その武器に何を思う〜シルキー・ヒーレン(3)〜
次の日からシルキーは毎日クリスの家へと向かっていた。シルキーが本当に家に来たことにクリスは驚いていたが、危険だと判断したのか次の日からは森の中腹あたりまで迎えに来ていた。
村人に見られることを避けられるギリギリの場所までシルキーを迎えに行き、帰りは送っていっていた。
クリスはシルキーに色々なことを教えていた。
武器と聞いて戦うものだとクリスは思っていたが、クリスは戦うことが嫌いだということを知った。人を傷つける行為が嫌いでそれよりも誰かを助ける行為が好きな人だった。魔法も攻撃に使う魔法は一切覚えず、人を癒やす魔法を得意としていた。シルキーも回復魔法を教わろうとしたが才能がなかったのか使うことは出来なかった。
文字も教えもらった。本というものを知ってはいたが中に書かれていたものはよく分からない形のしたものが並んでいるだけだった。それを文字というのだと言うことを知り、外の世界では文字を使ってコミュニケーションを取っていることも教えてもらった。シルキーは必死になって勉強をし、クリスも懇切丁寧に教えていた。
「シルキーはどうしてそんなに勉強がしたいの?」
ある日の帰り道、クリスはシルキーに問いかける。
「どうしてって私には居場所がないから」
「居場所?」
「うん。村に居てもひとりぼっち。クリスちゃんのところに行くしか無いの。だから勉強して遠いところに行って私のことを知らない人がいる場所で生きていきたい。そのために勉強してるの」
クリスは立ち止まり考え込む。先を歩いていたシルキーはクリスの足音が無くなったことが気になり振り返った。神妙な面持ちで考え込むクリス。
「どうしたの?」
「いや、私の伝で王都に行けないかなって」
「王都?」
「うん。王都はアーティファクトを優遇してくれる措置があるんだよ。私が紹介したらシルキーも入れるかもしれない」
シルキーにとってはよく分からないことだったが、自分に新たな道が開けるとクリスが伝えてくれていることだけは分かった。
「本当?それなら私王都に生きたい」
「いや、必ず行けるわけじゃないよ」
「そうしたらまたクリスちゃんと一緒にいるよ。一度村から出ていった私のことなんて誰も気にしないから今度は村から通うんじゃなくて一緒に住む」
「シルキー……」
立ち止まっていたクリスはシルキーの方へと歩き出し、頭を撫でた。シルキーは拒否することはせず、少し身動ぎをして擽ったがるだけだった。
「なによ、もう」
「シルキーがかわいいなって」
「クリスちゃんってばそればっかり。私が王都に行くときは付いてきてもらうんだから」
「それは勿論。私が居なきゃシルキーは王都にも入れないだろうし案内はするよ」
「案内だけじゃなくて王都の中でも一緒にいるの」
シルキーの中にはクリスの知らない人生設計が成り立っていた。今話したばかりの希望の話にクリスは自分が加わっていることに驚く。
クリスの中ではシルキーを王都に送り届けて、王都の中に入ることが出来たのならひとりでこの場所に戻ってくるつもりだったのだ。
「私も?シルキーと一緒に?なんで?」
「嫌なの?」
ショックを受けたような顔でクリスを見るシルキー。
「嫌なわけじゃないよ。ただ単純に不思議に思って」
「だって私とクリスちゃんは家族みたいなものじゃない」
「家族?」
シルキーに親も頼れる人も居ないことは知っていた。クリスもアーティファクトなので天涯孤独の身だ。それぞれがひとりぼっちで互いの人生が深く交わることはないと思っていた。
家族というのは気の置けない仲であり、苦楽を共にするものだ。確かにシルキーとは短い付き合いだがクリスは面倒を見てきた。シルキーをみて妹がいたらと想像したことも何度かある。その度に空想と切り捨ててきたのだ。アーティファクトである自分と普通の女の子であるシルキーは深く関わり合うべきではないと。
今回、王都行きを勧めたのはシルキーのためでもありクリス自身のためでもあった。これ以上シルキーと一緒にいたらさらに愛着が湧いて契約をしてしまうと分かっていたのだ。アーティファクトの契約者になれば何が怒るかわからない。シルキーを危険な目に合わせたくないからこそ敢えて遠くに送り出そうとしていた。
「えっと、友達って言ってたよね」
シルキーからの感情は違った。遠ざけたいクリスともっと近付きたいシルキー。
ふたりの向いている方向は違えども、停滞を許さず、先に進むことを選んでいたのだ。
「それはもう通り過ぎたわ。今の私はクリスちゃんのことお姉ちゃんみたいに思ってる。家族のいない私の事を考えて優しくしてくれた唯一の人。その人を大切に思ってるから家族でもいいじゃない」
「でも、家族っていうのは血のつながっている人がなるものだって本に書いてあったよ」
「それなら母親と父親は家族じゃないの?その2つは血の繋がりがなくても家族になれてる。それなら私とクリスちゃんが家族になっても何もおかしくないわ。互いに家族だとおもっていればそれでいいと思うの」
クリスには本で読んだ知識しかない。シルキーも実際に経験をしたことはない。家族というものをふたりとも言伝や見てきた知識でしか知らないのだ。本当の家族というものを知らないからこそ、2人だけの家族になれるとシルキーは思っていた。
「クリスちゃんは私と家族になるのは、いや?」
クリスはしっかりとシルキーの顔を見る。まだ幼さが残る顔立ちをしていても、その目には覚悟が見て取れた。シルキーには強い意志があり、その場の思いつきや冗談を言っているようには見えなかった。
クリスは「本当に自分の事を大切に思っているんだ」と心のなかでつぶやく。思い返せば自分をアーティファクトだからと重宝しようとした輩はいたがクリス・イクリールとして見てくれた人は居なかった。
「そんなこと、ないよ」
シルキーが初めてだったのだ。心の底からクリス自身を大切に思ってくれた人は。
「クリスちゃん、泣いてるの?もしかして私に家族って言われるの嫌だった?」
自分でも気付かぬうちにクリスの瞳からは涙が流れていた。自分は武器である、そう思っていたから涙が流れるなんてことは考えたこともなかった。
「違う、違うよ、シルキー」
クリスが泣いているのを見てシルキーも泣きそうな顔になる。クリスは自分が泣いているのを見られないようにシルキーの事を抱きしめた。
「人っていうのは嬉しくても泣いちゃうんだ。本にも乗ってない幸せな知識だよ」
「そう、そうなんだ。それなら私もシルキーと同じ涙が出てきちゃう」
互いの顔は見えていないのに、"嬉しい"という感情の繋がりで2人は抱き合いながら泣いた。
ばいばい




