甘えが人を惑わせる
ヘイルの言葉は正鵠を得ていた。俺はシェラタンを敵と思っていながらも、心の何処かではシェラタンの言葉を信じてしまっていたらしい。
アーティファクトに対する恨み節は聞こえていたが人間に対しては博愛主義ともとれる言動をしていた。荒々しさも感じられず、淡々と話す様に疑いを持つのは存在だけで発言には引っかかりを覚えなかったのだ。
「シルキーさんの件もそうですよ。危険ならば無理を言ってでも学園に置いて見張るべきでした。悠長な構えをしていたから現在の状況があるのです」
全ては俺がシェラタンの言葉を信じて1週間の間は安全と思ってしまっていたから起こってしまった事だとヘイルに突きつけられる。
「ヘイル言い過ぎ。ロージスだって――」
「ロージスさんだって、何ですか?リーナさんもリーナさんです。ロージスさんを肯定するだけでロージスさんの意見を受け入れてしまっていますよね。貴方は何かを考えているようで何も考えては居ません。考えていると錯覚していることは既にロージスさんが考えていることの共有に過ぎませんよ」
俺だけの責任じゃなく、俺たち2人の責任だった。
昨日戦闘にならなかったことで、気が緩んでいたのかもしれない。今思えば俺たちと同時にシルキーが狙われる可能性も大いにあったのだ。シルキーを守ると言うのなら、その日のうちにエリスさんに状況説明をしてでも連れてくるべきだった。
俺たちの甘えがシルキーを危険にさらし、クリスが攫われる原因を作ってしまった。
「ヘイル。今はクリスを助けないと」
「そうですね。今やることはクリスさんを助けることです。勘違いしないで欲しいのは私は怒っているわけではありませんよ。2人には甘さがあるということを分かってほしいんです。そのままだといざという時、役に立てませんよ」
時は一刻を争うため、ヘイルの言葉に悩み込んで行動を躊躇している時間はない。頭では分かっているはずなのに心をすぐに切り替えることが出来ない。
今行うべきことの優先順位は付けるまでもなくクリスの救出が一番高い。自分の愚かさが齎した危機に対して、直感的に動いていいのか不安になってしまう。
「あのさ、ヘイルはどうやって動くのが良いと思う?」
「ロージス?」
何が正しいか分からなくなってしまった俺は、ヘイルにこの先の行動を委ねようとしてしまう。リーナは何か不安を感じるような目で俺を見てくるが目を背ける。俺の感情を吐露する場として今は適切じゃない。俺よりも不安なシルキーがいる中で、頼みの綱である俺達が愚図っていては一人で突っ走ってしまう可能性すらあるのだ。
この件が片付いてからリーナにはちゃんと話すことにする。今回の反省も踏まえてどう生きていくかを。
「どう動くも何も書かれている酒場へ行くしかないでしょう。酒場と言われても何処にあるのかは知らないですけど」
「それなら宿を出る時に女将さんに聞いてきました。ワースターレは私も何度か前を通ったこともありますし案内できます」
「シルキーも来るの?」
クリエイトが待ち構えているところへ行くとなれば危険な場所へと赴くということ。ただでさえ戦闘能力が皆無なシルキーはクリスも持っておらず、治癒の能力も使うことが出来ない。生身の人間がアーティファクト同士の戦いに近づくのは危険だ。
シェラタンが待っていると書かれているが他の人物が待っていないとは限らない。シルキーを人質にされてしまえば俺たちの動きが制限されてしまう。リーナは言外にそれを伝えようとしていた。
「行きます。ここでただ待っているなんてことは出来ません。危険なのは百も承知です」
「気持ちは分かるが戦闘になるかもしれないんだぞ」
「クリスちゃんを助けるためです。私が契約者として動かないなんてありえない」
シルキーを説き伏せようにも危険という要素しか伝えることが出来ない。アーティファクトと繋がりを持った契約者として助け出したいという気持ちは理解できるがシルキーの安全が保証できない以上、俺もリーナも首肯することは出来なかった。
「良いじゃないですか。連れて行ってあげても」
シルキーにとっての助け舟を出したのはヘイルだった。
「ヘイル、クリエイトってアーティファクトを壊して回ってる危険なやつなんだよ。シルキーが危険だって」
「そんな事分かったうえでシルキーさんは言ってますよ。自分の身がどうなろうとやるべき信念を全うしようとしている。それを止める程の思いがロージスさん達にはありますか?」
「ヘイルはシルキーが付いてくるのに賛成ってこと?」
「賛成も反対もしませんよ。ただ、やりたいようにやらせてみてもいいと思うんです。治療をする人というのは案外強いものですよ」
今一度シルキーを見る。その目にはいつもとは違う覚悟の炎が宿っていた。治癒の能力を持ち、争いごとを好まない彼女からは見ることがない闘志に俺も折れるしかないみたいだ。
「ヘイルがそこまで言うなら、分かった。俺達もなるべくシルキーを守れるように頑張るけど危ないと少しでも感じたら隠れるなり逃げるなりしろよ」
「分かりました」
「いえ、ロージスさん達はクリエイトの相手に専念したほうが良いでしょう。狙われているのは貴方達なわけですし。シルキーさんのことは私が見ておきますので安心してください」
正直、敵と戦いながらシルキーの事を守るのは俺の実力的に難しいと感じていたためシルキーの提案は助かる。シェラタンの力量も把握できておらず、分かっていることは宙に浮く魔法をハマルが使えると言うことだけ。
俺たちの能力を知った上で差し向けられたということはリーナの能力に対して相性のいい作戦があるということ。俺たちの全てが知られているわけではないが用心したほうがいいだろう。
「それなら、早く行きましょう。クリスちゃんを助けに行かないと」
そう言って先頭を走るようにシルキーが進んでいく。
「ちょ、待てよシルキー」
その後を俺たちは追いかけるように進んでいくのだった。学園から出て王都の中を走っていく。学生がいないからといって、夏休みの間は観光客などが多かった。人込みの中ぶつからない様に走っていく。幸いにも先を行くシルキーを見失うことはなかった。
段々と人通りが少なくなり、閑散とした場所へ出ると目の前に「ワースターレ」という文字が書かれた酒場にたどり着いた。壁には所々穴があいており、営業しているとは思えなかった。
流石のシルキーも無鉄砲に入っていくことはせずに俺達が集まるのを待っていた。
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「ヘイルがシルキーの事を手助けするの意外だった」
「そうですか?」
「うん。あんまり関わっているようには思えなかったから」
「確かに貴方がた2人に付いていくだけでしたから」
「ロージスもヘイルがシルキーとクリスの事を心配してくれて嬉しいと思う」
「いえ、それはどうでもいいですね」
「え?」
「悪い人がいる。それを殺すのが正義なので」




