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その武器に何を思う  作者: 人鳥迂回


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扉の先には

「やっぱり俺が扉を開けるのか?」


 個人の戦闘能力がこの中では低い俺よりも、何かあった時にすぐに対処できるヘイルかリーナが開けたほうがいいと思っていたが、2人からは否定の言葉が返ってきた。


「寧ろ人に危害を加えないという思想がある以上、ロージスさんが開けたほうがいいと思いますよ」


「それが嘘だとしたら?」


「だから慎重にいくんですよ。ロージスさんの性格的にも慎重に行動をするでしょうし、話を聞く限りではシェラタンという者も奇襲はして来ないと思います」


 良い言い方をすれば慎重だが悪い言い方をすれば臆病なのだ。たった1枚の薄い扉の先には明確な敵がいる。

 今だって学生の身でここに来ていいのか、ちゃんと衛兵に伝えたほうが良かったのではないかなど様々な思考が頭を巡る。その度にクリスの安全を考えることで自分の行動を正当化していた。


「わ、分かった」


 怯えからか声が詰まってしまう。そんな俺の手をリーナが握ってくれる。


「ん。大丈夫だよ。ひとりじゃないから」


 その言葉が俺の背中を押してくれた。ひとりで背負い込むわけではなく、ここにいる全員で背負うことになるのだ。ヘイルは巻き込まれただけになるが、自らの意思でこの場についてきたのだ。


「ロージスさん。今回の目的を再度確認しましょう。いざという時に違う方向を向いていては被害が大きくなる場合もあります」


「そうだな。今回の目的はクリスの救出。俺の個人的な感情で言えば戦闘は避けたい。だからクリスの救出を最優先にして、後は逃げるっていうのでどうだ?」


「良いと思う」


「クリスちゃんさえいれば怪我をされても治すことが出来ますので逃げに徹しましょう」


 学園に走ってきた時は焦りで情緒不安定だったシルキーも、敵の居場所が目の前にありクリスを救出できる可能性が高まってきたこともあって落ち着いてきたようだ。


 大きく深呼吸を行う。逃げに徹するのは直接戦うよりも難しいことになる。クリスを攫ってまで呼び出してきた相手が俺たちを簡単に逃がしてくれるとも考えにくい。戦闘にならない方が良いと理想を掲げたが現実は優しくない。

 きっと他のみんなもなんとなく分かっているのだ。間違いなく、戦闘にはなるということが。


「行くぞ」


 その一声とともに未だ嘗て自ら踏み入れたことのない地への扉を開いた。



 カランコロンと扉の上に吊るされたベルが鳴る。

 中には客など誰一人としておらず、カウンターの中でただひとり黙々と使われもしないグラスを磨き続ける老年の男がいた。品位のあるその姿は廃れた酒場には似合わない。

 入ってきた俺たちを一瞥し、グラスを磨く手を止めて「いらっしゃい」と一声かけてくる。その後は何も話すことはせずに再びグラス磨きに戻ってしまった。


「あの、すみません」


「どうかしましたか?」


 覚悟を決めて入ってきたが、中では何も待ち受けていなかった。指定された場所はここで間違いはない。シェラタンからの手紙には店主に話は通しておくと書かれていた。老年のマスターは自分から何かを語ることはしなかったため、俺が声をかけることにした。


「シェラタンって知ってますよね」


 その名前を出した瞬間、マスターはグラス磨きを辞めて、音を立てずに綺麗になったグラスを机に置いた。


「そうですか。あなた方が。酒場に来るにしては若々しい見た目をしていると思いましたよ」


「シェラタンは何処にいるんですか」


「きちんとご案内しますよ。私もクリエイトの一員なのでね」


 その一言が俺たちの気を引き締めることに繋がった。老年のマスターは戦う素振りを見せないが、攻め込む隙は全くなかった。何処から切りかかっても簡単に制圧されてしまいそうな貫禄。


「そう血走った目で見ないでください。老体に鞭を売って出向いているのですから」


「貴方もクリエイトの一員なんですね」


「ええ。他の方ほど思想は強くありませんが目指すところは同じ、と言ったところでしょうか」


 こちらに身体を向けて淡々と語りかけてくる。


「申し遅れました。私はアルフェルグと申します」


 アルフェルグと名乗った男は深々と頭を下げた。優雅な立ち振舞からもそれ相応な身分のものだということが分かる。何故このような場所でグラスを磨いているのかが謎なくらいだ。


「覚えておく必要はありますか?」


 ヘイルがアルフェルグに問う。


「不要です。この先に進めば未来は分かりません。貴方達が生きようが死のうが私は今日以降ここに来ることはございませんので」


 この場所をクリエイトが使っていると王都に伝えれば、すぐにでも衛兵が調査をしに来るだろう。その時にはもぬけの殻になっているとアルフェルグは言っているのだ。


「なら早く案内してください。時間がないんだ」


「そちらにも何かしらの事情があるみたいですし、今回私に課せられた使命は貴方がたを案内すること。その指令を実直に熟すのみです」


 アルフェルグはカウンターの中から出てくる。その手には武器ひとつ持っておらず、戦う意思は全く見られなかった。「こちらです」と背を向けて歩き出すアルフェルグ。俺たちは顔を見合わせて確認を取ってからその後ろを付いていく。

 酒場の奥にある扉を押して開けるとその奥に広がるのは通路だった。この先にシェラタンたちが居るのかと思ったが、全員が通路に入るとアルフェルグは立ち止まってしまった。


「入ってきた扉を閉めてください」


 戦う気配を感じなかっただけで俺たちを誘い込んで始末するつもりだったのかもしれない。背を向けたままのアルフェルグを観察しながらリーナの手を取り、いつでも武器化できるように細心の注意を払う。


「戦うつもりはありませんのでご安心ください」


「じゃあ何で扉を閉めるんだよ」


「ひとつお聞きしますが扉を開けた先に通路が広がっている。それを見た時に一番死角になるところは何処か分かりますか?」


 俺は入ってきた扉を見る。開け放たれた扉から見えるのは酒場の入り口だけだった。この通路に入ってきてから辺りを見回したが天井にも壁にも違和感はなかった。


「その答えは開かれた扉で隠された壁ですよ」


 その言葉を聞き、一番最後に入ってきたヘイルが扉を閉める。すると、先ほどまで開かれた扉があった場所には先が見えないほど続いている暗闇があった。

 微かに繋がっている階段が見えるため地下深くに繋がっていることが容易に想像できる。


「その先に行けばシェラタン様が貴方がたを待っていますよ。私は暫しここに留まっていますがあまり大きな騒ぎを立てぬようお願いします」


 アルフェルグはそう言うと俺たちを残して通路の奥へと歩いていった。

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