その武器に何を思う〜シルキー・ヒーレン〜
シルキー・ヒーレンは王都から離れた村で生まれ育った。その村は特産も何もなく、自給自足をして生活をし、たまの贅沢は月に一度行商が来る時に買える都会のもの。何処にでもあるような普通の村だった。
都会とは違い自然がたくさんあったが娯楽は少ない。子どもたちは追いかけっこをするくらいしか遊ぶものはなく、親の農業を手伝うことが遊びのひとつになっていた。
そのもとを辿れば家を継ぐということになる。親の仕事を見て自分もそのあとを継ぐ。外の世界を知る術がない村では決められた道の通りに村で生きて死んでいく。それを親に教えられるのだ。
シルキーにはそれを教えてくれる存在はいなかった。シルキーの母親はシルキーが生まれるとともに死んでしまったと村の大人に言われて来た。父親のことは誰も口に出さないため居たという事実しか知らない。小さい頃は村の皆が私のことを育ててくれたらしいが、大きくなるにつれ自立を促されるようになっていった。小さい村では自分と家族を生かすのが精一杯であり、育ち盛りの子どもに手をかける余裕など無かった。
シルキーからすれば死ななかっただけでも僥倖と思えただろう。親が居ない子どもはすぐに死んでしまう。自分は村の人間に救われたと本気で思っている。徐々に人が離れていき、自分がひとりぼっちになったとしても。
ただそこに生きる理由はなかった。楽しそうな子どものことを見る度に何のために生きているのか分からなくなる。
村の子どもたちはシルキーのことを無視している。最初の方は親がいないことをからかわれたりした。居ないものは居ないため誂われても何も返すことはしなかった。それが子供たちの癪に触ったのか段々と暴力を振るわれるようになった。
村の大人に子供の所業がバレて怒られたあとは関わってくることはなくなり、シルキーのことを見えているのに居ないものとして扱うようになったのだ。
自分のことは自分でやらなければ生きていけない。村の大人は優しいとは言えないが最低限の食料を恵んでくれる。それこそ自分たちで消費しきれないクズ野菜などだが自分で稼ぐことができないシルキーからすればそれすらも天からの恵みだった。
親もいなく、大人も頼ることができないシルキーは自分の知見を広める事が大切と知る。本などという高価なものは村にないため自分の足で、森や川など五感を使って知識を深めていった。
いつもの如く村の子供には無視をされ、大人には遠巻きにされている。大人たちがシルキーを避けるのには理由があった。それはシルキーが誰にも頼らずひとりで色々なところを徘徊することを不気味がっているのだ。
この村に居れば知識なんてあっても意味がない。最低限の生きる知恵だけがあれば死ぬことはないため自分から知識を求める必要はない。自ら知識を得ようとするシルキーの行動は大人から見れば異常に見えた。
その日は子どもたちが遊んでいた。互いに石を投げて避けるという危険な遊び。シルキーが村から出て森に行こうとした時、態とか偶然か分からないが小さな小石がシルキーの頭部に当たった。当たったと言っても直撃したわけではなくかすった程度だったが、小石の先が鋭利になっておりシルキーの額からは血液が垂れていた。
石を投げた子供はいつも無視しているのにも関わらず、顔を青白く変化させて逃げていった。シルキー本人からは額から流れ出る血液には気付かず、石を当ててしまったから逃げたと勘違いしていた。
いつものように森の奥ヘ行く。昔、村人が森の奥には魔女が住んでいるから近寄ってはいけないと言っており、シルキーが魔女について聞くと様々な知識を持っている不気味な女だと聞かされていた。
昔のシルキーは森の中に行こうとはしなかっただろう。だが知識欲に飢えたシルキーは日が進むごとに森の奥深くへと進んでいった。魔女がたくさん知識を持っているのなら会って話をしたいと思っていたぐらいだった。
頭から血が流れていることに気付かないシルキーは少しだけ思考に靄がかかっていることに気付きながらも森の先へと進んでいった。地面には点々と流れ落ちた血液がシルキーの歩いてきた道を示していた。
「血の跡をたどって来てみれば何をしているのさ」
シルキーが来た道の方から声がする。シルキーはこの辺りで人に出会ったことは無かった。それに自分に声をかけてくる人などおらず、興味本位で声の鳴る方へと振り返った。
振り返ると道には点々と赤いものが垂れており、それに気付いた瞬間自分の服にも赤いものが付着していることに気付いた。違和感を感じた額に手を当てるとさらりとした水のようなものが手につく。それは自分の血液だった。
「怪我してるじゃないか」
前方から歩いてくるのは女性。身長は高くスタイルもいい。顔立ちはこの辺では見ない物だったが美人だと分かる大人の女性だった。
シルキーは近づいてくる大人を警戒して後ずさる。
「逃げなくてもいい。この辺は私の住処だから治療しよう」
その時シルキーは思い出した。村人から魔女について聞いた事を。
目の前にいる人は魔女と言うよりは人間に見えた。立ち振る舞いなどから村の人達とは違う賢さを感じ、シルキーはその女性のあとを付いていくことにした。
女性の名前はクリス・イクリール。
シルキーが連れてこられたのは森の奥にある小さな小屋だった。先ほど出会った場所からは距離が離れてはいなかったのだが心配したクリスは軽い応急処置をしてシルキーを背負って小屋まで来た。
その時のシルキーは不思議な気分だった。誰かに背負われた記憶もなければ、誰かに触れられた記憶もなかった。人にも自分と同じように温度があることを知らなかったシルキーはその温かさに包まれて初めて癒されるという感情を知ったのだ。
クリスの小屋は大きいとは言えなかったがひとりで暮らしているにしては一部屋一部屋が大きかった。クリスは「狭いところだけど」と言っていたがシルキーの家と比べれば大きく、掃除も行き届いていた。
他にも誰か住んでいるのかとシルキーは勘ぐったがクリスひとりで住んでいるらしく、もともと誰かが住んでおり空き家になっていたから住んでいるだけのようだ。
「それじゃそこに座って」
促されるままシルキーは近くにある椅子に座る。
「目をつぶって動かないでね」
シルキーが目を瞑ると怪我をした額にクリスの手が翳される。淡い光と温かさを額に感じ、待つこと数秒。
「治ったから目を開けても大丈夫だよ」
その言葉を聞き、目を開けて額を触ると痛みもなく、血も止まっていた。シルキーは包帯も薬も使わずに怪我を治療できるなんて聞いたこともなかった。自分の理解できる範疇を超えていたのだ。
「あなたが魔女様?」
恐れ多くもシルキーは女性に向かって問う。
クリスはにっこりと笑っていた。




