魔法はこれ以上使えません」
「いいのか?そんなことを教えて」
これ以上重くする魔法が使えないと言うことはリーナが動かせなくなることは無いだろう。シェラタンの言い回しだと重くする魔法は使えなくなるがほかの魔法を使ってくる可能性が高い。
その場合でも俺たちが攻め手にかけていることに変わりはなかった。
「問題ありませんよ。もう既に貴方は動けないでしょう?」
「(ロージス、私を持ち上げることは出来る?)」
「(重くて傾けるのが精一杯だ。することはできねえ)」
「(それなら取り敢えず距離を取ろう。シェラタンは余裕があるから反撃をされないと思っている。あのお腹に思いっきり蹴りを入れてあげよ)」
余裕な顔を崩さないシェラタンは俺に向かってハマルを振り下ろすものの、リーナを甚振るように叩き続けていた。重くなった武器を使って反撃をして来ないと分かりきっているのか笑みを絶やさない。
シェラタンがハマルを振り上げ振り下ろそうとした時、がら空きになった腹部へ向けて蹴りを放つ。アーティファクトの影から飛び出して攻撃するとは思っていなかったのか吸い込まれるように俺の蹴りが入った。
「おらッ!」
「は?何を――グフッ!」
シェラタンは当たった部分を押さえながら後ずさる。
「モロに入ったな」
「ゲホッ……。アーティファクトを盾にして契約者が攻撃してくるとは思いませんでした」
「あ?」
「ただロージスくんも他の契約者と同じみたいですね」
「同じってなんだよ」
腹部をさすりながらシェラタンは後退り、俺との距離をとる。一時的にシェラタンが離れたがリーナが持ち上げられない以上動くことは出来ない。
「契約者というのはアーティファクトを手放さないんですよ」
「当たり前だろ」
「比喩表現ではなくそのままの意味です。今だってロージスくんはアーティファクトから手を離していない。極論を言えばアーティファクトをその場において逃げることも、徒手空拳で戦うことも出来たはずです。何故か契約者は武器を手放すことをしない」
無意識のうちに行っていたことだった。
確かに武器化したリーナを手放して行動することが至高の片隅にも存在しなかった。今だってリーナから一瞬手を離して蹴りを入れれば大きなダメージを与えることが出来たかもそれない。
目の前にアーティファクトを破壊することを目的としている者がいることで近くに置いてなければ不安なのだ。
「分かりますよ。弱い自分を強く見せるためのアーティファクトを手放してしまえば自分が弱いということが露呈してしまう。それが怖いんですよね」
シェラタンの言葉に息が詰まる。
少し前までの俺が考えていたことだった。俺のことをよく知らないはずの男にも分かられていることに少しだけ動揺してしまった。
自分の中で折り合いをつけていたはずなのに、他人から指摘されてしまうと自分の気持ちに切り替えられていないことに気付く。
「(ロージス。大丈夫。私たちふたりでひとり。どちらかだけでは強くもなれない。シェラタンの言ってることは間違ってる)」
「(そうだな。悪い。一瞬動揺した)」
「俺たちはふたりで戦ってる。俺の強さはリーナの強さだし、リーナの強さも俺の強さだ」
「かっこいいことを言いますね。ですが――」
シェラタンは俺たちから離れて距離でハマルを振り上げる。
「世の中は勝ったものが正義。負けたものは泣き寝入りするしかないって知っていますか?」
シェラタンが静かに語りだす。
「あまねく星々の動き。歩むは牛のごとく遅く。ただ只管に時を待つ」
「(あれ詠唱だよな!?)」
「(私を持ち上げられない以上危険かもしれない。ロージスがひとりで突っ込んでも危険)」
シェラタンが静かに詠唱を始めた。その詠唱の終わるときがタイムリミットかもしれない。詠唱技は隙が大きいがそれだけの魔法が発現する。恐らく相手を動けなくしてから詠唱をするのがシェラタンのスタイルなのだ。
「(やばい。どうする)」
「人の生きる刻は瞬き。その重さは人生の輝き。今、その重き流れ――ッ」
その時、俺の横を一陣の風が舞い、詠唱中のシェラタンへと刃が振り下ろされた。
可哀想に




